【凡人が自伝を書いたら 37.伊勢の国(中)】
ここは伊勢の国。
田舎町にポツンと立つ、何とかセンター的な公共施設だった。
フラダンスを踊る、おばおば様方。
イヨ〜〜、ポンッ! ギャハハーー笑!!
何をやっているのか、さっぱり分からない音。
。。。
今日は「社員、初顔合わせ兼ミーティング」の日だ。
ガチャ。
ハゲたおじさん。
ガチャ。
巨漢で強面のおじさん。
ガチャ。
頑固そうなおじさん。
ガチャ。
ヨロヨロのおじさん。
ガチャ。
オタクっぽいおじさん。
「地獄の5連ガチャ」ではない。
扉の音である。(漆黒の悪意)
ガチャ。
若めのザ・サラリーマン。
うん。ギリ、レア。(脳内麻痺)
ガチャ。
可愛らしい女の子。
スーパー・ウルトラ・アルティメットレア!!!(愚か)
とまあ、悪意の塊のような紹介になったが、この7名に僕と小島店長を入れた9名が、新店舗オープンを担当する社員である。(名前、、)
「え?わたくしですか?」
「接客担当のリーダーは彼にやってもらおうと思います。」
小島店長が言い放つ。
サプラーーイズ!!!
全く聞いていない。というより、
こんなに、おじさま方がつどっているのに、わたくしですか?
おじさま方はみな「上位ランクの店長」なのに、「副店長風情のわたくし」がリーダーですか?
これだった。
「調理担当のリーダー」は木本さん(頑固なおじさん)に決まった。
その下に花井さん(巨漢のおじさん)、岩崎さん(ヨロヨロのおじさん)、黒岩さん(オタクのおじさん)の3人が部下として付く形になった。
「接客担当のリーダー」は僕だ。
その下に、河野さん(ハゲたおじさん)、役所さん(サラリーマン)、堀さん(可愛らしい女の子)の3人が部下として付くこととなった。
頂点に小島店長である。
おじさん勢からの「何でこいつ?」的なオーラ。
加齢臭とともに、こんなオーラが漂ってきた。(こら!)
「手本の重責」
研修が始まると、全員納得であった。
何でこいつが感を出していた、「おじさん軍団」も、明らかな違いに納得していた。
いや、逆にあなたたちのお店、営業大丈夫でしたか?
これだった。
ベテランになるほど、仕事は結構自己流になるものだし、人の使い方みたいなものがわかってくるのか、個人としてはなかなかのレベルの低さだった。
もちろん、総合力ではあちらに分があるのだろうが、営業力、動き、教育力、正しい知識は、明らかに僕が上だった。
なるほど、新店は基本が大切。最初にマニュアルと違うことを教えると、後から直すのは困難になる。
僕がリーダーに任命されたのは、こういうわけだった。
研修が始まると、完全に立場は逆転。皆僕をリーダーだと認めて、可愛がってくれた。
ふむ。おじさんも意外に悪くないな。(変な意味ではない。)
これだった。
ただ、完全に純粋なマニュアルを1から10まで教え切るというのは、結構難しいことでもあった。まずは自分が完全に暗記し、自然に実演できる必要がある。
正直、最も大変だったのは、新人に教えることより、社員たちを「お手本化」することだった。
もちろん、ひどいサービスをしているわけでは無かったが、長年染み付いた自己流を修正するのは、非常に困難だった。
自分も教えつつ、他の社員が違うことを言っているときには修正が必要だった。
ふむ。これが部下を持つ難しさか。
ジャブ程度だが、これを痛感していた。
「一強状態」
研修が進む中。リーダーとして未熟だった僕は、完全に「一強状態」になってしまった。要は、スタッフが僕の話さえ聞いていればいい、的な感じになってしまったのだ。
もちろん、僕の上の小島店長の話を聞くのはもちろんだが、僕以下の3名のいうことはあまり聞かないというより、半分くらいしか信用していないような状態だった。他の3人から教育を受けた後に、再度、僕に確認しにくるスタッフが多かった。
僕は接客担当社員の4名でミーティングを重ねたり、僕の教育を見せてみたり、3人の教育を見てフィードバックしたり、色々やったが、なかなかうまくはいかなかった。
正直、毎日朝から晩まで、立て続けにスタッフがやってくるため、ゆっくりとコミュニケーションを取る時間も取れなかった。
ほう。結構これは難しいもんだな。特に年上の部下ってなかなかに気を使うもんだな。
なかなか思い通りにとは行かなかったが、何とかスタッフたちも学んでくれて、オープン直前の実践形式の練習では、完全では無かったが、ある程度きちんとしたサービスができるまでにはなっていた。
何なら、社員よりもきちんとマニュアルを覚えている、優秀なスタッフもいた。
まあ、このままオープンしても、何とかはなるだろうな。
そんなところまではこぎつけた。
「イチから」
こんなに一気に新人をまとめて教えるという経験も、なかなかに珍しい機会だったが、それ以外にも、新規店特有の経験もあった。
店舗のレイアウト(お皿とか備品とか食材を置く位置)を考えるという作業だ。
「これ、一からやるんでございますか。」
めんどくささ半分。ただ、効率的な配置を考えたりするのは好きだったので、半分楽しんでもいた。
そのほかにも、実際に備品や食材を設置したり、ポスターを貼ったり、テーブル上を整えたり、空の店舗を一端の店舗に作り上げていく感は、楽しかったし、新規店ならではの貴重な経験だった。
人も、店も一から皆で、創り上げていく。
オープン前々日。やっとそれらしい、お店が完成した。
さあ、明後日から戦場だ。
明日はオープン前に英気を養うために、全休となった。
すっかり仲良くなった社員9名は、山﨑マネジャーと、近隣からの支援社員たちを交えて、総勢15名ほどで、宴会を開いていた。
伊勢海老に、松坂牛、地元のうまい酒。
これぞ伊勢の国。
僕らは研修の失敗談なんかで大盛り上がりだった。
酒も回り、巨漢の花井さんは、自慢の巨漢を震わせ、変な踊りを踊っていた。
酒のせいか、おじさんの変な踊りの呪いか、次の日はひどい頭痛に悩まされた。(愚か)
「田舎の強さ」
そんな田舎町で、新しいレストランがオープンする。
正直、告知なんかしなくても、勝手に口コミで広がるもんだ。都会とは違って明らかに目立つ。
「あそこ、何ができるの?」
「なんでも、レストランらしいわよ!」
「まぁ!いっぺん行ってみましょ!」
これだった。
オープン当日。
社員・スタッフ一同がオープン前の店舗に集合していた。
そこには、社長や取締役、その他、御上(おかみ)連中も顔を連ねていた。(呼び方!)
何でも「オープン朝礼」という「しきたり」らしい。
特にこの店舗は、これから始まる新店舗オープンラッシュの「第1号店」だったので、太っているせいもあるが、御上連中の鼻息は荒かった。(こら!)
緊張の一瞬。
僕も店舗オープンは初めてだったので、ガラでもなく緊張していた。社長や御上連中、支援社員、スタッフも含めると30人以上で、お客を待っている。そんなことも、緊張の要因の一つだった。
僕らはそれぞれのポジションにつき、オープンの瞬間を待ち構える。僕は、「フリーダム」だった。(そんなポジションはない)状況に応じて動き、指示をする。調整役みたいな役割だ。
小島店長は入り口に立って、お客を案内するポジションについた。
小島店長がゆっくりと扉を開く。
「いらっしゃいませ!」
一同:「いらっしゃいませ!」
僕は、ぼーっとしていて、一人だけタイミングを逃した。(え、)
婆さん。
爺さん。
子連れ。
爺さん婆さん。
漁師。
村人。
大工。
おばさま軍団。
「ドラクエか!!」
ツッコんでいる間も無く、一瞬で満席になる。
まだ飯も食ってないのに、どうしてそこまで盛り上がれる!というレベルで、店中が賑やかになっていた。
すぐに、「イタズラですか?」レベルで注文ベルが連打され、どんどんと注文伝票が流れてくる。
気がつけば伝票が出てくる機械が「ハナタレ小僧」のようになっていた。
僕がほとんど経験したことのない、客数、忙しさだった。これが田舎の強さ、口コミの威力である。
普段は、閑散としている町中、歩行者もたまに爺さん婆さんが歩いているくらいなのに、一体この人たちは、どこに隠れていたんだろう。どこから湧いてきたんだろう。
そんなしょうもないことを考えながらも、僕の頭は澄み渡っていた。
スタッフたちが次に何をしようとしているか、動きを見るだけでわかる。どこのポジションが滞っているか手に取るようにわかる。次にどこがキツくなるのかわかる。困っているスタッフが直ぐに浮かんで見える。
「あ、あっちより先にこっちお願いしていいかい?」
「え、何でわかるんですか?」
「次こうなるだろうから、先にこれやっとこうか。」
「ほんとだ!」
気持ち悪い「特殊能力」のようだが、そんなものでは全く無かった。
ただの「観察眼」だった。
まず、自分が一から教えたスタッフばかりだから、思考も大体読める。目線や動きを見れば、大体わかった。営業には流れがあるのだから、見ていれば、次はどこが忙しくなるのかはすぐにわかる。困っているスタッフは、動きに違和感があるものだ。
ほう。教育の際の「観察グセ」はこんな形でも活きるのか。
ほう。教育の際の、「物事を短く、わかりやすく伝える言語化力」みたいなものは、「指示」の際にも活きるのか。
これだった。
営業がどんどんと忙しくなるにつれて、他の社員は少し気が立っているようだった。小島店長も、少し強い口調になっていた。社員の指示も少し曖昧なところがあった。
「とりあえず、あそこやって!!」
「とりあえず、これをやっといて!!」
こんな感じだ。
スタッフに分からないことも出てくる。近くの社員に聞いていたが、はっきりしないようで、時間がかかっていた。
僕はそんなシーンを見つけると駆け寄って、対応を交代していた。いつの間にか、頻繁にスタッフに質問をされるようになった。いつの間にか指示役、回答役になっていた。
困っているスタッフを探し、声をかけつづけた。
慌ただしい営業の中、そんな感じで、何とか営業が回っていった。
夜。
営業が終わり、目標は遥かに上回る売上に僕らは歓喜した。
僕はしばらく今日と同じ役割を担当することになった。
「困った時は彼に聞いて。何なら、見るだけでもいい。気づくから。」
これだった。
その日から、僕の立ち位置が確立されていった。
「ん?これは店長の役割じゃないか?」
正直、僕はそんなことを考えて、小島店長に話もしたが、どうやら「私はお客様のお出迎えをしたい。帰りに見送りたい。」という「鋼鉄のこだわり」があるようで、聞いてはもらえなかった。
まあ、僕的にも、やりがいもあり、面白い役割だったので、そこは店長の意向に合わせておいた。
今考えると、この判断にやっぱり「誤り」があったのかもしれない。
その後問題が起こってきたからだ。
つづく
この記事が参加している募集
お金はエネルギーである。(うさんくさい)