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神谷よしえさん(後編)経営者の悩みを、おにぎりで聴く 【Creative Journey】

戦略クリエイティブファーム「GREAT WORKS TOKYO」の山下紘雅による対談連載企画。さまざまな分野のプロフェッショナルの方との、クリエイティブな思考の「旅」を楽しむようなトークを通して、予測不能かつ正解もない現代=「あいまいな世界」を進むためのヒントを探っていきます。

第2回のゲストは、生活工房とうがらし主宰・神谷よしえさん。前編では、「にぎりびと」としての活動に至るまでの過去のお話を中心にお聞きしました。今回の後編では、経営者をはじめとする多くの人を惹き付け、さらには悩みごとの相談まで乗ってしまう、神谷さんの人間的な魅力の源を探っていきました。

徐々に神谷さんへの人生相談という趣を帯びていったトークを終え、「自分だけではなく、仕事と家庭に悩めるビジネスパーソンのヒントになるお言葉をたくさんいただけたのでは」と振り返っていた山下。神谷さんの温かなお人柄にあふれる対談を、じっくりとどうぞ。

(前編はこちら

プロフィール

神谷よしえ(かみや・よしえ)さん
1966年生まれ。大分県出身。伝承料理研究家だった母から「生活工房とうがらし」を2015年に継承し、ふるさとである大分の伝承料理など食の魅力を伝える。「百年先まで続くしあわせの食卓の風景」をめざし、お米の素晴らしさを伝える「ライスツーリズム」を提唱し、大分、福岡、佐賀の多拠点生活を実践。各地に出向いておにぎりを握り、人々にエールを送り続ける「にぎりびと」であり、食を通して人や地域をつなげる「食のコーディネーター」でもあり、ゆずごしょうを広める「マダムゆず」の呼び名も持つ。

山下紘雅(やました・ひろまさ)
1982年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了後、デロイト トーマツ コンサルティング株式会社に就職。2012年、住所不定無職で1年間の世界一周旅行へ。スタートアップ参画を経て、2015年に「ビジネスの世界に、もっと編集力を」との想いから、株式会社ペントノートを設立。2020年、グレートワークス株式会社取締役社長に就任。ロジックとクリエイティブのジャンプを繰り返す“戦略的着想“を提唱し、クライアントが抱えるさまざまな課題解決をサポートしている。

積み重ねから醸すものこそが重要

山下 私はよしえさんに対して、出会った当初から「セルフブランディングの上手な方」という印象を持っていて。そんな風に言うと、ちょっと嫌らしく聞こえますが、つまりは自分の発信したことがどう受け取られるか、すごく気にかけていらっしゃるなと。

神谷 確かに、自分の気持ちと受け取られ方にズレがないようには心がけていますね。娘の結納の写真をインスタグラムに投稿する時もそうでした。知り合いたちに感謝を伝えたいけれど、投稿を見る人によって結納に対する意見は違うはず。だったら、書き添える言葉は「結納しました」ではなくて「慶ばしい日」だけの方がいいな。「感謝を伝える24時間」と考えて、投稿の仕方はストーリーズにしよう……そんなことを一つひとつ考えるんです。

山下 そうした細やかな気配りをされていることは、そう簡単に人に伝わるものではないですよね。

神谷 それでいいんです。何ごとも、小さな積み重ねの上に醸し出されるものが大事だと思っているので。

山下 なるほど。その考え方は、坐来大分のお店づくりにも、「生活の伝承」を大切にする想いにも、そしておにぎりを握る前に身体を清めることにすら通じますね。

神谷 その上で、表に出る際にはフラットな見え方になるよう気をつけています。おにぎりを握る時だって、自分の考え方を押し付けるようなことはしません。どんなメッセージを受け取るかは、人それぞれです。

山下 受け手への配慮は、いくら気をつけても徹底しきれることではないですよ。どういうカラクリなのかは分からないのですが、よしえさんはそれができていて、やっぱりすごいと思います。

神谷 「八方美人」なんて言われることもありますけどね。でも本当は、いろいろな人と広く関わるよりも、一対一の付き合いの方が得意なんです。山下さんとの出会いの話でも言いましたけど、ちょっと陰の部分がある人と、ぐっと入り込んだコミュニケーションをしていきたいと思うんですよね。

山下 それは私も同じですね。ストレートに成功体験を積み重ねてきた人よりも、失敗や迷いを経験した人に惹かれますし、話を聞いてみたくなります。

神谷 だから山下さんは私に関心を示してくれるのかもしれないですね。実は私、小学校ではいじめられ、高校では不登校になった経験があって。今思い返すと、いじめなんかは些細なことから始まったんですけどね。同じクラスに知的障がいを持つ子がいて、その子と仲よくしていたら仲間はずれにされたんです。

山下 うーん……幼さゆえの残酷さというか。ただ、辛い経験があるから他者の痛みが分かる。そして、そんなよしえさんだからこそ、関わった人たちから、さまざまな相談を受けるんでしょうね。

神谷 それはそうかもしれないですね。いろいろと経験してきましたから。そういえば、大学生時代にバスケ部のマネージャーだった時も、新卒で幼稚園の先生をしていた時も、全体を管理するより、何かを上手くできずに悩んでいる個人のサポートをしたくなってしまう気質でした。

山下 私がよしえさんに感じる、人としての器の大きさは、ずっと一貫しているんですね。

神谷 器かどうかは分かりませんが、平等主義というか、博愛主義のようなところはあるんです。だから、おにぎりは私に合っているんですよ。なるべく、おにぎりは白米だけで、具を何も入れずに握るようにしているんです。なぜなら、そこには貴賤がないから。具を入れた瞬間に、その食材が高級かどうかという基準が生まれてしまう。どんな人にも、同じように食の根源的な喜びを感じてもらうためには、真っ白なおにぎりが一番なんです。

サードプレイスとしての「おせっかいおばちゃん」

山下 「にぎりびと」をはじめとする活動のなかで知り合い、悩みを打ち明けてくる人には、企業の経営層の方も多いそうですね。

神谷 そうですね。社会的に高いポジションに就いていたとしても、上手くやれないことはいろいろと出てきますから。

山下 これはちょっと、一般的な話でありながら自分の悩み相談にもなってしまうんですが、会社を経営することと家庭を両立することの難しさを最近しみじみと感じていまして。

神谷 たとえばどんなところにですか?

山下 まず単純に、24時間という限られた時間のなかで、どこにどれだけ力を割けるかという問題ですよね。経営者としての責任を全うしようとすると、日々のなかで仕事に充てる労力も増えるので、どうしても家庭や子育てとのバランスが取りづらくなってしまう。共働きの妻に負担を強いる申し訳なさを覚える一方で、自分の仕事や経営に誇りもある。まわりの家庭も同様のようですが、ちょっとした板挟みやすれ違いが重なりがちですよね。

神谷 それは確かに、たくさんの経営者の方が抱える悩みですね。ありきたりな意見になってしまいますけれど、結局は両者の間で落としどころを見つけるしかないんですよ。難しいのは、「こうすればいい」という一律の答えがないこと。そして経営に携わると価値観が変わっていくということもありますね。

山下 そうですね。経営をしていると扱う物事のスケール感も大きくなりますし、生産性を高めるために合理的で素早い判断の仕方も身に付けていくことになる。でも、そういう価値観って家庭とは相容れないところもありますよね。もっと情緒的な要素だとか、それこそ日々の小さな積み重ねによってバランスをとっていくことも大事で。

神谷 相容れないところに、なんとか折り合いをつけるためには、パートナーに仕事へのスタンスを共感してもらうことが必要ですけれど、経営の悩みはなかなか分かってもらえるものではない。

山下 やっぱり経営者の思考や価値観は独特なんでしょうね。だからといって社員に弱音を吐露するわけにもいかない。結果として「経営者の孤独」に陥ってしまう人が多いのも分かる気がします。

神谷 経営者の方が私に相談してくるのは、たぶん私がその人の仕事とも家庭とも別のところにいるからでしょうね。行きつけの定食屋のお母さんとか、小料理屋の女将とか、そんなイメージ。

山下 サードプレイス的な安心感ですね。経営者同士で話しても、悩みに共感し合うことはできるんですが、そこまで。もう一歩前に進めるようなヒントにはたどり着けないことが多いですから。

神谷 やっぱり、私は「おせっかいおばちゃん」なんですよね。悩める経営者は、本音で言いたいことを好きなように言ってくれる人を求めている気がします。

志を持つ人たちを、未来構想力で巻き込む

山下 ここではあえて「男性」と表現しますが、私のような男性の経営者が抱える仕事と家庭の両立という悩みは、一昔前よりも大きくなっているように感じるんです。というのも、かつては性別による役割意識のもと、男性は仕事に集中することが当たり前だったと思うのですが、ジェンダー平等やダイバーシティなどの考え方が広がった今の世の中は、いくら経営者として優れていようが、家庭を顧みない人ならば決してよしとされない。

神谷 そうですね。かつての世の中を知る立場としては、働きながら子育てをする今の女性たちを心から尊敬しますし、山下さんが「家のことを奥さんに任せて申し訳ない」と言うのを聞くだけでも、立派だなあと思ってしまいます。

山下 いやいや、まったく立派ではないんですよ……。念のためにお断りしておくと、「今の世の中、男性ばかりが大変だ」という話でもないですし。男性も女性も関係なく、どうやって社会で活躍していくかが問われている。ただ、そうは分かっていても、社会的に求められる「よき経営者であり、よき夫・よき父であれ」という規範はレベルが高いものに見えて、プレッシャーを感じてしまうのが、私自身の偽らざる気持ちかもしれません。

神谷 山下さんが言うように、経営には合理的な判断が必要ですけれど、その基準は「会社を守る」ということにありますよね。家庭も以前は、家制度的な意味で「家を守る」ことを最優先事項として、合理的に運営していくものだったんです。だから会社経営との間に価値観の乖離はそれほどなかった。でも今は、家を維持することよりも個人の生き方が大事にされるので、経営と家庭の両立にはまったく違った価値観が求められる。歴史を振り返ると、そんな気づきが得られるような気がします。

山下 なるほど。その価値観の乖離によって悩みが生まれるんですね。何世代にもわたって伝承されてきた価値観が、急激に変化している歪みなのかもしれません。そうだとすると、こんな悩みを抱かずに経営と家庭を両立できる人が出てくるのは、もっと先の世代になるのでしょうか。

神谷 そうかもしれませんねえ。ただ、今の経営者もそういった社会的な変化をきちんと意識することが必要で、それができる人がビジネスで生き残っていけるんだと思います。

山下 そうですよね、やっぱり逃げてはいけないんだな(笑)。お話をするほどに、経営者をはじめとするたくさんのビジネスパーソンが、よしえさんのファンになる理由が分かる気がします。ちょっと話題は変わりますが、よしえさんの幅広いつながりや情報発信の上手さを活かせば、今の活動をもっとマネタイズしていくこともできますよね。そういうお考えはないですか?

神谷 私、マネタイズが下手なんですよ(笑)。それに、もしもお金を得ることを第一に考え始めたら、これまでやってきたことを否定してしまう気がするんです。どの活動も「ビジネス」のつもりは一切ないですけれど、私にできる「仕事」はたくさんしていきたい。おにぎりを食べたいという組織や会社、コミュニティがあるなら、国内外を問わずどこへでも飛んで行けるようになりたいんです。

山下 これまでも、さまざまな国でおにぎりを握っていらっしゃいますよね。それを、もっと世界中の多くの人たちに幸せを届けたいと。

神谷 かつての日本には、おにぎりや給食は幸福の象徴だった頃もありましたが、今はだいぶ豊かになりましたよね。そこでたとえば、貧困に悩む国に行って、子どもたちに給食としておにぎりをつくってあげる。100年後に、その国で「キュウショク」が「おにぎり」を指す言葉になっていて、貧富にかかわらず食が保証されていたら素敵だな、なんて考えるんです。

山下 やっぱりいい意味で平等主義、博愛主義ですね。ビジネスのつもりはないということでしたけれど、「こういう社会にしていきたい」という未来構想力があるし、ご自身がやりたいことも極めてクリアです。つまりは、とてもビジネス的な感性をお持ちなので、それもまた経営者たちを惹きつける理由のひとつかもしれないですね。

神谷 確かに、目先のお金のことではなく、よりよい社会づくりを長期的に考える経営者の方とは話が合うかも知れません。ありがたいことに、そういう方が私のやりたいことをサポートしてくれるし、やりたくないことを持ちかけてくる人は、不思議と現れないんです。

社員の働き方は経営者の相似形になる

山下 日々各地を飛び回りながら、経営者の悩みごとを聴くとなると、心理的な負担も小さくないと思うのですが、ご自身のケアはどのようにされているんですか?

神谷 そもそも、私としては居心地よく話をしているだけで、「悩みを聴く」なんてことをしているつもりはないんですよ。リフレッシュの方法を挙げるとすれば、とにかく寝ること(笑)。それで、たいがいのことはリセットできます。忙しく見えて、実は普段から9時間くらい平気で寝ているんですよ。動画サイトを一日中眺めているだけとか、完全オフの日も意識的に設けるようにしています。そして一番のリフレッシュは、やっぱりおにぎりを握ることですかね。一時期、おにぎりをつくらない日が続いたら、うつの一歩手前になったということがあって。

山下 おにぎりをつくることがよしえさんご自身の元気の源で、心の健康のバロメーターでもあるんですね。

神谷 はい。おにぎりを握った分だけ、私自身が幸せをいただいていると実感します。

山下 なるほど。この質問をしたのも、セルフマネジメントが私の課題だと思っているからでして。自分の会社を立ち上げた時から、ずっと「まだできる」「もっとできる」を繰り返してきて、際限がなくなってきている感じがするんです。この「ずっとハイ状態」を、どこかで一度リセットすることが必要だという自覚はあるのですが、そのやり方が分からない。常に全力疾走で、仕事を少しだけセーブするということができないんです。

神谷 それも、熱心な経営者の方が抱える悩みのひとつですよね。いろいろな人の姿を見て感じるのは、必ずどこかで価値観が大きく転換するような出来事がやってくるということ。それは世の中の変化かもしれないし、あるいは体調を通して、自分自身の身体が気づきを与えてくれることもあると思います。

山下 40歳を越えて、身体がストップをかけているなと思うことが増えました。最近は、人に誘われるままに旅行に出かけたり、少し無理してでも休みをとったりと、現状を変える努力をしてはいるんですが……。

神谷 山下さんは行動の一つひとつに目的を描いていますよね。そういうところがちょっと心配ですよ。旅をするにも、「こういう経験が得られるはずだ」と考えてしまうでしょう。ビジネス上ではとてもいい資質だと思うんですけれど、自分を大事にしていこうとするのなら、ただただ感覚に従ってみる経験が必要じゃないでしょうか。

山下 確かに経営者たらんとして、何事にも目的を設定しがちかもしれません(笑)。一方で、頭で考えるだけではなく直感も大事にしていて、よしえさんのような人との出会いもそうですし、特に近頃は「土地に呼ばれている」感覚になることもあるんです。それに従って、また旅をしてみようかな。

神谷 きっとそれがいいですよ。踏み込んだことを言うと、社員の働き方は経営者の相似形にしかならないはずなんです。会社で働く皆さんのためにも、ご自身を大切にされるべきだと思います。

山下 経営者の相似形……。そうですね。社員が苦しくなる状態は何より避けたいことです。今のお言葉は心にしっかりと刻みます。

神谷 山下さんと社員の皆さんへのエールを込めて、今度はグレートワークスさんでおにぎりを握らせてください。

山下 実はオフィスにキッチンがあるんですが、コンロが壊れていたんです。でも、よしえさんに来ていただきたくて、つい先日、修理してもらいました(笑)。炊飯器も買いましたので、出張にぎりびと、ぜひよろしくお願いします。社員と一緒に、楽しみにしていますね。

2024年4月8日、坐来大分にて。
編集・執筆:口笛書店
撮影:嶋本麻利沙

店舗情報
坐来大分
住所:東京都千代田区有楽町2丁目2-3 ヒューリックスクエア東京3F
TEL:03-6264-6650
店休日:日・祝・第一土曜日・年末年始・お盆
ランチ  11:30~14:00(L.O.13:30)
ディナー 17:00~22:00(L.O.21:30)
ギャラリー(物販)11:30~22:00


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