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『プレイングマネジャー必須スキル 部下が勝手に活躍する魔法の質問 育成する原理・視点・行動がわかる』第1章・無料全文公開

6月30日発売の書籍『プレイングマネジャー必須スキル 部下が勝手に活躍する魔法の質問 育成する原理・視点・行動がわかる』より、第1章「なぜ、あなたの部下は育ってくれないのか?」を全文公開!

プレイングマネジャーの苦悩

「はぁ。どうしたものか……」

今や肩身の狭くなった喫煙スペースで、たばこの煙とともにため息をついたのは、新任マネージャーの吉田さんです。

吉田さんは、社員30名の保険代理店に勤務しており、ほんの2か月前までは役職のない営業担当でした。しかし、社員の増加に伴い、なんの前触れもなく、半年前に営業一課の課長に登用されたのです。

役職がついた分、給料もほんの少し上がり、それに伴い部下の存在がついてきました。今までは、自分で営業活動をしていればよかったのですが、これからは部下の育成をして、部下の成績も伸ばし、もちろん自分の成果も上げなければなりません。これが冒頭のため息の原因です。

30歳の吉田さんには、妻と1歳になる可愛い女の子がいます。「会社から期待されているってことだよな。家族もいるし、頑張らなくては!」と、意気込みは十分にあります。一方で、「そうはいっても、部下育成のやり方なんて、教えてもらったことがないし、どうやったらいいのだろうか?」という不安が心の中に渦巻いて、なんとも落ち着かない毎日を過ごしているのです。

今日も上司から営業数字の進捗状況について、報告を求められました。

「おい! 営業一課の売上の進捗状況はどうなっているんだ? このままでは、今月の売上は未達に終わってしまうぞ。マネージャーなんだから、部下の売上が上がるように指導しろ。もちろん、自分の数字も取ってくるんだぞ! わかっているよな?」
「はぁ……」

思い出すだけで、またため息が出てきます。

「どうしたらいいのかなぁ」

ため息をついている吉田課長のように、多くのマネージャーは、部下の指導をしながら、自分自身の業務もやり遂げなくてはならないという、難しいかじ取りを求められています。

しかも、部下を指導するための十分な教育を受けることがないままマネージャーに登用されてしまったので、困惑するのも当然です。「自分で考えてなんとかしろ」と言われ、突き放されているのが現状ではないでしょうか?

たいていの会社では、実績を上げ貢献度が高いプレーヤーをマネージャーにします。しかし、この登用基準が、とくに中小企業では不明確な場合が多く、マネージャーに登用されても必要な教育を受ける機会がほとんどありません。

機会があったとしても、単に知識を頭につめこむだけの研修が中心なので、具体的に自分や部下をどうマネジメントしていけばよいのか、具体的な行動レベルでイメージすることは難しいでしょう。

組織の理論としては、実績を上げたプレーヤーをマネージャーとして登用することは、合理的で妥当な判断と考えられています。部下になる社員からの納得度も高く、組織上の指揮命令系統を維持しやすいと考えられるからです。

しかし、ここに落とし穴があるのです。

実際に私が、多くのマネージャーから相談されることは、以下の3つの悩みに集約されます。 

●プレーヤーとしての活躍も求められる

マネージャーとして登用されたものの、これまでどおりプレーヤーとしても、実績を上げることを求められます。そのため、自分自身の目標達成のために時間を優先しがちです。自分が成果を上げるための行動は、今までと同じように考えればいいので、わかりやすいし動きやすいのです。

しかし、その結果、プレーヤーとしての業務負担が減ることはなく、マネージャーとしての業務がそのまま加算されることになります。この状態だと、マネージャー業務までなかなか手が回らず、おざなりになりがちです。

チームメンバーとのコミュニケーションを取る時間も限られてしまので、一方的な指示命令になってしまいます。すると、個々の特性を生かすことができないので、チームとして機能することができず、成果を上げることが難しくなってしまうのです。

●仕事を自分で抱え込んでしまう

もともと優秀なプレーヤーだった人は、マネージャーに登用されるケースが多いでしょう。こういった人は、プレーヤーとしての業務は自己完結できますが、メンバーに業務を振り分けることや、仕事を依頼することを避ける傾向が強いのです。

ただでさえ忙しい中、いちいち部下に説明して任せるよりも、自分でやってしまったほうが早く処理できてミスも少ないため、効率的だと考えてしまいます。

しかし、これでは自分だけが動いて、チームメンバーはほったらかしになっているので、チームとしては機能しません。

しかも、「自分でやったほうが効率的だ」という考えは、実は、後々で非効率的な結果を導きます。なぜなら、すべて自分自身が動かないと物事が進まないという状態に陥り、いつまでたっても忙しさから抜け出せず、結果としてメンバーへの指導どころか指示さえもおろそかになりかねません。本質的な原因が解消されないので、同じような問題が繰り返し発生することになります。

ひどい場合は、「自分だけ忙しいのに、部下は暇そうにしている」と怒りを感じてしまうこともあるでしょう。これでは、ますます部下とのあいだに溝ができてしまいます。

●マネジメント業務は評価されにくい

組織というものは、すぐに成果を求めたがります。そのため、わかりやすいプレーヤーとしての立場の成果が注目されがちです。

一方、部下育成は想像以上に時間がかかるものです。マネージャーとして、メンバーを育成するために、いったいどれくらい時間をかければよいのか、どんな成果が出るのかを見積もるのは難しいことです。

そのため、いくら時間をかけて部下の指導に頑張ったとしても、目に見える成果につながるまでは、マネジメントに関して評価されない期間が続いてしまいます。それがマネージャーとしてのモチベーションを下げることにつながるのです。

マネージャーは、自分がプレーヤーのときにはどんどん成果を上げて、会社に認められてきました。ところが、部下をもつようになったとたんに、思いどおりに動けなくなり、どうやって動いたらいいかもわからない。自分なりに一生懸命やってみても、部下の成果はなかなか出ないし、マネジメント業務も大して評価がされない。これでは、やる気が落ちてしまうのも仕方ないでしょう。

もし、周りの人に「最近ため息ばかりついているが、何かあったのか?」と不思議に思われているのなら、このような状況に陥っているかもしれません。

あなた自身、思い当たることはないでしょうか?

期待して採用した部下がなぜ期待外れに終わるのか?

採用したときには、「今度はいいヤツが入ってくるぞ!」と聞いていたのに、実際に仕事をしてしばらくたつと、「あれ? 聞いていたほどではないな」と首をかしげている、ということはないでしょうか。

周りから「期待外れ」という評価になってしまうのは、会社や上司がその部下に対して、一方的に期待しているだけで、どんな状態が実現できたらよいのか、部下とビジョンが共有できていないからです。

それは、どの山に登るのかまだ決めていないのに、なんとなく登ってみようか、と歩き出しているようなものです。一生懸命に頑張って歩き続けたのに、気がついたら実際に登っている山が違っていて見ている景色が違っていた、ということになってしまいます。

会社は、最終的に何を目指し、どんな理想の状態になったらよいのかという「ビジョン」と、なんのためにそれを実現するのかという「目的」、そして、いつまでに、何を実現していくのかという「目標」を明確にする必要があります。

そして、その会社の「ビジョン」を実現するために、役割を担っている各部署が、部署ごとに「役割」「ビジョン」「目的」「目標」を明確に言語化した「設計図」が必要で、これを上司と部下とで共有することが大切です。この設計図があるからこそ、それぞれ個々の役割を果たすことで会社がビジョンを実現することができます。

設計図もあり、ビジョンが示されていたとしても、その抽象度が高く曖昧なため、部下まで伝わらず、共有されていないというケースは、実は意外と多いものです。気がついたら別の山に登っていたということになってしまいます。

上司は「ちゃんと言っているのになぁ」と思っているかもしれません。しかし、本当に伝えたいことが伝わっているのでしょうか。頑張っているのに、うまくいっていない、成果に結びついていない状態になっているのであれば、伝えるポイントがずれています。

「明確に言語化されている設計図が必要」だと書きましたが、言語化できていないと、さまざまな問題が起きてきます。

たとえば、インド発祥の寓話で、数人の盲目の人が象の一部だけを触って感想を語り合う話があります。象の鼻に触り「象とは蛇のようなものだ」と言う人もいれば、象の耳に触り「象とはうちわのようなものだ」と言う人もいました。この寓話を通じて学べることは、「木を見て森を見ず」ということです。一部分だけを触っても、全体がわからない状態では、象という動物がどのような姿や特徴をしているのかを把握できません。

わたしたちは、出来事や人の一部を切り抜いて理解したつもりで、言動や行動として表現してしまうこともあります。

同じ立ち位置で全体を見ないと、それぞれが異なる立ち位置で自分が見えたことを正しいと言っているだけなので、話が噛み合わないということです。

上司と部下で、同じ絵が見えるようにビジョンを言語化して、イメージを共有していかなければ、進む方向もゴールもずれてしまいます。なぜなら、それぞれ感覚も違うし、考え方も違うからです。

人と人は違うので、その違いをきちんとわかったうえで、何を求められて、何をしなければいけないのかを伝えることが大事です。最初の時点でずれてしまうと、せっかく部下が頑張っても成果が出せず、上司の立場からすると、期待外れということになってしまいます。

上司からしたら、「同じ日本語を使っているんだから、わかるだろ?」「これくらい、わかれよ」という気持ちもあるでしょう。

「成果」という言葉に対して、人によって感覚や定義、イメージは異なります。それなのに、「成果を出せ!」と言えばわかるだろう、と思ってしまうのです。その延長線上で、「何を求められているのかもわかるはず」と思い込みがちです。

「頑張る」という言葉にしても、ある人は「残業をしてでも一生懸命やること」が頑張ることだと思うでしょうし、「限られた時間の中で、最大の付加価値を創造すること」が頑張ることだと思う人もいるでしょう。同じ言葉でも、人によってこんなに意味が違います。

この言葉の定義を、会社、上司、部下で揃えておかないと、それぞれの頭の中に違うイメージがあらわれて、違うものを目指すことになってしまいます。

違うイメージの中で会話をしていると、上司は部下のことを「何度も同じことを言わせる、わからないヤツだな」と思い、さらには「仕事ができないヤツだな」と思ってしまいます。部下のほうは、はじめは、すごくいい人材が入ってきたと期待されていたのに、一緒に仕事をしてみたら全然できないヤツだったというマイナスのレッテルを貼られ、期待外れと言われてしまう。部下育成のちょっとした手間を惜しんだがために、お互いに不幸な結果になる。

これは、マネージャーになる前に成果を上げてきた優秀だった人ほど起こりやすい現象です。というのも、部下をもつ前は、自己管理して行動し、結果を出すのが当たり前のことでした。営業をしている人であれば、自分の中で「どういうステップで、どうやったらお客さんを獲得できる」というノウハウがあるわけです。「こうすれば、どうなる」というイメージもあります。

だから、部下に対しても「それぐらいわかるだろう」と、つい思ってしまいます。「ちゃんと契約あげてこいよ」と言えば、適切なステップを踏んで行動すると思い、部下がそのとおりの結果を出してこないと、「なんでできないの?」と言ってしまうのです。

これが何度か繰り返されると、どんどん部下の気持ちが乖離していきます。自分から見た部下は、「何度言っても、全然わからないヤツだな」となるし、部下のほうも、「自分は自分で一生懸命やっているのに、どうして評価してくれないのだ」と大きな溝が生まれてしまいます。

せっかくいい人材を採用しても、今、部下の何ができていて、どこができていないのかを、フィードバックする仕組みをつくっておかないと、部下とのギャップを埋める機会がありません。ただでさえ、マネージャーは忙しく、「自分で考えてやれよ」となりがちです。あらかじめ対話するための仕組みをつくっておかないと、忙しさに流されて時間だけが過ぎていくことになります。

近年は、1on1面談という言葉が一般的になってきました。部下の成長を念頭に、定期的にフィードバックしていく面談の機会があれば、その際に、部下とどういうギャップがあって、それはどのようにしたら解消できるのかを話し合えます。

多くの場合、部下が「もう我慢できない!」というところまできて、問題に気づくことになります。もうこの時点では手遅れで、入社1、2年で退職してしまう早期離職につながることも。

こうしたことを防ぐには、日々の業務に対するフィードバックと共に、そもそも、なんのためにどんな成果を上げることが求められていて、そのためになんの業務に取り組めばいいのかを明確に言語化しておく必要があります。これが、目的と目標です。

目的と目標が不明確で、お互いに同じ認識がないと、頑張っているかいないかという漠然とした見方になってしまいます。これだと、「頑張っています」「いや、頑張っていないだろう」というような不毛な会話になりかねません。フィードバックは部下の成長のために行うものなので、部下とのギャップを埋められず、その機能を果たせません。

会社の業績や目標の達成は、個人の目標達成の積み重ねによって成し遂げられます。

会社全体の成果を上げるためには、会社のビジョンが共有され、社員一人ひとりのビジョンと同じ方向を向いてつながっていていることが理想です。このビジョンが共有されていないと、せっかくよい人材が入ってきても、目指す方向が違うので会社のビジョン実現のために活躍してくれない「期待外れ」で終わってしまうこととなります。

本当に昔の上司は部下育成が得意だったのか?

 部下育成の悩みについては、近年になって急増した問題との印象があります。しかし、まだ元号が昭和の時代には、このような悩みはなかったのでしょうか? その時代の上司は、部下育成が得意だったのでしょうか?

高度経済成長期や、一億総中流家庭という言葉が違和感なく受けとめられていた1970年代ごろの多くの日本企業では、何をすればいいのか、やることが明確に決まっていました。決まったことを決められたとおりのやり方でやれば、結果を出すことが比較的容易でした。

「いい会社」に入って、年功序列のエスカレーターに乗り、そのまま普通に働いていれば、定年退職まで安泰。退職後は退職金でのんびり暮らす、というのが、多くの人がイメージする働き方だったのではないでしょうか。このように、誰もが同じような価値観で同じゴールを目指していました。

営業のシーンを考えてみると、昔は気合と根性でたくさんのお客さんを訪問すれば、それなりに契約を獲得できました。上司や先輩から「足で稼げ」「名刺100枚配ってこい」などと言われ、とにかく数をこなす訪問営業が奨励されます 。訪問すればお客さんは会ってくれるし、情に流されて契約してくれる時代でした。

こういう時代背景もあり、当時の上司が、特別に部下育成が得意だったわけではなく、時代的になんとかなったという面が大きかったのでしょう。力技で、「お前ら、頑張れよ!」とハッパをかけておけばよかったのです。

ところが時代が変わって、現在では、答えが1つではないことに対して、自分で考え創意工夫をしながら対応していかなければなりません。今までよりもかなり複雑で、高度なことを求められています。

たとえば、商品の種類はますます増加しています。ポテトチップスやカップラーメンが世の中に登場した当時は、味のバリエーションは少なく、王道的なものが数種類あったくらいです。ところが、今では通常の定番商品でさえも多くの種類がラインナップされていて、地域限定や期間限定などを含めれば、本当に多種多様です。一説によると、ポテトチップだけで300種類以上、カップラーメンに至っては1200種類以上あるそうです。

これは消費者の多様な価値観を満たすために、選択肢が多ければ、買ってもらえる機会が増えるはずだと企業が取り組んできた結果なのですが、「これさえあれば、このお客さんのニーズに応えられる」とか、「これなら絶対マーケットに受け入れられる」というものを見つけることは困難です。

つまり、「これ!」という正解はありません。ゴールに向かって自分の強みを生かし、自ら創意工夫して考えていくことが求められます。

今自分が売っている商品は、いったい誰に向けての商品なのか? どんなニーズがあるのか? これはマーケティングの話になりますが、「その商品のお客さまはどんな人で何を求めているのか」ということを、自分で考えて答えを出していかないと、成約まで辿り着くことができません。

生活様式が多様になったのも、答えが1つではなくなった大きな要因です。高度成長期では、冷蔵庫、洗濯機などの白物家電やテレビなどを買うことが、そのまま生活の豊かさにつながっていました。しかし、現代では、テレビはいらないという人もいますし、車もなくてもいい、物も少なくていい、という人もいます。その人それぞれの豊かさがあり、世間一般に合わせた価値観ではなく、個人の価値観を追求できる時代になっているのです。

だから、自分の会社のお客さんはどんな人で、何を求めているかを考えながらビジネスをつくっていく必要があるわけです。かつてのように、つくったら売れる、という時代は完全に終わっています。

考えることは、経営者だけが必要なのではありません。社員一人ひとり、個人でも考えていかなければなりません。なぜなら、ただ言われたことをやっていても、それは本来の趣旨とずれてしまっている可能性が高いのです。答えが1つではないことに取り組んでいるからこそ自分の強みを生かし、どうやったら求められていることが実現できるのか、自ら創意工夫して考えていく必要があるからです。

時代の流れがどんどん速くなってきています。2年前に通用したことが、もう通用しない、なんていうことはザラに起きています。

ちょっと考えてみてください。10年前に、スマホなんてあったでしょうか?

これによって私たちの生活はガラッと変わりました。今ではすっかり当たり前のツールとなっています。スマホの登場で、カメラ業界は大きな打撃を受けました。

こうした世の中の変化や流れを感じながら、自分自身は何をしなくてはいけないのか、考えていかなければならないのです。そうしないと、本当に成果を上げることができません。

単純作業をしているだけでは、自分の働いている本当の価値を見失ってしまいます。

自分は何ができるのか、自分の存在価値を高めるために、何をしなくてはならないのか。マネージャーであろうと、部下であろうと、自分自身で考えることが求められています。

昭和の時代に部下育成がそれほど問題にならなかったのは、時代背景だけが理由なのでしょうか?

当時の上司が時代に乗っていただけで、何も考えていなかったのかというと、そういうわけではありません。

参考にすべきポイントがあります。それは、「プライベートに介入していた」ことです。よいか悪いかは別として、部下をよく見ていました。その例が、飲みニケーションや、社内の運動会、社員旅行などのイベントでしょう。

仕事以外の場面で部下と話すことで、家族構成や趣味、好きなこと、価値観のようなことがわかったのだと思います。それを踏まえて、職場での働きかけができた、ということではないでしょうか。

一見、仕事とまったく関係ないことで、それがすぐに活用できるかどうかわからなくても、部下への理解を深めることが、部下との信頼関係を築くことにつながり、仕事の役に立っていました。部下の特性を理解してわかっているから、強みをうまく生かすことができるし、弱いところをサポートすることができたのです。

だから、物事を計画的に進めていくことが不得意な部下だとしたら、「今、どこまで進んでいて、何ができているの?」と進捗状況を聞いてみればいいし、あまり自己開示や自己表現をしない部下の場合は、上司から「どうなの、最近?」というように、まずは本人の様子を聞くことが自然にできました。

時代の流れで、プライベートと仕事は分けたいとの価値観をもつ人が増え、個人のプライベートに介入する機会が激減しています。このことが部下との信頼関係を築くきっかけを奪っているのだとしたら、とても残念なことです。

昔の上司は、価値観が単一で、決まったことを決められたとおりのやり方でやれば、結果を出すことができた時代だったので、部下育成を細かく考えなくても済んでいたのです。必ずしも部下育成を得意にしていたわけではありません。

しかし、昔の上司が自然にできていた部下と信頼関係を築くという観点は、とても大切です。部下に関心をもてばもつほど、部下を理解するための接点がつくれるからです。

そうはいっても、具体的にどうやって部下を理解すればよいのか、との声をよく聞きます。近年では、個人特性分析などのツールも充実しているので、部下の特性や価値観を理解するために、これらを活用してみることもひとつのやり方です。 

研修をしているのに、なぜ成果が出ないのか?

よくある経営者や人事担当の悩みに、「研修をしているのに、どうして成果が出ないのだろうか?」ということがあります。その理由は2つあります。

1つめは、研修の目的やゴールを明確にせず、参加者に研修後、どんな行動をとってほしいのかを決めずに、研修をしてしまうことです。場当たり的な研修のやり方です。

何か新しいことを学ぶと、「すごく勉強になった!」「すぐに職場で使えそう」と思います。しかし、翌日にはすっかり高揚した気持ちは消えてしまい、職場で実際に使うことがないまま時間だけが過ぎてしまった。結局、いい話を聞いただけになってしまった……。こういうことは、実際によくある話です。

行動しないと何も変わらないので、結果は出ません。研修を社員に受けてもらったあと、具体的にどんな行動をしてほしいのか、そこまで考えておきましょう。

また、研修の内容が研修目的を実現する手段になっているかも大事です。そこがずれていると、研修が終わったあとに、参加者に意図した行動をとってもらうことができません。

2つめの理由は、研修で学べることには限界があることです。研修の場で実際に業務を行っているわけではないので、新しい知識を得て、職場で具体的にこんな行動をしてみようと計画を立てるところまでしかできないのです。実際の行動を日々の業務の中で実践し、試行錯誤を重ねることで、新しいスキルとして身についていくことになります。

人が新しい物事をマスターし、スキルとして発揮できるようになるには、5つの段階があります。以下の順序でステップアップしていきます。

この中で、研修がカバーできる領域は、「レベル3 やってみる」の入り口までです。適切な知識を伝え、「こんな行動をしてみたらいいのでは?」という仮説までは引き出せますが、参加者が実際に行動するのは、職場に戻ってからのことです。

「こんな行動をしてみたらいいのでは?」というアイデアが出てきたら、まずは試しに行動してもらいます。上司は、不安に駆られている部下が行動できるように、背中を押してあげる役割を果たします。

次の段階で、習慣化し、精度をあげるためのマネジメントをしていきます。自発的に学んだことを実践できる人は、全体の7%もいないといわれています。自立して実践することが難しいからこそ、このマネジメントをセットで考えないと、ただ研修を受けただけで終わってしまう恐れがあります。

行動する仕組みをつくらないと、ただ研修をしただけで、成果につながりません。研修後の具体的なゴールのイメージを明確にし、日々の日常業務において行動を継続化させるために、どのようにマネジメントしていけばよいのか、あらかじめ意図しておく必要があるのです。

研修をしているのに成果が出ない原因には、2つの理由がありました。

しかし、その前提となる研修テーマを選ぶ段階で的が外れている場合があります。会社が問題だと思っていることと、本当に解決しなくてはならない本質的な問題とのあいだにギャップがあることは少なくありません。

経営者は「社員が意見を言ってくれない」「いちいち自分が指示しなくても、皆で協力して自分たちで自発的に動いてほしい」と思っています。しかし、社員のほうは、「上司が忙しそうにしているので声をかけづらい、思うように意見が言えない」「意見を言っても、いつも否定的な言葉で返されてしまう」と思っています。

このような場合、皆が協力して仕事ができるように、「コミュニケーション研修」を実施すれば、うまくいくのでしようか? 表面的な出来事レベルを解決するために設定した研修テーマと、本質的な問題を解決するために取り組む必要のある課題が異なる場合が少なくありません。

「組織の氷山モデル」をご存じでしょうか? 「氷山の一角」という表現は、目に見えている部分はわずかで、目に見えていない部分が全体の多くを占める、というたとえです。組織の状態も氷山と同じで、目に見えるように表面化していることは一部分でしかありません。

表面化しているのは目に見える「できごと」で、水面下には下へ向けて順に、「行動パターン」「構造」「メンタルモデル」と続きます。いちばん下の、「メンタルモデル」が企業文化や職場風土の部分です。無自覚のうちにもっている思い込みや価値観で、「うちの会社はいつまで経っても変わらない」「契約社員は口を出すな」というような、明文化されないものです。しかし、これがすべてに影響しています。

実際に研修の依頼をいただくときには、このような問題のズレがある可能性があるため、直接研修に関係ない事柄も含めて詳細にヒアリングをさせてもらっています。詳しく話を伺って、どのような研修を行うことにより本質的な問題が解決されるのか、研修のテーマが妥当であるかどうかを確認することからはじめます。そうしないと、せっかく研修をやっても意図した結果につながりません。

たとえば、多くの会社は、皆が協力して仕事ができるように、コミュニケーションの取り方の研修をやりがちです。しかし、本当は人と人とは違うという前提を認識して、それぞれがどんな強みや特性をもっているか。自分と特性が異なる人に対し、どのようなコミュニケーションを取っていけばよいのかを理解するところからはじめることが大切です。一般的なコミュニケーションの取り方を学ぶのではなく、ミスコミュニケーションを引き起こす問題の本質が何なのか、というところまで深く掘り下げて研修内容を組むことにより、求めていた結果を生み出します。

これを前提に行わないことには、「こっちの研修のほうがもっとよさそうだ」と研修会社や内容を変えても、結果は変わりません。大切な時間とお金を使っているのに、社員の意識も行動も変わらなければ、忙しい中で研修を実施する意味がないですよね。

かといって、当事者として会社の中にいると、客観的に状況を捉えることがなかなか難しく、本質的な問題に気づくことができません。物事を俯瞰して全体像が見えると、自ずと先が見え効果的に物事を捉えられるのですが、当事者の立場になるとメンタルモデルに引きずられ、視野が狭くなりがちです。

そんなときは外部の専門家の力を借りることも、選択肢に入れておくとよいでしょう。

コーチングは万能なのか?

コーチングとは、基本的に相手に効果的な質問をしていくことで、その人の中にある潜在能力や、今まで気づかなかった考えや気持ちを明らかにして、目標達成までの行動をサポートしていくセッションの一形態です。

コンサルティングやティーチング、カウンセリングなどとよく比較されます。コーチングも手法によって違いはありますが、共通する最大の特徴は、「相手の中から答えを引き出す」ことと、「ゴールまで行動できるようにサポートする」ところでしょう。

コンサルティングやティーチングは、相手に知識やノウハウを教えます。カウンセリングは相手の過去の話を聞いて、気持ちを整理していきます。イメージ的には、メンタルがマイナスの状態から、ゼロ(通常)の状態へもっていく感じです。

コンサルティングやティーチングの場合は、知識やノウハウを教えてもらうので、ゴールまでの近道にも見えます。しかし、「押し付けられている」と感じたり、クライアントの気持ちが落ち込み、意欲が沸き起こってこなかったりする状況だと、本人の中から答えを引き出し、行動に移してもらうことが難しくなります。たとえ行動できたとしても、よい成果を期待することができません。

コーチングがビジネスで用いられることが多いのは、相手の中から答えが引き出される、つまり、自分自身で答えを見つけられるので、やらされる感覚ではなく、「自分で決めた」という意識をもち、それにより行動へと移しやすくなるからです。会社としても、いちいちすべてのことを指示して動いてもらうのではなく、自主的に動く社員が増えるほうが望ましい。

このような理由で、コーチングを導入している企業は多く見られますが、研修と同様に、ただやればいいというわけではありません。上司が部下のレベルに合わせて、足りないところを補完して進めていく必要があります。

企業でコーチングを行う場合、目標設定のベースには、その会社や組織が何を目指しているのか、何を目的としているのかがあります。そのうえで、社員一人ひとりが何を目標にして、どう行動していくのかが問われます。

ところが、「会社で何を実現していきたいのですか?」と聞かれても、聞かれたほうにリソース(スキル・知識・情報など)がない場合は、答えが出てきません。コーチングは基本的には相手に教えるのではなく、相手から回答を引き出す手法です。しかし、相手にリソースがない場合、答えが出にくくなります。そうすると、「どうなりたいの?」「どうしたいの?」といくら聞いても、思考停止に陥り、「うーん……」とうなってしまって終わりです。この場合は、面談している上司が助け舟を出してあげなければなりません。

まずは、どこを目指すのか? どうなったらいいのかというゴール設定が必要なので、そこは会社のゴールを踏まえて考えます。ゴールが出にくければ、自分にとって大切な価値観を聞き、それが満たされた場合にどうなっているのかをイメージしてもらってもよいでしょう。

ゴールが決まったら、次は具体的に何をしていくか行動を明確にします。ここで本人にリソースが足りない場合があります。まだ自分がやったことがないことについては、何をしたらよいのかさっぱりわからない、想像できないということも多々あります。

たとえば、業務を進めるにあたり時間管理がうまくできない部下がいたとします。独自のやり方を踏襲しているので、客観的に見て要領が悪いと感じる場合はどうでしょう。

いくら本人に、具体的にどうしたらよいのかと質問しても、効果的な行動を引き出すことは難しそうです。そんな場合には、「時間管理はスケジュール管理、タスク管理、時間リソース管理の3つの要素から成り立っている」と、必要な知識をティーチングします。そのうえで、各要素について必要な行動を考えてもらいます。

時間管理についての足りない知識が補完され、考える範囲が限定されたことにより、具体的に何をすればよいのかのアイデアが出やすくなります。本人から引き出されたアイデアに対し、上司が「まず、ここから取り組んでみるといいと思うよ」と行動を促進するアドバイスをすることで、部下が効率よく目標達成に近づくことができるようになります。

「コーチングの手法を使って面談をしても、どうして成果が出てこないのだろう?」と思ったら、もしかしたら、部下にすべての答えを出させようとしているのかもしれません。上司は部下の特性を把握して、目標達成のためにどうやって部下の強みを生かせばいいのか、部下一人ひとりのレベルと特性に合わせて、コーチングの内容をカスタマイズしていかなければなりません。場合によっては、ティーチングが必要な場面も出てくるのです。

*   *   *

第1章はここまで!
続きを読みたい方は、各電子ストアにて6月30日より随時発売になります。ぜひお買い求めください。
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書籍『プレイングマネジャー必須スキル 部下が勝手に活躍する魔法の質問 育成する原理・視点・行動がわかる』

■ペーパーバック版(紙)

■Kindle版(電子書籍)

■書籍情報

「モチベーションが高く、自発的に動く部下」を育てたいマネージャー・リーダーの必読書

多くのプレイングマネージャーは上司と部下の間で板挟みになり、次のような悩みを抱えて疲労困憊しています。

・日中は会議や部下のフォローに追われ、夕方にならないと自分の仕事ができない。
・部下育成のやり方を教わらないまま、突然マネージャーになってしまった。
・部下が自主的に動かず、何度も同じことを注意して疲れ切っている。

本書は、300社以上の組織開発に関わり、組織開発やチームマネジメント、心理学、コーチングの手法を活かして、部下の「のびしろ」を引き出して育成し、成果につなげる秘訣を書いたものです。

部下が勝手に活躍する魔法の質問は、たったの5つ

まず、「なぜ、部下は育たないのか?」の原因を、プレイングマネージャーのよくある5つの疑問から深掘りし、部下育成の基本の知識を身につけていただきます。
次に、部下が勝手に活躍するようになる5つの魔法の質問をお伝えします。
最後に、プレイングマネージャー自身もレベルアップして、成果を上げていく方法をご紹介します。

単なるコミュニケーション手法の解説だけにとどまらず、組織開発の手法をベースに会社の業績や成果を上げ、組織全体を動かす原動力の基盤を作ることも述べています。チームビルディングやチームマネジメントの導入としても活用できる本です。

部下がイキイキと活躍するのはもちろんのこと、あなた自身が本来の能力や行動力を発揮し、充実したビジネスライフを送ることができれば幸いです。

【目次】

第1章 なぜ、あなたの部下は育ってくれないのか?
第2章 モチベーションが高い部下に育てる基本の知識
第3章 部下が勝手に活躍する魔法の質問
第4章 魔法の質問をやってみよう
第5章 自分自身もレベルアップ もっと成果を上げるために

■著者プロフィール

伊藤治雄

社会保険労務士法人 ARIA Solution 代表
のびしろ組織コンシェルジュ
特定社会保険労務士・行政書士

大手生命保険会社で上意下達の組織運営と個性を活かす組織運営の両方を経験。その後、旅行会社の立ち上げに経営者として参画。中小企業で営業・経理・総務・人事などを歴任。
2005年独立起業。2013年に事業内容を刷新し、人を成長させる仕組みづくりを中心とした組織開発に着手。「人の可能性を引き出し、想定をはるかに超える成果と、組織の大きなビジョンを実現する」をミッションに、組織の成果を上げる制度構築と、その運用支援を行う。

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