どこまでも、すれ違い

「どんなやつでも、俺は受け入れるよ。そんくらい俺の懐は深いからな!」
「ばっかみたい」
「んだよ!」

 そんないがみ合いをしていた二人だった。
 俺はあいつがすきだった。
 私はあいつがすきだった。
 でも、あいつがすきじゃなかったら。
 そう思うと、話題を変える一言と、運命を変える一言が、口から喉の奥へ、どんどん下がっていった。


 時は過ぎて十余年。
 世の中ではVRが普及し、俺もようやく手に入れた。
 初めて入る世界で、どうせならと少年のアバターにした。
 いつもとは違う自分がほしかったが、性別を変えるのは気が引けたから。
 フィールドに降りると、ちょうど正面に誰かが降りてきた。かわいい少女のアバターだ。
 試しに話してみよう。

「あの」
「はい」

始まりはぎこちなかった。お互い初心者だったのだ。

「じゃあ、二人でいろいろ慣れていきませんか?」
「いいですね、それ」

いろんなフィールドを渡り歩いたり、ゲームをしたり、青春ごっこをしてみたり。

「はぁ、楽しいです」
「俺もです」

ふぅ、とひとつ息を吐く。なんだか、懐かしい感覚だ。

「昔好きだった人を、思い出しました」

俺が言うと、「私もです」と隣の彼女は同調してくれた。

「あのときちゃんと、気持ちを伝えてればなあ」

 なんて言って、彼女は笑った。
 お互いに似た経験を持っているようだ。
 それからお互いに愚痴を言い合って、寝る時間になったため、別れることにした。

「それじゃあ、また」
「ええ、また」

 お互い、手を振って、ポリゴンの粒となって消えた。
 デバイスを脱いで、一息つく。
 私は普通に生きて、普通に就職した。
 俺は普通に生きて、普通に就職した。
 あいつは、今ごろ何してるんだろう?
 まぁ、普通に生きてるかな。

「「……寝よう」」

布団を深く被って、瞼を閉じる。
(あぁ、明日も仕事か。)


「でも、今のこんな姿を見られたら、彼は幻滅するかな」

 今日の彼女は、遊び終わりの休憩時間に、少し悲しそうに目を細めた。

「俺は気にしませんけどね。あいつがどんなやつになっても、俺は受け入れますよ」

「え……」

 彼女は唖然とした。

「俺の懐は深いですから」

 冗談めかして、その頃の記憶の言葉を引き出した。
 彼女は、顔を下に向けた。

「似てる人も、いるものですね」
「へ?」

 くぐもっていて、よく聞こえなかった。

「いいえ、なんでも。そろそろ時間です」
「あ、俺もだ」

 彼女は立ち上がって、俺から少し距離をとった。

「それでは」
「ええ、それでは」

 最後に、彼女は何かを言い淀んでいた。
 決心したように目をかっと開くと、彼女は口を開いた。

「あなた、ば……」

 しかし、時が遅く、彼女と俺はポリゴンの群れとなってしまった。
 次に会ったとき、「何て言おうとしてたんですか?」と聞いても、彼女は「なんでもないですよ」と朗らかに笑ってごまかすばかりだった。
 その笑顔が、なぜか彼女に重なったのは、俺の錯覚だろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?