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「就活インポッシブル その1」・・・季節外れの就活と辞退。


「就活インポッシブル その1」

「新卒のくせに報酬額を聞いて来るなんて、おかしいでしょ?」

『また始まった』

香苗のボヤキを聞いて、
マモルはため息をついた。
  父親の派遣会社を引き継いだ香苗は、毎年5月になると情緒不安定になる。

サラリーマンの自分等には、きっと理解できないストレスがあるのだろう。
と考えマモルは聞き役に徹するのだが、今年はそうもいかない事情があった。

「何か事情があるんじゃないのか?」

「ある訳ないわよ。5月に派遣会社に登録しに来るような男なんて
どうせ卒業までに就職が決まらなかったって事でしょう」

「まあ。仕事に対する考え方は、人それぞれだからな
給料を気にする働き方も、気にしない働き方もある。
給料や待遇を別にしても働きたい会社かどうかってことが、これからは大事だって、テレビで国際経済学者が言っていたよ」

「何よ! お父さんの作った会社に魅力がないって事?」

『しまった!』 マモルは焦った。

実父を尊敬して止まない香苗は、派遣紹介業を誇りに思っている。

派遣先の仕事内容は主に事務職なのだが、困っている人に、特別な仕事を紹介してやっている、という意識が強く、
同一労働同一賃金の問題などは耳に入らないらしい。

というか、耳を塞いでいるのだろう、昔ながらの「仕事を振ってやった」
という考えから抜け出せないでいる。
そこは、例え夫婦でも振れてはいけない話題だったのだ。

「魅力はあるでしょう。お金を貰えるんだから。
額の問題じゃ無いのよ、働こうという意欲の問題よ。
意欲さえあれば、ただだって良いはずでしょ。
報酬を聞いてきた時点でアウト。
そんな考えで社会でやって行けるわけないじゃない。
就職なんかあきらめて、一生親のすねをかじっていれば良いのよ」


『親の会社をそのまま受け継いだ君も
親のすねの何割かをかじっているだろう』


と思ったマモルだったが、言葉を飲み込んだ。
香苗の本心が分かっていたからだった。
報酬が一般社会のそれに対して、低い事を知らないわけではない。
だが、クライアントに報酬のアップを要求するほどの勇気はない。
打ち切られては元も子もないからだ。
だから、派遣するスタッフに報酬について言われると、報酬のアップを要求できない自分の能力を責められているような気になるのだった。
実際に、他の派遣会社では、香苗の会社より報酬は高く、
優秀なっスタッフの引き抜きや転職も少なくない。
そんな事情を知っているマモルだったが、
言わなければいけないことがあった。

「どんな仕事でも、報酬を聞くのは当然だろう。
それに、お金が必要な事情があるかもしれないじゃないか」

「随分、肩を持つのね」

「とにかく、人が集まらなくて困っている時に
手を上げてくれただけでも感謝すべきじゃないのか。
それに、間に立って紹介してくれた人にもお礼をしないと」

「何よ。あんな能無しを紹介した奴に、何かしてやる必要なんか無いわよ」

「どうして? その人は君の会社の社員でも何でもないんだろう。
紹介したって、紹介料も払わないんだからメリットは何も無い。ボランティアで人を探してくれたんだ。それなのに、そんな言い方をするのはどうかな。今、どことも企業は人集めに苦しんでるんだ。
報酬額、勤務時間、残業代、福利厚生に交通費、事細かに提示しないと誰も納得しない。当然だろう。自分の人生がかかってるんだから。
それに、ウチの人事が言ってたぞ、
報酬や条件にウルサイ奴ほど、営業成績が良いって」

「欲しいのは営業じゃないわ。事務なのよ。
事務でコツコツ黙って文句も言わず働いてくれる人」

「それに、『安く』が付くんだろう」

香苗はマモルをグッと睨んだ。マモルは怯まずに続けた。

「とにかく、数字に細かい奴は経理でも営業でも成功する可能性が高い。
学生の頃から意識が高い奴なら、社会人になっても使える奴だよ。
もしかしたら、その彼も営業して
君の会社をさらに大きくしてくれるかもしれないじゃないか」

「そんな可能性は無いのよ。私はたくさんの人を見て来たから分かるの。
私の判断は常に正しいのよ」

「あきれたな。君、そんな感じで社長業をやっていたのか
確かに君のお父さんが倒れて会社を引き継ぐって言った時に
僕は反対はしなかったけど、ただ偉そうにしたかっただけなのか。
そんな気持ちで社員たちやスタッフと接しているんだったら、もう辞めて専業主婦に戻れよ。
君が稼がなくっても、僕一人の稼ぎでも何とかなるだろう。
スタッフが可哀そうだよ」

「何が可哀そうよ。私はお父さんのやって来た通り、
お父さんの考え通りに、そのまま受け継いでやってるのよ。
私は間違ってない。間違ってないのよ。悪いのはみんな、他の人なの。
会社を辞めて専業主婦になれですって。あなたは私を奴隷にしたいの?」

「君は専業主婦をそんな風に考えていたのか!」

「うっ」

マモルの強い語気に、香苗は怯んだ。

「今そんな事はどうでもいいじゃないの。
とにかくあの新卒を就職できなくしてやりたいのよ」

「ちょっと待て、それはやり過ぎだろう」

「何がやりすぎよ。仕事なんだから当然でしょう。
別の派遣会社に入られたら困るじゃないの。適当に噂を流すたけよ。
それで他所が採用しなければ、今度は安くても良いって言ってくるかもしれないでしょう」

「止めろ!」

「アタシに逆らう新卒なんて・・・」

「止めろと言ってるんだ。香苗、どうかしてるぞ。田中君は、正月に母親が脳溢血で倒れてから急に認知症が進んで、その介護の為に内定していた正社員の職を断ったんだ。
朝から晩まで働かなければいけない会社の正社員ではなく、
時間で上がれる派遣の仕事に就くことにしたんだ」

「なんであなたがそんなこと知ってるのよ」

「田中君は、俺の友達の従兄だ」


                つづく



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