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『義』のまとめ

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長編小説 『義』 をまとめております。 ・男と『義』の定義。『義』とは、正義の『義』、大義の『義』だ。限界集落育った男は、東京の大学へ進学する。東京の地下施設にて、『義』の象徴…
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『義』  -始まり-    長編小説

『義』  -始まり-    長編小説

始まり

 年代物の赤ワインが、透き通るほど磨かれたワイングラスに注がれていた。ワイングラスは高層ビルから溢れる光を受け、薄い縁が刃物のように輝く。二つのうち、片方のグラスの縁には、薄い桃色の口づけが付いていた。グラスの間に置かれたキャンドルは、親指くらいの炎を上げ、時の経過を穏やかに奏でつつ、テーブルを挟む若い男女を眺めていた。どこか、覚束ない炎だ。空調が効き過ぎているわけではなく、紺色の蝶ネク

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『義』  -実家にて- 長編小説

『義』  -実家にて- 長編小説

実家にて

 休憩なしで走り続け、大輔の故郷に辿り着いた。大輔は変わりない景色に安堵し、細くなる道をアクセルを緩めて走る。農作業服の若い男が、畦道に座り煙草を吸っていた。男は車が通ると、訝しい目つきながら丁重に会釈した。大輔も空かさず会釈した。知り合いだろうかと記憶を探るも、分からなかった。健斗は窓ガラス頭をくっ付け、鼾を掻いている。天草に架かる大橋を渡ってすぐに寝ていた。

 青々と茂る稲の葉を

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『義』  -咲子- 長編小説

『義』  -咲子- 長編小説

咲子

 二人は帽子を被り、外に出た。日が傾き始め、田圃を駆け抜けてくる風が幾分涼しく感じた。庭を出て、車の往来が無い道路の真ん中を、まるで酩酊する会社員のように、右へ左へと横断を繰り返しながら、宛のない散歩を続ける。大輔は家々を見ながら、故郷の情趣に浸る。健斗は道路脇に茂った向日葵の葉を手で撫でたり、側溝を流れる透明の水を覗き込んだり、と田舎を味わった。

「やっぱり田舎って良いなあ」

 健斗

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『義』  -海水浴- 長編小説

『義』  -海水浴- 長編小説

海水浴

 大輔が車のハンドルを握り、水平線が輝く海岸線を走る。助手席には健斗が座り、後部座席の真ん中には、咲子が座った。休日の道路は、天草市外からの車も多く、幾分混雑している。もちろん、東京の首都高とは比較にならないほどだ。排気ガスの匂いがなく、窓を開け、三人は海風を堪能した。

 海水浴場に着き、車窓から、派手なビーチパラソルが犇めき合う浜辺を見渡した。

「この海水浴場も混んでいるなあ」

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『義』  -幼馴染との時間の回想- 長編小説

『義』  -幼馴染との時間の回想- 長編小説

幼馴染との時間の回想

「大輔くん、大丈夫なの? バレないの?」

 貴洋は囁くような声を出し、大輔のTシャツの裾を引っ張った。

「大丈夫。貴洋くんは、本当にビビリだなあ。こんな時間に誰も来ないよ」

 大輔は淡い月の明かりを頼りに、錆び付いたフェンスを登ってゆく。フェンスを乗り越えると、ジャンプしてプールサイドに着地した。振り向くと、貴洋が俯いている。

「大丈夫だって。さあ、登ってこいよ」

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『義』  -ドライブ- 長編小説

『義』  -ドライブ- 長編小説

ドライブ

 潮騒が心地よい。身体を揺らす波も心地よい。旅愁にて蘇る、貴洋との記憶の数々も心地よい。

「貴洋くん」

 大輔は声を上げた。貴洋は、どこにいるのだろうか。

 熱された砂浜へ上がった。健斗と咲子は並んで座り、楽しげにお喋りに耽っている。声が一面に広がっていた。大輔の姿に気がついた咲子が手を振る。

「大輔くんも、こっちに来なっせ」

 大輔はブルーシートに戻り、健斗の隣に座に座った

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『義』  -大輔と幼馴染の再会。秘密基地にて- 長編小説

『義』  -大輔と幼馴染の再会。秘密基地にて- 長編小説

大輔と幼馴染の再会。秘密基地にて

 大輔は、気が付くと暗闇にて体育座りをしていた。尻に畳の感触が感じられない。自宅ではなさそうだ。土の香り、夏草の香り、木の香りが漂っている。膝を抱えていた手を離し、地面を撫でると、木の板が触れた。目を凝らして辺りを見渡すも、酔いが醒めておらず、鬱蒼と茂る木々や笹薮に焦点を合わせるが出来ない。

 突然、手の甲に何かが触れた。冷水のように冷たく、弾力がある。

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『義』  -貴洋の過去- 長編小説

『義』  -貴洋の過去- 長編小説

貴洋の過去

「じゃあ、話すね・・・。

 大輔くんと仲が寂しくなった時期は、中学一年生。まあ、仕方ないことだよね。中学校には、僕みたいな人より、もっともっと魅力的な人が沢山いるから。僕はね、大輔くんと違って、社交的でもなければ、新しいことへ挑戦する勇気もなかったんだ。幼少期から、ずっと大輔くんの陰に隠れて、そうだね、金魚の糞のように暮らしていた。だから、心を通わす友達を作ることが出来なかった。独

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『義』  -大輔と貴洋- 長編小説

『義』  -大輔と貴洋- 長編小説

大輔と貴洋

 貴洋はスッキリとした表情で、小さな口を閉じた。

「すみません。ジントニックを二つ」

 大輔は店員へ注文をした。貴洋の話を咀嚼出来ずに、返答する時間を欲した。

 大輔は空のグラスを覗き込みながら、思案する。貴洋の人生は、幸せなのだろうか。もし、自分の存在がこの世になければ、貴洋の人生が別の方向へシフトしたのではないだろうか。もし、中学生以降も、今日のように楽しい交友を続けていれ

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『義』  -さよなら- 長編小説

『義』  -さよなら- 長編小説

さよなら

 大輔の携帯電話が激しく鳴った。珍しく、着信だった。大輔は不鮮明な意識に鞭を打ち、二日酔いの身体を起こして携帯電話の画面を見る。健斗からの着信だった。応答ボタンを押した。

「おい、大輔。今、大丈夫か?」

 健斗のけたたましい声が、大輔の鼓膜を揺さぶる。

「ああ」

 大輔は曖昧な返事をする。

「何だ、その声は。寝ていたのか? こんな時間なのに。それで、大変なことが起きたんだ。お

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『義』  -秘密基地- 長編小説

『義』  -秘密基地- 長編小説

秘密基地

 夏草が丁寧に刈られた畦道を歩き、秘密基地入り口の笹薮の前に着いた。大輔は懐中電灯を点け、茂る笹を掻き分けようと手を伸ばした。

「おい。ここから入るのか?」

 健斗は大輔のTシャツを引っ張ってとめた。

「この先に、秘密基地があるからな。気を付けろよ。足を滑らすと、少し痛いからな」

「おいおい。笑っている場合じゃないぞ。農道や林道とかはないのか?」

「ない。それでは、秘密基地に

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