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「手術の後が本当の戦い」がんサバイバーのQOLを運動で支える「キャンサーフィットネス」代表インタビュー

がんに罹患する人の数は年々増え続けている一方で、多くのがん種において生存率は上昇傾向にあります。
そんな「がんと共に生きる時代」において、副作用や後遺症と上手く付き合ってQOLを維持・向上することは重要な課題です。

今回は、「がんサバイバーが、運動を通して治療による身体や心の辛さを軽減し、QOLを向上させ、笑顔で社会へ早期復帰できるようサポートする」ことを目的とした団体である、一般社団法人キャンサーフィットネス代表理事 広瀬 真奈美さんに、「がん患者のQOLと運動」についてお話を伺いました。

プロフィール

広瀬 真奈美さん
一般社団法人キャンサーフィットネス 
代表理事 
CancerFitness認定インストラクター
MFL認定インストラクター

がん患者のリハビリの場がないなら自分で作る!

ーーキャンサーフィットネスを立ち上げられるまでの経緯を教えてください。

広瀬:私が2008年に乳がんを告知されてから経験したことがきっかけです。
告知から手術までは本当に不安でいっぱいでした。
どのように過ごせば良いのか分からず、「動いたらがんが広がってしまうのではないか」と不安になってあまり動かないようにしたり、もともと病院が苦手だったこともあって、通院そのものが心細かったりもしました。

とにかく落ち込んでしまっていたのですが、このままではいけないと思い、「体力をつけて万全な状態で手術に臨めるようにしよう」と自分を奮い立たせ、皇居を毎日1周することにしたんです。

広瀬さん

広瀬:そうしてなんとか自分を励ませたことで手術に臨めたのは良かったのですが、術後はさらなる苦しみがありました。

乳房を全摘出した胸の、今までに感じたことのないような麻痺や痛み、今まであった体の一部が無くなったことの辛さ。
担当医の先生に、「この麻痺や痛みはいつ治るんですか?」と聞いても、「もう治らないかもしれません」と言われてしまい、大変ショックを受けながら退院したことを覚えています。

自宅に戻り、いつもの生活が始まると、麻痺や痛みのせいで術前にはできていたはずの動作ができなくなっていることに気づきました。「もう以前の自分はここにはいないんだ」と悲しい気持ちでいっぱいでした。

当時通っていた病院では、術後のリハビリが保険適用内でできる仕組みにはなっておらず、別の整形外科へ行っても断られ、スポーツクラブへ行ってもがん患者ということで入会できず。
がん患者がリハビリのために運動できる場がとても少なかったんです。

それでも「一刻も早く元の体に戻りたい」という気持ちが強かったので、「自分でリハビリについて勉強するしかない」と思い立ち、術後の抗がん剤治療の傍らスポーツの専門学校に行って、インストラクターの資格を取得しました。

ーーがんの治療中にインストラクターの資格を取得されたんですね。すごいバイタリティです。

広瀬:自分の体は自分で治さなくちゃ!という一心で、筋肉の組織や身体機能について1年間勉強しました。
アメリカにはがん患者の運動療法を教えてくれる団体があると聞いていたので、日本でインストラクターの資格を取ったらそこで勉強したいという目標もありました。

念願叶って渡米し、がん患者さんにどのように運動を教えるのかを、しっかり学ばせてもらいました。
その団体は、病院や様々な施設に行ってがん患者さんに運動を教えていて、とても素晴らしい取り組みだと思い、日本でも同じようなことをやりたい!私がやろう!と決意しました。

帰国後、最初は月に一回程度のペースで患者さんを集めてフィットネスの会を開いてみましたが、参加してくださった患者さんの回復していく姿を見て、運動の必要性を実感しました。

2014年に「キャンサーフィットネス」を法人化し、現在10年目になります。

広瀬:2008年にがんを告知されてからこれまで、手術・抗がん剤治療・放射線治療・ホルモン療法などを経験し、キャンサーフィットネスの活動はずっと私のがん治療とともにありました。

それでもへこたれずにやってこれたのは、「がんサバイバーが身体を動かすことによって社会に復帰できる環境を作りたい」という目標があったからだと思います。

私自身も、体は完全には元に戻らないけれど、日々の生活に困らず、QOLを維持するための体力を取り戻すことができました。何より、運動することによって気持ちを前向きにできたことが、今日まで元気にやってこれた理由だと思います。

がんへの怒りをエネルギーに変えて

ーーがん治療中の出来事とは思えないほどパワフルにご活動されてきたと思うのですが、そういったモチベーションはどこから湧いてくるものなのでしょうか?

広瀬:私の場合は「怒り」をエネルギーに変えていたんだと思います。
乳がんは40代で罹患する人が多く、働き盛りの時期と重なります。今まで仕事を頑張ってきて、やっと理想の働き方ができるようになって、さあこれから!というときにがんになってしまうと、絶望と悲しみが押し寄せてくるものです。
私はその悲しみが「怒り」に変わって、「絶対に負けるもんか」と自分を奮い立たせてくれたんだと思います。

ーーキャンサーフィットネスの活動の影響で、がんサバイバー向けのリハビリや運動の取り組みは広がってきたのではないでしょうか?

広瀬:確実に10年前と今とでは状況が変わってきたと思います。
活動を始めた頃は、がん治療の専門家の中にも運動に批判的な方がいましたが、現在は術後のリハビリや再発予防のためにも、がん患者の運動は効果的であるというエビデンスが数多く出ています。

がんになったら、退院後に自宅に戻ってからが本当の戦いです。治療の後遺症やリンパ浮腫(がんの治療部位に近い腕や脚などの皮膚の下に、リンパ液がたまってむくんだ状態のこと。がん治療でリンパ節を切除したり、放射線治療や一部の薬物療法などによって、リンパ液の流れが悪くなったりすることで起こる)とはずっと付き合っていかなくてはなりません。

キャンサーフィットネスのオンライン配信とセミナーの様子

広瀬:そういった症状に関しては、まだまだ病院で対処してもらえることが少ないので、運動することを通して患者たち自身が助け合い、知識を分かち合っていく必要があると思っています。

ーーキャンサーフィットネスは現在どのような活動をしているのでしょうか

広瀬:コロナ前は、リアルの場で集まってフットネスをする活動をしていて、会員数は1000人以上いました。コロナが流行して実際に集まることが難しくなって以降は、「オンラインサロンHello!」を設立しました。
毎日運動の配信をしたり、がん治療に関する情報を発信したりしつつ、引き続き集まってフィットネスする場も設けています。

キャンサーフィットネスの活動

広瀬:コロナ禍以降は出不精になってしまう方も多いのか、なかなかリアルの場に戻って来られない方もいらっしゃるのですが、やはり実際に他の会員さんと会って、悩みを共有して一緒に泣いたり笑ったりするのは意味があると思います。

毎回フィットネス教室にいらっしゃる方々は、親友のように仲良く交流を楽しんでいらっしゃいます。
オンラインサロンにも、好きな時に動画や情報を見られるメリットはあるので、どちらにも良い面はあります。
私たちのフィットネス教室は関東での開催がメインになってしまうので、地方にお住まいの方にもご参加いただけるのもオンラインサロンのメリットです。

キャンサーフィットネスの様子

広瀬:オンラインでも対面でもまめに活動して他の会員さんと交流を深めていらっしゃる方は、治療後の心身の回復も早いように思います。
他者と関わることで困っていることを相談しやすくなったり、助けてもらえる機会が増えたりして、結果的に心身が良い方に向かっていくのではないでしょうか。

フィットネスが繋ぐ患者さんの輪が、QOLを向上させる

ーー今後はどういった活動に力を入れていきたいですか?

広瀬:現在のオンラインサロンを引き続き強化しつつ、「がん患者の運動の必要性」の啓発活動に力を入れていきたいです。

この10年ほどの間に、リアルの場で行うがん患者向けの運動教室はとても増えたと思います。理学療法士さんや看護師さんといった医療従事者が行うものから、専門のインストラクターの方によるものまで様々な選択肢ができてきました。
キャンサーフィットネスを立ち上げる前には考えられなかったことで、とても良いことだと思っています。

なので、運動教室以外にも、これまでの経験を生かして啓発活動を積極的に行っていきたいと考えています。
そんな思いから、現在は月に一度いろんな地方を回って現地のがん患者さんたちとお会いして、お話したり一緒に運動したりする「がんと運動全国キャラバン」(YouTube配信あり)を行っています。
コロナが落ち着き、体力が低下した方が増えました。今年は「がん患者の運動の必要性をもっとたくさんの方に知っていただく」というタイミングでもありました。

そしてもう一つは、がん患者のリハビリのプログラムを医師の先生方と一緒に作ったり、治療のガイドライン作りの場に患者さんたちの意見をまとめて持っていったり、制度作りの面での協力にも力を入れたいです。

他にも、患者さんたちと自然がある場所でのリトリートや、季節ごとの運動のイベントも開催したいですし、体づくりについて座学で学べる講座や、がん患者で作っているチアダンスチームもあるのでその活動も続けていきたいです。

ーー本当に多様なご活動をされていらっしゃいます。がんになったからといって家の中で塞ぎ込んでしまうよりも、外に出ていろんな方と関わったり、活動に参加してみることでQOLが向上するということは大いにありそうですね。

広瀬:おっしゃる通りです。キャンサーフィットネスではインストラクター講習もやっているのですが、運動をすることでがんから立ち直った方が、今度は教える側となってフィットネスの輪を広げていくという良い循環が生まれています。

がん患者の健康と体力づくりを学ぶための「がんリハビリテーション講座」

広瀬:私もそうでしたが、自分のためにやっていたことを、今度は他の誰かのためにやりたいと思う気持ちが芽生えて、サポートした人が元気になったら再び自分も元気になれるものなんです。
そういったやりがいが芽生えていくことは、がんとともに生きていく上での心の充実に繋がると思います。

がん患者のQOL維持・向上のために、ハカルテに期待すること

ーーがん患者さんのQOLの維持向上という観点で、ハカルテのような民間のサービスにはどのようなことを期待されますでしょうか?

広瀬:アプリで自分の体調を記録できて、医療者とも情報共有がしやすくなるのは本当に良いことだと思います。
私自身は、治療の記録をブログに書いて、同じような境遇の方からのコメントやアドバイスを参考にしていました。治療に関して分からないことや不安なことも日頃からメモしてどんどん質問する方だったと思います。

しかし、ほとんどの患者さんは、なかなかそんな風に主体的にメモしたり質問したりということはできないのではないかと感じます。

キャンサーフィットネスで関わる患者さんたちの中にも、医師に気になっていることを聞けなかったり、自分の体調をうまく伝えられなかったりという悩みを抱えている人は本当に多いです。
がん治療は最初は分からないことだらけなので、不安を解消するためにも医師とのコミュニケーションをしっかり取ることが重要なんです。

コミュニケーションを改善するために、ハカルテのようなアプリで体調記録をしながら、それを上手に医療者に伝えるための力を身につけていけたらいいですよね。
例えば伝え方のトレーニングやワークショップなどを行っていただくなど、患者自身が力をつけるためのサポートもしていただけたらと期待しています。

ーー広瀬さん、ありがとうございました!


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