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#9 浜のネイティブ・ジャパニーズ (中編)

 前回は、浜で暮らす人たちが常に海や山、草木や生き物の様子をよく見て、日々自然の変化を敏感に感じとりながら暮らしていることについて綴りました。
 毎日の会話の中で、自然の変化が当たり前のように話題にのぼること。それは街での暮らしが長かった私にとっては、とても新鮮で、羨ましく、自分もそうありたいなあと思う暮らし方でした。

 今回はもう一つ、私が浜で暮らすようになってとても驚いたことについて書こうと思います。
 それは、浜に暮らす人たちの体力・気力、そして体の使い方についてです。
 浜仕事のお手伝いに行くと、浜の60代、70代の大先輩たちのほうが、30代の私よりもずっと体力があり、仕事をこなすスピードも桁違いに早くてびっくりします。皆さん体力があるのはもちろんのこと、疲れない体の動かし方を熟知していて、私とはどうやら体の動かし方が根本的に違うようなのです。

 たとえば、隣浜のいつもお世話になっている漁師さんは御年75歳。若い頃から遠洋漁業で海外を回り、今は浜で季節ごとに様々な漁をする小漁師をしています。
 夏になると早朝から夕方まで一日中、素潜りで10メートルも潜って魚を突き、「今日は少なかったなぁ〜」と言いながらクロダイを何十匹もとってくるのですから、本当に超人的な体力です。
 夫がやっとのことで持ち上げるナマコ漁の金鎖の網も「ほれ、貸してみろ〜」とひょいと持ち上げるなり、軽々と海に投げ入れてしまいます。

 体の動かし方で言うと、浜のお母さんたちを見ていても、漁でとれた魚を選別するときや、シャコやカニを網から外したりするとき、そして牡蠣の殻をむくときなど、とにかく目にも止まらぬ速さで手を動かし、作業をしています。
 皆さん見た目が筋肉隆々というわけでもなく、一見ごく普通のお母さんたちなのですが、浜仕事になると、そんな力がどこにあるの?と思うほど楽々と重たいものも持ち上げ、手早く作業をされていて、本当に驚きます。

 浜の人たちに共通しているのは、日々の暮らしの中で常に足腰を使い、手を動かす作業を積み重ねてきている、と言うこと。
 そのことが、浜のお父さんお母さんたちの、たくましい体幹を作り、いつでもよく動ける体を作り上げているのだと思います。そんな大先輩に比べ、私たちはまだまだ雛鳥のような頼りない動きで、必死にその背中を追うのが精一杯です。

浜の先輩たちからいつもたくさんのことを教わります

 もちろん、浜の仕事は体を使いますし、朝早い仕事が多いので、「大変」と言われれば大変な仕事なのかもしれません。「こんな大変な仕事をするより、街で暮らした方が楽だ」という声も、もちろんあることは承知しています。

 ただ、そんなボタンひとつでなんでも動かせたり、ワンクリックでどんなものでも手に入るのが当たり前の世の中で、便利さと引き換えに、私たちは人が本来持つ「体」の動かし方、使い方を、いつの間にか失ってしまったのではないか…と、浜仕事をするたびに感じるのです。

 武術家の光岡英稔みつおかひでとしさんは著書「身体のこえ」(PHP研究所, 2019)の中で、先人たちと現代人の身体感覚には大きな隔たりがあると述べています。
 とある農家のおじいさんが隣村の知り合いから「米をやるから持てる分だけ持って行っていいぞ」と言われ、米俵2俵(120kg相当の重さ)を担いで自分の村まで帰ったというエピソードや、明治期の島根の中学校の修学旅行では生徒と教師81人が10日間かけて約500kmの行程のほとんどを徒歩で移動した記録などから、便利な機械もない時代、先人たちは現代人には想像もつかないような身体の使い方を当たり前のこととして暮らしていたことが明らかにされています。(p.18-20)
 対して現代では、缶切りが使えない人が出てきたり、しゃがむ姿勢ができなかったり鉄棒にぶら下がれない子どもが増えてきている、と光岡さんは指摘します。日常生活の中で身体を使うことが少なくなり、『機能として問題はなくても(中略)力の入れ方が分からない。おそらく身体のつながりが実感として湧かない』(p.58)子どもが多くなってきているようなのです。

アナゴを獲りに海へ。カゴ網を引き上げるのにも、足腰が大事。

 光岡さんの著書の中では、この失われた身体感覚を先人たちの知恵である武術から取り戻していけないだろうか、という取り組みが紹介されているのですが、それと同じように私は、現代においても先人のような身体の使い方ができる浜の人たちと仕事をする中で、自分の失われた身体感覚を取り戻していけるのではないか、と感じています。

 便利なものがたくさんあるけれど健康な身体でいるためにはジム通いや食事などお金を使わないといけない都市部の生活。
 便利なものは多くなく、自然相手で大変だけれど、身体を動かして新鮮なものを食べて(私から見たら、圧倒的に都市部より)元気な浜の生活。

 どちらが絶対に良い、と言うものではありませんが、私自身は先輩たちと浜仕事をする中で、「便利なものに囲まれ、お金をたくさん消費しながら健康な体づくりをする生活」よりも「自分の体を動かし、季節のおいしいものを育てたり採ったりして、よく食べよく寝る暮らし」のほうが、はるかにシンプルで健康的で理にかなっているのではないか、と感じるようになりました。


 よくテレビや街中での会話では「○○歳になったらもう体力も衰えるから…」「老後のために…」といった言葉が飛び交い、年を重ねることへの不安の方が大きくなりがちですが、30歳、40歳以上も年上の浜の先輩たちが、若者がびっくりするようなパワーで元気に働いている姿を見るたび、「こんなかっこいい大人になりたい!」と、日々勇気をもらうのです。



 (続く)


はまぐり堂 LIFEマガジン【ネイティブ・ジャパニーズからの贈り物】
執筆担当:亀山理子(はまぐり堂スタッフ / ネイティブ・ジャパニーズ探究家)早稲田大学教育学部学際コース、エコール辻東京フランス・イタリア料理マスターカレッジ卒。宮城県牡鹿半島の蛤浜に夫と動物たちと暮らしながら、はまぐり堂スタッフとして料理・広報などを担当。noteでは浜の暮らしの中で学んだこと・その魅力を”ネイティブ・ジャパニーズ”という切り口から発信中。

掲載中の記事:
はじめに
#1 食べることは生きること(前編)
#2 食べることは生きること(後編)
#3 足元の宝ものを見つける(前編)
#4 足元の宝ものを見つける(後編)
#5 希望をつなぐ (前編)
#6 希望をつなぐ (中編)
#7 希望をつなぐ (後編)
#8 浜のネイティブ・ジャパニーズ(前編)
#9 浜のネイティブ・ジャパニーズ(中編)
#10 浜のネイティブ・ジャパニーズ(後編)

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