マガジンのカバー画像

ヨシコンヌフィクションヌ【詩と小説】

17
ヨシコンヌが書くフィクションです。
運営しているクリエイター

記事一覧

真昼間、バス停。

真昼間、バス停。

 画材道具を背負った背中が、重い。
 前に抱えた小さな命が、熱い。

 赤ん坊は胸の前ですやすや眠っていた。必死にあげた乳が思いのほか出て、彼の顔をびしゃびしゃにしてしまったが、溺れることはなく、乳首に食らいついて一生懸命吸い上げてくれた。乳と満腹が効いたらしく、多少動いても背中のキャンバスリュックがガシャガシャ鳴っても、起きなかった。

 見上げた時刻表には余白が多く、次のバスまでだいぶ時間があ

もっとみる
Baby,it's time-吉野さん-【小説】

Baby,it's time-吉野さん-【小説】

人一人入りそうなガラスケースが、いくつもいくつも規則的に林立している暗い館内で、タツロウはそのガラスケースに納められた一つ一つの仏像をとても時間をかけて眺めていた。ガラスケースからの白い光がタツロウの顔を照らし、透け具合が幻想的だった。展示物がタツロウなのか仏像なのかわからなくなるほどだ。
法隆寺宝物庫館は空いていた。
みはしのあんみつを食べた後、急に『博物館に行きたい』とタツロウが言ったので寄る

もっとみる
Baby,it's time-あんみつ-【小説】

Baby,it's time-あんみつ-【小説】

幽霊は願いが叶えば成仏するのかと思っていたが、そんなことはまるでなかった。
「年下にモテまくるのですよ、春原先輩~…対処が面倒なんですよ~」
酔ってそんな風にクダを巻く後輩の斎藤は、差し向かいに座ってハイボールに付いていたレモンをかじり始めた。
「そうかい。そりゃあんたがなんだかんだで床を共にしちゃうからだよ」
と当たり前のことを言ってやりながら、私なんていま幽霊にモテまくりですよ、と思った。

もっとみる
Baby,it's time-スプモーニ-【小説】

Baby,it's time-スプモーニ-【小説】

握った手に温度があったことに驚いて
一度差し出した手を引いてしまった。

「何。気持ち悪い?」

感触やら温度やらを間違いだと思いたくて、
タツロウの声にも答えず、そのまま無視して部屋に戻ろうとしたら、後ろから
「あのさぁ」
とタツロウが少し大きめの声を出した。
答えるのが怖くて、ベランダの窓を閉めようとすると、開いている側の窓ではなく、閉まっている側の窓のガラスをすり抜けて、タツロウが入って来た

もっとみる
Baby, it's time-タツロウ-【小説】

Baby, it's time-タツロウ-【小説】

いま

ソファで隣に座る彼は

透ける身体をよそに、

何度も、

好きだ、と私に云うのだった。

聴こえない振りが出来たのは1週間で、
「あんまり無視してると、ユウリちゃんがお風呂に入って頭を洗っているときに後ろに立つからね」
というなんだか空恐ろしい台詞が決め手の口説き文句となった。
最低である。
幽霊とのお付き合いだ。
霊感などまるでないはずの自分が、だ。
始めはもちろん、
「嗚呼、とうとう

もっとみる
Baby, it's time ープロローグー【小説】

Baby, it's time ープロローグー【小説】

何も云いたくないから

ただ上の空だ。

それを知らない彼は
心配そうに握った手に力を込めたり、
『どうしたの?』
ときいたりする。

年下って感じだなぁと思う私は
大概おばさんだな、と思う。

ちゃん付けで呼ばれる自分の名前を
不思議だと思ったり、
小学生のとき、一学年下に何故かモテて
何気なく告白されてしまっていた帰り道を思い出したり、
そういうことがぱったりなくなった昨今の渇き具合の自分に苦

もっとみる
その後、俺たちは

その後、俺たちは

部屋の片付けをしていたら、日記が出てきた。

『28歳だ。

今の私の歳だ。

いつも何かと闘って生きてきたつもりでいたけど、そんなことはなかったようだ。

風邪を引いている。

毎年11月か12月には風邪を引く。

風邪を引くと色々なことを考える。

この靄のかかったような感覚はいつ拭えるのか、何が悪かったのか、そういえば、さっき返したメールの内容はどっか違うんじゃないか、本で読んだ「自分に

もっとみる
ナオヤクラシマに、会ったのだ。

ナオヤクラシマに、会ったのだ。

「この掌の木片にどんな夢を見るか。

いいんだ、別に。

わからないのだろ?」

仰向けのままで薄ら笑いながら、

ぼそぼそと呟いている彼は

明らかに酔っ払っていた。

倉島直哉だ、とすぐにわかった。

この大学のシンボルである樹齢云十年の桜舞い散る中庭に、

陽の光の下で銀色に鈍く光る

でっかい鳥籠のインスタレーションを創った、

誰もが羨む才能を背負った、

あの、

ナオヤクラシマだ

もっとみる

多胡修繕店【小説】

空を、雲が、覆っている。

指先の感覚が無くなるほど、寒い。
そして、上之ヶ原駅のホームには、相変わらず全く人気がない。
簡単な屋根と壊れかけた木のベンチがあり、そこにオレンジと深緑のスケッチブックを両手で抱えて、ぼぅっと座っている女がいる。
久留米桂である。
黒髪のワンレングスに色白細身、ロングブーツにジーパン、黒のタートルのセーターにアイスブルーグレーのダウンを上から羽織っている。田舎駅で見る

もっとみる
雪月華抄 その壱【小説】

雪月華抄 その壱【小説】

2008年4月10日
画家・雪村月華(ゆきむらげっか)、
御年八十にて、逝去。

以下、
晩年の作品『櫻来坂』と共に添えられていた
遺言より抜粋。

『青子(せいこ)へ

本当は雪村青子様、と書こうかと思ったが、
孫のお前に今更、とも思ったので、
散々悩んだ挙句、いつもの呼び名で書くことにする。

翠(すい)が亡くなった日は、櫻が満開で、
夜、大森病院まで走ったあの櫻来坂では
櫻の花びらが狂っ

もっとみる

【とある深夜のシンヤたち】-とある深夜の榛原信哉(ハイバラシンヤ)-

傘の下、

昔読んだ国語の読解テストの文章を

ぼんやりと思い出す榛原信哉である。

小さな女の子が森に迷い込んでしまって、

その森の奥には三人のおばあさんの魔女がいて、

透明なビニール袋にいっぱいの、薄いピンクの桜貝を詰めて売っていて、

そのサクサクなる音や色や見た目があまりに愛らしいので、

女の子が手元に持っているお小遣をはたいてそれを買って、

その後すぐにうちに帰る道を見つけて、

もっとみる

【とある深夜のシンヤたち】ーとある深夜の谷崎伸哉(タニサキシンヤ)ー

『観音崎高等学校』と

金の箔押しをされた紺色の重厚なアルバムを

しげしげと眺めている

谷崎伸哉である。

頭には白いタオルを巻き、汚いベージュの短パンに黒いタンクトップを着ていて、タンクトップの汗じみがすごい。

狭い部屋の中は押し入れから出した物で溢れ返り、 その真ん中にある、人一人分座れるスペースにて胡座をかき、高校時代のアルバムに見入っている。

ようは、あれだ。

片付けが進まず、捨

もっとみる

【とある深夜のシンヤたち】-とある深夜の中谷信也(ナカタニシンヤ)-

「嘘〜」
「嘘じゃないよ」
「じゃ、あたしの目、見てよ」
「見るよ」
「…あ、今逸らした~」
「逸らしてねぇよ~」

深夜のファミレスだ。
確かに深夜のファミレスだ、と
納得する中谷信也である。

中谷は、背後の席にいるカップルの会話を耳にしながら、iphoneにてメモ画面を開き、『カップル』という単語の前に『バ』と付けて打ってみる。

「天才だな、この単語を考えたヤツ」

中谷の呟きは宙を滑り、

もっとみる

【とある深夜のシンヤたち】ーとある深夜の塩崎慎也(シオザキシンヤ)ー

「何故だ」

最初の問いはそれだ。

「何故、こんなことに…」

芝居がかった口調から、彼の衝撃度合いが把握出来る。

玄関を上がったところに、

見るも無惨な48分の1スケールのガンプラ。

バラバラであった。

三和土でがっくりと膝を付くは、

塩崎慎也27歳である。

帰宅時間は午前一時、風呂に入って寝るだけの予定であった。
黒縁の眼鏡を外して、
スーツの腕でぐっと涙を拭く背中は
さながら戦

もっとみる