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『義』  -貴洋の過去- 長編小説



貴洋の過去

「じゃあ、話すね・・・。

 大輔くんと仲が寂しくなった時期は、中学一年生。まあ、仕方ないことだよね。中学校には、僕みたいな人より、もっともっと魅力的な人が沢山いるから。僕はね、大輔くんと違って、社交的でもなければ、新しいことへ挑戦する勇気もなかったんだ。幼少期から、ずっと大輔くんの陰に隠れて、そうだね、金魚の糞のように暮らしていた。だから、心を通わす友達を作ることが出来なかった。独りぼっちか、近くに座っている男子とだけ話した。

 そんな不甲斐ない僕だから、実は虐められていたんだ。毎日、毎日、不良男子に呼び出されて、ゲームを奪われたり、身体を殴られたりとね。こんな身体殴っても、楽しくないのにな。殴りやすいんだよね、きっと。身体が小さいし、文句を言わないからね。でもね、不登校にはならなかった。学校に行ってね、大輔くんの活躍する姿を見ていたかったし、辛い時は秘密基地に篭ったんだ。秘密基地に篭るとね、悩みが自然と薄まったんだよ。僕らだけの秘密基地だ。昔、僕らが言っていたよね。覚えているかな・・・。秘密基地は僕らの楽園だってこと。本当に僕の楽園になっていたんだよ。とっても、すごいことだね。

 中学三年生になると、進路選択しないといけないよね。酷な話だよ。自分で何も決めることの出来ない虐められっ子に、進路や将来なんて決めれるはずがないんだよね。仕方なく担任の先生に相談したら『成績は優秀だから、天草から出る選択肢もある』と言われた。天草を出ることへ、幼馴染のさっちゃんからも背中を押されたんだ。大輔くんの姿を見られなくなるのは、悲しいけれど、自分の力で人生を切り開いてみても良いのではないか、と思ったんだ。まあ、結果的には失敗だったんだけれどね。

 親戚の叔母の家から、熊本市内の高校に通っていたけれど、環境が変わっても僕の内気な正確は治らなかったんだ。自分から同級生に話しかけることが殆どなく、新しい趣味を見るけることなく、部活へ入部するとこなく、高校生活が始まった。だから、高校でも陰湿な虐めをされたの。ノートを盗まれたり、体育祭で仲間外しをされたりと。でも、叔母へ相談出来ず、先生も他人事、楽園の秘密基地は遠い島にあるから逃げ込めるわけでもなく、僕の日常は荒れていった。荒れると言っても、他人へ迷惑を掛けたくなかったから、ニコニコと笑顔を振る舞い、叔母さんにも、先生にも迷惑を掛けず、偽りの元気で登校していた。同郷のよしみで、さっちゃんとお付き合いし、市内で何回かデートをしていたけれど、何の慰めにならなかったよ。さっちゃんには、申し訳ないけれど。

 高校三年生になると、将来のことを考えないといけないから、中学卒業時以上のプレッシャーがあったんだ。学力は低くなかったけれど、大学へ進学しても、この性格を変えることは出来ないと思って、就職を選んだ。何社か面接を受けてね、ようやく、自動車の部品を作る会社へ入社が決まったよ。

 入社して、初任給が入ると、祖母の家を出て、さっちゃんと同棲を始めんだ。仕事をして、退勤後は上司を飲みに連れて行かれ、帰ったら家事をする。家事は折半していたからね。忙しい日々で、心は荒れていった。

 大輔くんとの楽しい記憶が、時間の経過と共に薄まっていくことが恐ろしかった。大輔くんとの楽しい記憶を、大人の汚い経験に汚されていくことが憎たらしかった。

 入社二年目のある夏の日にね、仕事を終え、さっちゃんがいるアパートに帰らず、アクセルを全力で踏み込んで、秘密基地へ向かって車を走らせたんだ。吹き抜ける夜風が心地よかった。潮騒が心地よかった。星が降る水平線が奏でる光の芸術が心地よかった。生まれて初めて、自分で何かを成し遂げている感覚だったよ。対向車も後続車がない道へ入ると、ヘッドライトを消して走らせたんだ。アクセルをどんどん踏み込んでスピードを上げてゆく。まっ暗の世界に飛び込み、宇宙へ飛び込んだような感覚だった。

 数時間の運転を経て着いたんだ。誰もいない、寝静まった村の、秘密基地に。身体に疲れはなく、高揚する感情を肴に、ビールを飲んだ。ほろ苦いビールがとても美味しくて、大粒の涙が出てきたの。自分の居場所がここにあるんだ、と言う安心感でボロボロと涙を流し、雑に敷いている床板を濡らした。大の大人が変だよね。でも、誰もいないから、構わないよね。恥ずかしくないんだ。たった独りだもん。それからね、大輔くんと遊んだ日々を思い出して、また泣いたよ。大輔くんに沢山教えてもらったもんね。魚釣りや、クワガタ獲り、野いちごの穴場・・・。もう、数え切れないよ。

 幼少期からね、先生や親から『自立心を養え』と言われることが、何度もあったんだよね。でもね、それは嫌だったんだ。自立してしまうと、大輔くんが離れてしまう気がしたんだ。物理的に疎遠になっても、僕の中での先生は大輔くんであって欲しいんだ。あとね、きっとね、大輔くんから教えてもらう自分の事が好きだったと思う。変だよね。だから、皆に虐められるんだ。

 涙を流し続けていたけれど、お日様は残酷だった。望んでいないのに、東から登ってくるんだからね。村の人に見つかるのは嫌だったから、実家へも顔を出さずに、市内へ車を走らせた。明けてゆく水平線が感動的だったね。海岸線を順調に帰っていたけれど、僕の人生って、どこかに落とし穴が待っているんだよ。とある海岸線、スピード違反と飲酒運転で、警察に捕まってしまってしまい、捕まった事が会社にバレて仕事はクビになってしまった。まあ、当たり前の話だけれどね。将来への不安はあったけれど、仕事をする活力も湧かずに、のほほんと暮らしていた。

 気晴らしに、ギャンブルをやったり、ゲームをやったり、偶にさっちゃんに手をあげたり。暴力といっても、強く叩いたり、殴ったりするわけじゃないよ。僕なんて、こんな身体だからね。軽く背中を撫でたんだ。さっちゃんにとっては、暴力と捉えてしまったのだろうな。益々、生活が荒れてしまい、さっちゃんは天草へ帰ってしまったんだ。さっちゃんは、天草が似合う女だから、僕といない方が良い人生になると思う。

 さっちゃんもいなくなり、少ない貯金を使いながら、偶に派遣のアルバイトに出て、暮らしていた。他人から見たら見窄らしいと思うかもしれないけれど、心の中に大輔くんとの思い出があったから、幸せだった。もちろんね、子供の頃に体験した、透明の水へ飛び込んで、細胞の一つ一つへ、新しい世界を浸透させるような、幸せはなかったけれど、それなりに幸せだった。大人って、こんなものなのかなあ、なんて俯瞰してみたりしてね・・・。

 長くなったけれど、こんな感じの人生だったよ。惨めでしょ? でも良いんだ。大輔くんがいてくれたから」




続く。

花子出版   倉岡



文豪方の残された名著を汚さぬよう精進します。