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「麻田君、豪華客船に乗る(その2)」・・・貧乏旅行のはずが思いがけない展開に。



『麻田君、豪華客船に乗る(その2)』


ニュージーランドで知り合ったアメリカ人のジョーたちと、
ひょんな事から豪華客船に乗ることになった麻田君。

船内の豪華さと、予想外のリーズナブルな船賃に驚いていました。

船は15万トン級。デッキは11階層あり、プールやテニスコート、
スパ、サウナ、劇場、ショッピングモール、カジノに教会まであるのです。
レストランにビュッフェもたくさんあって、24時間食事と聞いた麻田君は、一日5食も食べて、贅沢三昧。

「これじゃあ。太って帰ることになるな」

当初、船の迫力に圧倒されていた麻田君も、体重を気にする余裕が出てきました。

ところが、麻田君を船に聞き込んだ張本人であるグループのリーダー、
ジョーの表情が今一つスッキリしません。

オープンデッキで一人、物憂げに穏やかな大海原を見つめています。

「ジョー。何か心配事でもあるのかい?」

「アーサー」

彼は麻田君をこう呼びます。

「俺は大丈夫だよ」

「その割には考え込んでいるじゃないか」

麻田君は自分が何かしたのではないかと心配になりました。

「なあ。ジョーもしかして、あれがいけなかったのかい。
ルーレットで、ジョーより多く当たりを出した事」

ジョーは答えません。

「それとも、朝から皆を連れてショーやイベントを片っ端からはしごして
みんなをヘトヘトにしたのが不味かったかな。皆文句言ってたたりして」

ジョーは少し笑っただけでした。

「そうだ。あれだ。タダだと思うからビュッフェのソフトクリームを
大皿一杯に盛り上げてフルーツと一緒に平らげた事」

「ハハは。そんな事やってたのか、いつ?」

「ああ。ゆうべちょっと、みんなで盛り上がったから。ちょっとは目を外したかも」

「全く俺の知らないところで・・・まあ。楽しんでいるならいいさ」

楽しんでいるならいい。と言ったジョーですが、まだ何か不満げでした。

「ジョー・・・」

「アーサー覚えているか。この船に乗る前、お前に本当の旅の楽しみ方を
教えてやるって言ったこと」

「ああ。僕は十分楽しんでるよ」

「いや。カジノもショーもソフトクリームも良いが、
俺はお前に、旅の本当の楽しみを教えてやれてないんだ。すまないアーサー」

麻田君には、その意味が分かりませんでした。
初めての体験ばかりで、これ以上楽しいことなどあるのかと
思っていたからです。

「まあ。明日になれば変わってるかもな」

ジョーはそのままキャビンに戻って行きました。


翌日。天気は良いのに、朝から船が揺れていました。

「風が強いのかな・・・」

慣れない揺れに起こされて、麻田君は不安を感じました。

一方、ジョーの表情は昨日とはうって変わって明るくなっていたのです。

「よし、アーサー。これで俺たちの旅らしくなるぞ」

ジョーは、麻田君をプールのあるオープンデッキに連れ出しました。

「そらっ飛び込め!」

背中を押された麻田君はTシャツのままプールに。
プールの水はまるで嵐の海のように上下しています。

「ひゃっほう! 楽しいだろう。アーサー。これでこそ海だ!」

15分ほどプールの波に乗った後、ジョーと麻田君はデッキに上がりました。

「アーサー。ニュージーランドとオーストラリアの間になるこのタスマン海は、世界でも屈指の荒れる海なんだ。
勿論、この規模の大型客船なら転覆するようなことは無いし、
航行も安定してるから船酔いするような揺れも少ない。
でも、プールの水は大自然の力とシンクロするから、こんなに大きく揺れる。面白いだろ。物理では何とかの法則って言うんだが、そんなことはどうでも良い。

とにかく、自然って奴は、贅沢な食事よりもきらびやかなショーよりも面白い。しかもそれは、最新の豪華な船だろうと何だろうと、お構いなしに関わってくる。そんな中に俺たちはいる。それを知ることが本当の旅の楽しみなんだよ。それを日本に帰る前にアーサーに体験してほしかったんだ」

ジョーが子供のような表情で笑った。

この素晴らしい笑顔は、今でも最高の思い出として麻田君の心に残っている。


その数年後、ジョーから写真と一緒に手紙が麻田君の元に届いた。そこには、

「今度、俺のおばあちゃんが、持っているビーチを一つくれるって言うんだけど、俺はそんなもの欲しくないから、アーサーが貰ってくれないか」

と書かれていた。

同封してある写真には、夕日に照らされた美しいビーチで、
ハリウッドスターと並んでポーズを決めるジョーが写っていた。

「ジョーって、いったい何者なんだ・・・」

そして、麻田君は困惑した。

「くれるって言うビーチを断る時って、何と言えば良いんだろう・・・」


                       おわり

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