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母の空気

「雪奈、ただいま」

雪が降り、凍るような冷たい夜空の中、母は私をぎゅっと抱きしめる。
冷たい空気、冬の寒さを感じるたびに、私は母のことを思い出す。

共働きの家庭で育った私は、幼い頃から留守番をすることが多かった。
特別支援高等学校で教師をしている母は、残業が多く、帰宅するのはいつも22時を過ぎていた。

母は帰宅すると、一目散に私を抱きしめる。
外の冷たい空気が、部屋のぬくぬくとした空気と溶け合う前に抱きしめてくれるあの瞬間が大好きだった。

男も女も等しく働くことが出来る時代。

子供をもつ女性には、様々な働き方がある。
時短勤務をする人もいれば、独身時代と変わらずフルタイムで働く女性もいる。

多くの女性たちは、家庭と仕事の両立に毎日悩んでいる。
本当に両立できているのだろうか。
もしかすると、どちらも中途半端になっているのではないか。
幼い子供に、悲しい思いをさせてしまっているのではないのだろうか。

1人の働く女性として、このような悩みを母が抱えていたと知ったのは、高校3年生の時だった。

アイルランドへ1ヶ月の短期留学に行った私は、ホームステイをした。
専業主婦のホストマザーは、私の帰宅に合わせて毎日、美味しい料理や、手作りのお菓子を作ってくれた。

SNSに
「ドアを開けた瞬間料理の匂いを嗅ぐのって幸せ」
と投稿すると、母から
「雪奈、ごめんね」と短いメッセージが届いた。

そうか。
母は、毎日後ろ髪を引かれる思いで悩みながら出勤していたのか。
幼い私にとって、遅くまで働く母が当たり前だったので、母が悩んでいるなんて想像したことは1回も無かったのだ。

私は、働く母が大好きだ。
家庭と仕事のどちらもを一生懸命に頑張る母を、世界で1番尊敬している。

そう思うことができたのは、毎日母の温もりと一緒に感じた冷たい外の空気のおかげだったのかもしれない。

いつか私も、家庭と仕事の両立に悩む日が来るのだろうか。
そんな時、私は何を選択するのだろう。
きっと、冷たい空気をまとって、大切な人を抱きしめるんだと思う。
あの頃の母と同じように。

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