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『理子さんと俺』・・・奇妙なママ母に翻弄される俺。ラヂオつくばバージョン

先日ラヂオつくばで放送された朗読作品を一部改訂したものです。

「理子さんと俺」

中学校から帰ると、リビングのソファーで、
タイトなワンピースを着た女が煙草を吸っていた。

「理子さんだ。結婚しようと思っている」

女にぴったりと寄り添った父が、
知り合ったきっかけや、女の良い点などを話した。

「母さんが亡くなって10年。これでお前も寂しくないだろう」

父は何かと言うと、恩着せがましい口調になる。
好きだからこの人と結婚したい、で十分なのに。
俺は、持っていた百円玉をテーブルの上で回した。

「理子さん。こんな暗い奴だけど、仲良くしてやってくれ」

いつもの手慰みを始めたと父は思っている。
コインの裏表で、俺が態度を決めていることを知らないのだ。
花柄が出たら、素直に父の言う事を受け入れ、
数字なら、嫌だと拗ねてみる。

回転が少し弱まってきた時、虹色のネイルを付けた手が
テーブルの上を走り、百円玉をひったくった。

「アタシの事は理子さんって呼び。無理せんでええで、親子や無いし」

理子さんは、親指と人差し指で百円玉を摘まみ、
残り3本の指を2、3度曲げ伸ばしてOKグッパを見せた。

俺はなぜか、突き離されたような気分になった。
初めて会った女の人に、何か温かいものを期待している自分が
意外だった。

険悪な雰囲気を和ませようと父は必死に取り繕った。

「すまんな。すぐに懐いて、お母さんって呼ぶようになるから。
そうだ、新しいお母さんの手料理を一緒に食べようじゃないか」

それを聞いて、理子さんは心底嫌そうな顔をした。
それでも父は無理やり台所に立たせ、
「お米はここ」「洗うのはこっちのボウルでな」
と、嬉しそうに教えていた。

ところが、理子さんはボウルに米を入れると流しにある
中性洗剤を入れて洗おうとした。
父はあわてて洗剤のボトルを取り上げた。
困り顔の父と、逆ギレ気味の理子さんがしばらく見つめ合っていた。

「え、えと。じゃあ、ご飯は後で良いか。
お土産に持ってきてくれたメロンを切ってもらおうかな。
包丁は流しの下にあるから」

シェフからパティシエに変わった理子さんは、
高級そうなメロンを、あっという間に輪切りにした。
大皿の上に、フリスビーのような皮付きメロンの輪切りが
積み重なって出てきた。

「うん。珍しい切り方だけど、こういうのもありだな。
これから食卓が楽しくなるなぁ」

父は、メロンのフリスビーを掴むと、グルグル見回してから、
頭を斜めにして内側の果肉にかぶりついた。
顔をべとべとにしながら食べる姿は少し哀れに見えた。

結局料理は、引き続き父の担当になった。

理子さんが来て数日たった日。学校の帰り道で、
同級生の牧村美奈世が話しかけてきた。

「ねえ。田中君。新しい家族が出来たんだって」

「何だよ。いきなり」

距離を取ろうとする俺の腕に、美奈世はすがりついた。

「お願い。少しこうして歩いて」

美奈世は明るくて活発でクラスでも目立つ存在だ。
俺を含めて、嫌いな男子はいないだろう。
そんなクラスのアイドルが、突然腕を絡めてきたのだから
冷静になれというのが無理な話だ。

「す、歩くって言っても俺んち、すぐそこだよ」

「いいから! このまま家に入って」

ただならぬものを感じた俺は
美奈世と腕を組んだまま玄関を開けた。

後ろ手にドアを閉めながら、いきなり家に上げるのは
まずい気がしたので、とりあえず上がり框で話を聞くことにした。

「牧村さん。一体、どういうこと?」

「ごめんね。驚かせちゃって。実はここ何日か、
ストーカーに狙われてるの。
道を変えてもついてくるし、走って逃げたら追いかけてきて、
どうしようって思ったところに田中君がいて、
ちょっと利用させてもらったの。すがり付いちゃって、ごめんね」

その表情は、教室で活発に振る舞う女子と
同じ人物とは思えないほど、か弱く見えた。

「事情は分かったから、とにかく俺の部屋に行こう」

湧き上がってくる下心を必死に抑えながら、
俺は美奈世を家に上げた。

玄関からリビングに入ると、
留守だと思っていた理子さんがソファーで眠っていた。

その横を通り抜けようとすると、

「慌てて内側にいかんと、外から優しゅう攻めるんやで」

理子さんは、目を閉じて横になったまま声をかけてきた。

「あ。この人は同級生の牧村さんで、そこで偶然出会って・・・」

慌てて紹介しようとする俺に
理子さんは、いつかのように右手でOKマークを作り、
三本の指を曲げ伸ばしてOKグッパをした。
早く自分の部屋に行けということらしい。

部屋に入っても俺は落ち着かなかった。
緊急避難とはいえ、憧れの女子と二人きりなのだ。
何か話をしなければ、と部屋の中を見渡した。

「大丈夫。田中君の事、信じてるわよ。
それにあんなふうに言われたら、
何してもお母さんにやらされてるみたいだもんね。
それじゃあ無理よね、ふふふ」

確かにその通りだ。美奈世の方が遥かに大人だった。

緊張が解けて元気になった美奈世は、
本棚を眺めて一冊抜き取った。

「田中君も星好きなんだ」

彼女も天文学が好きらしく、彗星とはやぶさの話で盛り上がった。

美奈世はその後も何度か俺の家に遊びに来たが
プラトニックな関係を超えることは無かった。

二学期になり風が冷たくなってきた頃、
俺は、保護者同伴で学校に呼び出された。
繁華街で煙草を吸っているのを見た、と誰かがチクったらしい。

父は長期出張で家を空けていたので、
代わりに理子さんが行く事になった。

校長室では、校長、教頭、担任の堅物3人組が待ち構えていた。
体の線がはっきりわかる服を着た理子さんは格好の餌食だった。

上から下まで舐め廻すように見ていた担任が
いかにも心配してますよ、という感じで口火を切った。

「学校に通報してくれた生徒がおりましてねぇ。ええ。
お母さんもご苦労なさっているのは、我々も理解しているんですよ。
ですが、お子さんの将来を考えると、やはりご家庭でのしつけが
重要である、と考えざるをえんでしょう、ねぇ」

なぜ理子さんが苦労したら、俺が非行に走るのか、
全く理解できなかったが、
3人の良識派が、自分たちの教育上の問題を
家庭に押しつけようとしているのは良く分かった。

「継母でしつけが行き届きませんで、申し訳ありません」

そんな無意味な謝罪を待っているのだろう。
説教が長引けば、いずれ親子の在り方や、親の結婚など
言われたくない事までほじくり返してくるに違いない。

それなら、欲しがっている餌を与えて、いっそ休学にでも
なった方が楽かな、と投げやりな気分になっていると、
理子さんが、バッグから煙草の箱を取り出し、
一本抜き出して火を着けた。

担任が止めるのもきかず、理子さんは思いきり煙を吸い込み、
横にいる俺に吹きかけた。

ゲホッゲホッ。

俺はたまらず咳き込んだ。

「ほら。この子は煙草苦手ですねん。
ほやから隠れて吸ったりしませんわ」

そう校長たちに告げると理子さんは、
本気で嫌そうな顔をする俺に言った。

「あんた。煙いの嫌いやろ、外へ出とり」

「え! いや彼もいて貰わないと」

「ええやないですか。後はアタシが全部聞きますから」

俺は言われるまま校長室を出た。

20分ほど経って、深々と頭を下げる三人組に見送られながら、
理子さんが出てきた。

廊下の端で待っている俺に気づくと、
笑いって右手を上げ、OKグッパして見せた。
どんなやり取りがあったか知らないが、
この件は、お咎めなしになったようだ。

「なあ。チクった奴は分かったから、一発かましとこか?」

と言われたが

「今は良い、自分でやるから」

と答えた。俺にもだいたい見当はついている。

「ふふん。まあ好きにし。どっちみちすぐ片付くし、無理せんでええわ」

理子さんはすれ違う女生徒たちに手を振ると
小さなバッグを振りまわしながら、鼻歌交じりに歩いて行った。

一か月後、理子さんの言う通り片付いた。
先輩の男子が一人転校していったのだ。
そいつは美奈世にストーカーをしていた奴でもあった。

しばらくして、美奈世が俺の家に遊びに来た。
リビングのソファーに寝転がっている理子さんを
見つけると美奈世は近づいてお辞儀した。

「田中君のおかあさん。ありがとうございます」

理子さんが礼を言われているのを聞いて、俺はなぜか、照れ臭い気持ちになった。美奈世が俺の脇腹をつついた。

「ほら。君も言うのよ。早く!」

「え? なんで」

「いいから!」

美奈世に急かされて、俺は初めて言った。

「ありがとう。かあさん」

言われた理子さんは、いつものように右手を上げてOKマークを作り、
OKグッパをして見せた。

                おわり


*この作品は、以前発表した作品をラヂオつくばバージョンとして改訂したモノです。


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