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「人生最後の瞬間」・・・怪談。オークションで落札したコンパクトで見たものは。


怪談作家の俺が、そのコンパクトを見つけたのは、とあるネットオークションのサイトだった。
一見何の変哲もないコンパクト、蓋の裏側に鏡が付いていて、化粧パフが中にある。
それが気になったのは、その説明文を読んだからだ。

説明文には、「コンパクトを開くと、自分が死ぬ瞬間に見る光景が見られます。本当かどうかはともかく、私は恐ろしくて一度見たら売りに出したくなりました。それでもお買いになりたい勇気のある方はどうぞ」と書かれている。

とても信じられないのだが、これまでにも入札して買う人が何人もいるのだ。
しかも落札した者は、すぐに再びオークション出品し、転売されていく。
落札で消えたな、と思っていると、いつの間にか又出品されている。

何度もオークションに出ているのに、価格が高くなったりしない。
そのコンパクトの落札相場記録を見ると、多くの場合以前の落札価格よりはるかに安い金額で始まっている。

それが逆に興味を引いた。
安くてもいいからとにかく売り払ってしまいたいのか、
それとも売れる事を知っていて、
安く始めた方が入札が増えるという戦略からなのか。

いずれにしても、怪談かSNSのネタくらいにはなるかな、と思って
最低落札価格のままコンパクトに入札した。

「なんでそんなもの買うのよ。女にでも上げるつもり?」

嫉妬深い妻の裕美に説明するのは面倒くさかった。
「怪談を書くための資料だよ」などと言っても信じようとはしない。
それに、不機嫌なのはここ数年デフォルト状態だ。

「おはよう」も「おやすみ」も言わなくなって久しい。
妻の口から出てくるのは愚痴がほとんどだ。

その頃俺は、オークションだけが楽しみだった。
時には裕美が嫌がるものを意図的に落札した。

嫌そうな妻の顔を見るのが、快感になっているのだから、
俺たち夫婦も終わりが近いのだろう、と時々思う。

コンパクトは、6日間の入札期間の間、他に入札する者は無く、
最安値のまま落札できた。

やはり、ただの安物なのか。
もしそうなら、
「お前の為に買ったんだ。
アンティークの貴重な逸品だぞ」
とでも言って裕美に押しつけてしまえば良いと考えていた。

数日でコンパクトは送られてきた。

早速、ドキドキして箱から取り出す。
少し重いが装飾が美しく、中々良い品であることは分かった。
鏡の部分に少し錆のような赤い汚れが付いているのがただ一つの欠点だった。

「これで本当に、自分が死ぬ瞬間に見る光景が
見られるのか?」

俺は、疑念を抱きながら、
同封されていた指示書の通り、満月の夜に窓から差し込む月光をコンパクトに数分当ててから、ふたを開けて鏡を覗いた。

鏡の中に、付き合い始めた頃のような瑞々しい笑顔の裕美がいた。

「何という事だ。人生の最期に俺は、こんな優しい笑顔で見送られるのか」

そう思った途端、自分でも意外な事に、今まで裕美に冷たく接していた事を後悔した。
俺の頬を涙が伝った。

「裕美。すまなかった」

謝罪の言葉が素直に飛び出した。
それと同時に、このコンパクトが、すぐに再出品される理由が分かった。
おそらく今回も同じように売りに出されるだろう。

そして今、コンパクトの鏡には、俺の後ろで包丁を振り下ろそうとしている
裕美の姿が写っている。
俺は背中に深い痛みを感じ、リビングの床に倒れ込んだ。

倒れた俺の目に映ったのは、
これまでにない笑顔を浮かべ、勝ち誇ったように俺を見下ろす、妻の姿だった。

           おわり



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