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Baby,it's time-あんみつ-【小説】


幽霊は願いが叶えば成仏するのかと思っていたが、そんなことはまるでなかった。
「年下にモテまくるのですよ、春原先輩~…対処が面倒なんですよ~」
酔ってそんな風にクダを巻く後輩の斎藤は、差し向かいに座ってハイボールに付いていたレモンをかじり始めた。
「そうかい。そりゃあんたがなんだかんだで床を共にしちゃうからだよ」
と当たり前のことを言ってやりながら、私なんていま幽霊にモテまくりですよ、と思った。
事実、斎藤の隣にはタツロウが座ってちょっとずつ軟骨揚げを摘んでいる。
その様子を3杯目のジョッキビールに口を付けながら眺めたら、目が合って、にこっと笑い返された。
どういうわけかタツロウは、家を出るときには『いってらっしゃい』と見送ってくれ、退社する前に私が誰かに飲みに誘われたりすると、いつの間にかその席のどこかにいかにも自然にちょこんと座っているのだ。

1番始めにそれをされた時には、びっくりして飲んでいたビールを吹いた。
それを見たタツロウはげらげら笑い、畳を転げ回っていたが、私は周りの上司や後輩に散々世話をされ、汚した自分のスカートをおしぼりで叩いたり、畳を拭いたりして、惨め極まりなかった。
一度立て直そうとお手洗いに席を立って、手を洗いながら鏡を見たら、後ろにタツロウが立っていて、またひゅっと息を飲んだが、すぐに後ろを振り向いて、頬をひっぱたいた。
「痛い…」
タツロウはそう言った。びっくりした顔をしていた。
「当たり前でしょ」
「いや、痛いって感じるなんて思わなくて、びっくりした」
「痛くて結構。二度とこんなことしないでよね」
「やだね」
タツロウははっきりとそう言った。
「や、です」
「…なんでよ~?」
タツロウのあまりにはっきりとした拒絶に怒りが急に萎えて、私の声はかなり情けなく響いた。
「ユウリちゃんはお酒飲むと、たまに俺のこと忘れちゃうんだもん。浮気しそうだもん」
私はぐっと黙った。それはつまり、私がいま好意を示されている鶴舞というおめでたい名前の上司をちょっと好きという状態にあることを、タツロウはわかっているということだ。
「…だって、幽霊と恋愛なんて不毛だもん」
「まだ幽霊じゃねぇもん、俺」
「はぁ?幽霊でしょ?私以外見えないし触れないんだから」
「…確かに、そうだけど」
「じゃあ不毛でしょ。生産性ゼロじゃん」
「寝れんだからいいだろ」
「そ、そーゆーこと言ってんじゃないでしょ!?」
「先輩~吐いてるんですか?もしかして~」
斎藤が心配そうに入って来た。
「とにかく俺は俺の好きにするからね!」
斎藤の前に被るようにして立ったタツロウはそう言い切って、スッと消えた。
「先輩?」
「…ん、大丈夫、戻ります」
「ほんとに大丈夫ですか?」
「ん」
鏡でもう一度自分の顔を見て、ため息を一つついて「よし」と言ってから、お座敷に戻ったら、タツロウは1番端の席でそっぽを向いて枝豆をつまみながら、ビールを飲んでいた。
それが意外と可愛くて、なんだか拍子抜けしてしまったのだった。

それから、こうしてどんな酒の席にもタツロウは表れるようになった。
「先輩~帰りたくない~」
斎藤はそう言っていたが、ようやっとタクシーに乗り込ませることが出来た。多分、実家暮らしの斎藤は家に着いたら、あのお喋り大好きな斎藤母が酔っ払った彼女を介抱するだろう。
「さて、家に帰る?」
タツロウはタクシーを見送る私の隣に立った。
「斎藤ちゃんはほんっとに美人なのにもったいないよね~、すーぐベロンベロンに酔っ払っちゃうんだもんな。それに、ユウリちゃんもいま年下にモテているよね」
「年下っていう概念より、幽霊って括りの方が強すぎてね」
「ユウリちゃん、甘いもの食べたいんでしょう?俺、わかるよ~」
「…でも、太るし」
「もうすでに太ってんじゃん」
「死ねばいいんじゃん」
「もう死んでるし~」
そう言いながら、タツロウは先を歩き始めた。
「どこ行くのよ?」
「あんみつ食べ行こうよ」
「…太るし」
「太るのがなんだ。誰にみせんのよ?」
「そういう問題じゃないの!」
「俺~?」
「死ねば?」
「白玉みたいなおなかしてさ~」
「うっさいなぁ」
「歩いたら30分くらいかかるとこであんみつ食べられるからちょうどいいんじゃない?」
「ばかにしてさ、なによ」
「乳首はピンクの求肥かねぇ」
「ほんっと死んでよ~」
「死んでるし~」
言い合いながら、ほろ酔いの私は街頭の下を通る度に透け加減が増すタツロウを見ては「死んでんのか、やっぱり」と思うのと「いつまで続くんだろう」と思うのと「きれいな顔と耳たぶ」と思うのが次々とやって来ては消えていった。
あんみつは二つ頼んだ。
短い三つ編みのかわいい店員さんがにこにこしながら私の前に二つ並べて置いてくれた。
店員さんが去ってから、向かい側のタツロウの前にそっとあんみつを動かした。
タツロウは白玉と寒天とあんこを一緒にスプーンに乗せて、口いっぱいに頬張りながらそれを食べた。
「タツロウ」
「何」
「あんみつ、好きなの?」
「ん」
「今度上野にみはしのあんみつ食べいこうか」
タツロウがスプーンを止めて私をじっと見た。
「どしたの、急に」
「いやならいいわよ」
「行く!行くけど!」
「じゃ決まり」
タツロウはぽかんとした顔をして私を見ていたが、私は目を閉じてゆっくり焙じ茶を啜った。

しろくまʕ ・ω・ )はなまめとわし(*´ω`*)ヨシコンヌがお伝えしたい「かわいい」「おいしい」「たのしい」「愛しい」「すごい」ものについて、書いています。読んでくださってありがとうございます!