猫との生活
ぼく、けんじ。九才。
うちには黒ねこがいっぴきいる。なまえはクロ。四才。
クロはよくぼくとお話してくれる。
「ねぇクロ、今日は何がしたい?」
「ぼーっとまどの横で日向ぼっこ」
クロはいっつもそれだ。ねこじゃらしをふっても何もしないから、クロのとなりで本を読む。
「ねぇクロ、遊ぼ」
「いいぞ」
クロは『おやつ入ってるのどーっちだ』げーむが好きだ。五回やったら四回はずすけど。
「ねぇ、クロ」
「かみなりがこわいのか?」
雨の夜は、クロといっしょにねむるやくそくだ。ぼくがこわいから。
「ねぇクロ」
「ねぇクロ」
「ねぇクロ」
この言葉から、ぼくたちのお話ははじまる。
俺は謙二。十七歳。
「じゃあクロ、いってきます」
「……」
クロはうちの猫だ。今年で十二歳。かなりおじいちゃんになってきた。
最近はしゃべることは少なくなった。しかし、問題ない。長年の付き合いで、クロの考えてることは大体わかるようになってきたからだ。
「……」
「はいよ、今日のご飯。よく噛んで食べなよ」
まだまだ食欲はあるみたいだ。ガツガツ食べる姿を見ると安心する。
「……」
「はいよ、日向ぼっこ好きだなぁ。てか、それくらいの運動はしなさい」
体がだるいのか、時々窓の方へ連れてけと言う。昔に比べて、俺も一緒に寝転がることが増えた。この気持ちよさは子供には理解しがたいだろう。
「……」
「ん、入るか?」
夏でも冬でも、布団に入ってくるようになった。寒いのではないらしい。
「……」
「はい、あたり」
昔からやってる餌当てゲームは、最近は百発百中だ。あいつも俺の考えがわかるからなのかもしれない。
「ん?」
「おぉ」
「はいよ」
クロと俺は、とても仲良く育った。
「なぁクロ……」
「…………」
「なぁ、クロ。返事しないのか……?」
クロ、十五歳。
朝、中々目を覚まさず、不思議に思って触ってみると、クロの体は冷えきっていた。
「まぁ、もうおじいちゃんだったしねぇ」
「……そうだな」
「お墓、立ててあげるか」
「……うん」
クロがいなくなる。いつかは訪れるその別れを、俺はずっと恐れていた。
クロがずっとそばにいたから、何か、ポッカリ穴が開く気がして。
でも、それはクロも思っていたのかもしれない。
俺が中学生の頃に、そういえばこんなことを言っていたのを思い出した。
「なぁケンジ」
「ん? なんだよクロ」
「俺は、いつか死ぬ」
「そりゃ生き物だし」
「だから、そのとき思い出してもらいたいことがある」
「……何?」
「俺の屍を越えていけ」
「……それはネタか?」
「いつも側にいたからこそ、その死は肉親の死と同格の痛みをお前にもたらすだろう。だがそれを越えていく事こそ、我々ペットを飼う人間の使命だ」
「……なんか難しいな」
「まぁ噛み砕けば、あんまりクヨクヨせずにしゃんとして生きていけということだ」
「最初からそう言ってくれよ」
「はっはっは、難しいことを理解してこそ分かることもある」
なんとも、人間臭い猫だった。
「クロ、俺、これからもしゃんと生きてくからな」
天国と言うところがあるのなら、おそらくクロは、そこから俺のことを見物しているだろう。
だから、クロに恥じないように、これからは生きねばなるまい。
それが、クロの飼い主である俺の使命、なんだから。
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