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恋はすぐに死んでしまう

恋は短い。誰かを好きになる。距離が近くなる。そこまではいい。けれど、相手からの好意が見えた途端、恋は針をさされた風船みたいに萎んでいく。
告白されて、幸せの絶頂にいるはずの瞬間、私は死んだ恋を片手にぼんやりと突っ立っているしかない。

そんな私にも、ひとつだけずっと死なない恋がある。小学生の頃、担任の先生に恋をした。授業が面白くて、ギターが弾けて、怒ると怖いけれど優しい先生だった。先生の車のナンバーを覚えて、登校中に先生の車が通りかからないかと全部の車を確認したり、先生が担当している委員会の委員長に立候補してみたり、とにかく姿を見れるだけで幸せだった。目尻の笑いジワとか、茶色っぽいくせっ毛とか、似合ってないスーツとか、そういうものが全部愛おしくて仕方がなかった。

でも先生は毎日愛妻弁当を持って来ていたし、待ち受けは一歳の息子の写真だった。だから二年間、誰にも言わなかった。
秘密の、私だけの恋だった。

今でも覚えている。卒業式の日、列になって退場していた時のこと。窓の外では桜が眩しいほどの青空を背景に咲き誇っていた。いつもは飄々としている先生が泣いていた。それが可笑しくて、私は先生をちらりと見て笑った。

先生は私の顔を見て、照れくさそうに笑い返した。
その瞬間、なんだか泣き出したいほど幸せで、苦しくなった。ぶわりと感情が湧いて、視界がぼやけて見えなくなった。

先生、好きでした。
声に出して言えない代わりに、どうにかして伝わったらいいな、と思って強く念じた。


卒業式の後、校庭に散らばって名残惜しそうに話す生徒たちを尻目に、私は友達と校舎に忍びこんだ。友達がクラスの黒板に落書きしている間、私は先生が委員会で使っていた三角形の席札の裏に、ありがとうございました、と書いた。

クラスでも孤立気味で、授業もつまらなくて、学校なんて大嫌いだったけど、先生のおかげで学校に行くのが楽しくなりました。だからありがとうございます。

そう言う意味のありがとう、だった。それ以来先生には会っていない。後日談は、ない。




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