【とある深夜のシンヤたち】-とある深夜の榛原信哉(ハイバラシンヤ)-

傘の下、

昔読んだ国語の読解テストの文章を

ぼんやりと思い出す榛原信哉である。


小さな女の子が森に迷い込んでしまって、

その森の奥には三人のおばあさんの魔女がいて、

透明なビニール袋にいっぱいの、薄いピンクの桜貝を詰めて売っていて、

そのサクサクなる音や色や見た目があまりに愛らしいので、

女の子が手元に持っているお小遣をはたいてそれを買って、

その後すぐにうちに帰る道を見つけて、

帰る道すがら、ビニール袋を開けたら、

桜貝は全て桜の花びらに変わっていて、

すっかり暗くなった辺り一面にその全てが舞い散る。


その光景を何度も思い浮かべては
あまりの美しさに酔ってしまい、
テストが全く解けなかった榛原信哉である。
小学校5年の頃の話だ。

そんなに酒が強いわけでもないのに、やたら飲んでしまい、
一緒にいた大学の頃の友達の家でしばらくぶっ倒れた後、
のっそり起き出して「帰る」と一言呟き、
傘まで借りて、歩き、
近所の公園までようやくたどり着いた榛原信哉はいま、
25歳を迎えるところだ。

ぼんやりした頭で歩き続け、
急に
「あ、いま立ち止まったままだ」
と気付き、
ふと横を見ると、
傍に桜の木があり、
近くの街灯の下で咲き誇るそれは
雨の中やけに浮き上がって見え、
ふと
「ああ、引き止めたのか、俺を」
などと浮き世離れしたことを思い、

「明日には散るさだめか。せめて最期は俺が見届けてやる」

と今度は口に出して、
しとしと降る雨の中、
傘の下から桜に向けて敬礼を送る榛原信哉は、
今日好きな女に既に最愛の男がいることを
最高の誕生日プレゼントとして
押し付けられたばかりだ。


「桜は散り際が美しく、男たるもの潔しをよしとするのみ。雨に散るならそれもよし。誰も見ぬなら俺が愛でよう。さも美しかったとふれまわろうぞ」

…泣いているのだから、世話はない。

朗々と口をついて出る戯れ事は
一体どこで覚えるのだ、榛原信哉よ。

しばらく突っ立っていたが、
不意に寒くなり、
身を震わせて、
傘の下にて我にかえった榛原は、
辺りを伺い、
己一人であることをよくよく確かめてから、
桜に一礼し、
その場を歩き去った。

「次の春までドンクラーイ?」
などと空耳的にぼやく榛原信哉は
明日のために腫れた目の言い訳を考えつつ、
帰途につく。

とある深夜の榛原信哉。

今日の深夜が明日の信哉の糧となるよう祈るばかりである。

合掌。

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しろくまʕ ・ω・ )はなまめとわし(*´ω`*)ヨシコンヌがお伝えしたい「かわいい」「おいしい」「たのしい」「愛しい」「すごい」ものについて、書いています。読んでくださってありがとうございます!