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『独学の学びを最大限に高める 成長マインドセット術』第一章・無料全文公開

発売日目前、特別企画!!
書籍『独学の学びを最大限に高める 成長マインドセット術』より、第一章「マインドセットをアップデートする ~独学の心構え~」を全文公開しちゃいます!

1.成長マインドセットを育む3つの思考

 私が20年以上かけて子どもたちや大人たちに勉強を教えてきてわかったことは、やり方だけを教えても、なかなかうまくいかないことです。もちろん中には、やり方に納得して驚くほどスムーズに独学を進められる人もいます。しかしそれができる人は、ごくわずかでした。

大切なことは「心構え」や「姿勢」––––つまり「マインドセット」なのです。

マインドセット思考① なぜできなかったのかを考える

マインドセットとは、達成目標理論の研究者であるキャロル・スーザン・ドゥエック氏が提唱した概念です。

ドゥエック氏によれば、「失敗は成功のチャンスであり、能力は伸ばせる」と考えている人は、うまくいかなときにこそねばり強く取り組む傾向が強く、その結果、高いパフォーマンスを残す可能性があることを明らかにしました。

このような姿勢を「成長(growth)マインドセット」と呼んでいます。

一方で「人間の能力は変わらない」と考えている人は、過程よりも結果(の良し悪し)に注意が向く傾向にあります。そのような人は、うまくいなかったことがあったとき、「失敗=悪」あるいは「失敗=恥ずかしいこと」と考えるだけにとどまり、なぜ間違えたのかまでは、あまり考えません。つまり失敗から学ぶことが少ないのです。

このような姿勢を「固定的(fixed)マインドセット」と呼んでいます。

私の本業は塾講師です。子どもの力を伸ばすために必要なことは何かを、常に考えています。生徒がテストでよい点を取れなかったら、何がいけなかったのか、その原因を考え、どうしたら(次の)テストでよい点が取れるかを考えます。毎日がこのような思考の繰り返しです。

私がこのように見てきた中でわかったことは、成長マインドセットが強い人とは、次の2点を常に考えている人です。

●なぜできなかったのか
●どうしたらできるようになるのか

「なぜ」を考えることは、いろいろな場面に活かせます。なぜ売り上げが上がらないのか、なぜ成績が上がらないのか、といったように。

ある子が英語の単語テストで、よい点が取れなかったとします。それは勉強のやり方の問題ともいえますが、そもそも単語テストに向かう姿勢(=マインドセット)の問題ともいえます。

●どうせ勉強してもできない
●やろうと思ったけれど、やり方がよくわからなかった
●そもそもやる気が起きなかった

このように、できなかったことに対して、その理由を言い訳のように考える人は、固定的マインドセットが強い人といえます。また、できないことで「自分ってダメだ」とか「失敗することが恥ずかしい」と思うことはあっても、「できなくて悔しい」と思うことが少ない人も固定的なマインドセットが強い人の特徴です。なぜできなかったのかを考える機会がほとんどないのです。

一方で次のように考える人は、成長マインドセットが強い人といえます。

●このままではダメだ
●やり方がおかしいのではないか
●もっといいやり方があるはずだ

成長マインドセットは、「努力や工夫で人間の能力は伸ばせる」という信念と結びついています。そのため、「なぜできないのか」「どうしたらできるのか」といった思考と結びつくことで、結果が大いに異なるのです。

謎解きやクイズ番組が好きな人は、答えが「あっていた/あっていなかった」ことに一喜一憂するだけでなく、「なぜそうなるのか」を考える傾向にあります。自分の答えが間違っていた場合、なぜそういう答えになるかを、すぐに考えるのです。実はこうした姿勢こそが成長マインドセットを育むのに重要になります。

そして、マインドセットは「どうしたらできるのか」というメソッドとセットになって、はじめてうまく機能するのです。

マインドセット思考② どうしたらできるのかを考える

「なぜできなかったのか」の次に大切なのが、「どうしたらできるのか」を考えることです。英単語を覚えるには、どうしたらよいかを例に解説していきます。

もちろん英単語の勉強をするほかありません。ただしここで注意すべき点は、どうやったら覚えられるかを考えること。「効果があるやり方を考える」のです。

英単語の勉強では、ノートに書きまくる人もいれば、単語集をただ眺める人もいます。いずれにしても、そのようなやり方では、あまり効果はありません。

「覚える」という狙いに対して、適切なやり方ではないからです。ですから、なんのために覚えるのかという狙いと同時に、どうやったらできるかといった適切なやり方を考えなければいけません。

英単語の意味を覚えたいのであれば、たとえば「supply=供給する」のように意味とセットで覚える必要があります。また、英単語を書けるようになりたいのであれば、supplyと綴りも練習しておく必要があります。

このように、何が狙いで、そのために適切な手だては何かを考えることが大切なのです。

英単語に限らず何かを覚える場合は、テストをやってみるのが一番です。心理学ではこれを「テスト効果」と呼びます。

英単語の意味を覚える場合は、意味の部分を隠しておいて、「supply=〇〇」と意味(和訳)を声に出して言います。このとき必ずしも答えを書く必要はありません。

これはただ答えを眺めるのとは、大きな違いがあります。それはアウトプットをうながしている点です。問題(英単語)と答え(意味)を眺めているだけでは、わかったつもりにはなっても、ほとんどアウトプットされていません。文字どおり眺めているだけだからです。

『学びを結果に変えるアウトプット大全』(著・樺沢紫苑、サンクチュアリ出版)という本がベストセラーになるなど、アウトプットの重要性が注目されています。何かを効果的に覚えるためには、アウトプットをするのが一番です。記憶のメカニズムに則った正しい覚え方だからです。(アウトプットについては、本書・第二章の「記憶の3つのプロセス」で詳しく述べています)

こうした正しいメソッドも、「どうしたらできるようになるか」というマインドセットが高まらない限り、効果を発揮しません。やればできるといった信念がないと、なかなか続けられないからです。

マインドセット思考③ 学んだことをどう活かすかを考える

『ワールドトリガー』(作・葦原大介、集英社)というマンガがあります。「トリガー」と呼ばれる特殊な能力を使い、異世界の侵略者から地球を守る話です。主人公の三雲修(みくもおさむ)はどこにでもいそうな中学生で、「トリオン」と呼ばれる能力値が高くないため、正隊員としては劣等生。それでも持ち前のねばり強さ、知恵と工夫で成長していきます。

ひょんなことから三雲修は、圧倒的な実力差があるA級3位の風間蒼也(かざまそうや)と模擬戦をします。結果は24回戦って一度も勝てません。しかし「勝てないとしても、どうやったら一矢報いることができるか」を考えながら戦ったことで、25戦目にしてなんとか引き分けます。

劣等性ながらも、どうやったら勝てるかを追求する姿勢に、対戦相手の風間蒼也は「もたざるものが知恵と工夫でどこまでいけるか」と、三雲修に可能性を見出します。

いままでの訓練や実戦を振り返り、学んだことをどう活かすかという主人公の「常に考える姿勢」は、まさに成長マインドセットといえるでしょう。


 

2.成長マインドセットを育む3つの原則

マインドセットを育む原則① できるまでやる

 成長マインドセットを育む3つの思考に加え、大切な3つの原則があります。

原則①は「できるまでやる」こと。つまり成果が出るまで続けるのです。このようにいうと、そんなの当たり前と思われるかもしれませんが、「できるまでやる」ことが意外と簡単ではありません。

できるまでやる例として、ある図書館の取り組みを紹介しましょう。

福井県立図書館は、人口10万人あたりの入館者・貸出件数が全国1位です。その背景にはいろいろあり、興味深いのが公式サイトにある「覚え違いタイトル集」というページです。

※https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/tosyo/category/shiraberu/368.html

 【覚え違いタイトル集】(福岡県立図書館より)
●そのへんの石 → 『路傍(ろぼう)の石』(著・山本有三 新潮社)
●バカロマン → 『デカメロン』(著・ボッカチオ 岩波書店)
●ブラック・ア・ペン → 『ブラックペアン』(著・海堂尊 講談社)
●田んぼの中にタガメがいる → 『誰(た)がために鐘は鳴る』(著・ヘミングウェイ 新潮文庫ほか)

このページはメディアでも、たびたび取り上げられています。2021年10月には『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(講談社)として書籍化もされました。

せっかく図書館まで本を借りに行ったのに、タイトルが曖昧に記憶されているため、「OPAC(Online Public Access Catalog)」と呼ばれる蔵書検索を利用しても見つからないのです。それであきらめて帰ってしまう人が意外にも多いようなんですね。図書館に本を借りに行くくらいですから、読書意欲は高いでしょう。

ここでは、さまざまな人のマインドが交錯しています。

まず、せっかく本を借りに行ったのに見つけられず、そのまま帰ってしまう図書館利用者の思いです。「レファレンスサービス」(レファレンスとは参照する・参考にするという意味で、本などの資料を探すのを図書館員が手助けする立派な業務のひとつ)を利用して、図書館員に「こんな感じのタイトルの本を探している」と一声かけるだけでも、結果は違ったはずです。

もちろんタイトルがうろ覚えなら、スマホで検索して正しいタイトルを調べてから、蔵書検索サービスで調べる方法もあります。

せっかく図書館まで行ったのに、たったそれだけのことであきらめてしまうのは、実にもったいないです。子どもから読みたいとリクエストされた本があって図書館に行ったのに、見つけられなかったために子どもの読書の機会を逃してしまったとしたら、非常に残念ではないでしょうか。

もうひとつは、覚え違いタイトル集を「図書館員だけのものにするのはもったいない」という職員の思いがあります。多くの図書館利用者が検索して見つからないと、図書館員に聞かず帰ってしまうので、それを歯がゆく思った職員が検索のヒントにしてもらおうと、公開に踏み切ったのです。これにはレファレンスサービスの認知度を、さらに利用者に高める狙いもあるそうです。

※福井県立図書館「覚え違いタイトル集」ができるまで カレントアウェアネス-E No.157 2009.09.02  https://current.ndl.go.jp/e967

先に挙げた覚え違いタイトルの一例を、再度見てみましょう。

『路傍の石』と間違えた「そのへんの石」は、路傍とはたしかに「その辺」という意味です。図書館員のような専門家であれば、「そのへん=路傍」とすぐに思いつくかもしれません。

『デカメロン』を「バカロマン」と間違えたケースでは、ボッカチオという著者名もフォカッチャと間違えているありさまで、これでよくわかったものだと、むしろ感心してしまいます。

『ブラック・ア・ペン』は、嵐の二宮和也氏が主役を務めたドラマ『ブラックペアン』の間違いです。「ブラック○○」というタイトルは少なくないので、思い出すのは容易ではない気もします。

『田んぼの中にタガメがいる』は、ヘミングウェイの著書『誰がために鐘は鳴る』と間違えていて、原型をとどめていない非常にまれなケースと思われます。「誰がために」の部分は、「だれがために」ではなく「たがために」と読み、「たがために=タガメ」と勘違いしたのだろうと図書館員が察してのファインプレーです。

ところが、ある番組でこの間違いを紹介したところ、『タガメのいるたんぼ』(写真/文・内山りゅう、ポプラ社)ではないかと指摘があったようです。

オチがつくエピソードではありますが、「正しいタイトルを見つけてあげたい」という図書館員の思いは、決して無駄ではありません。より多くの人に本を読んでもらうためには、ねばり強い努力や工夫が欠かせないのです。このような姿勢は、まさに「できるまでやる」という成長マインドセットのあらわれといえるでしょう。

マインドセットを育む原則② スモールステップの原則

 受験生にとっての成長とは、成績が上がることでもあります。しかし成績が上がるという結果があらわれるまで、半年、いえ1年以上かかることもあります。

たとえば、日本史の偏差値が30台だった子が40台・50台と上げるためには、さまざまな勉強を根気強く続けていかなければいけません。

そこで、まず一問一答式の問題を解いてもらいます。『日本史B一問一答【必修版】』(著・金谷俊一郎、ナガセ)という、星2~3の出題頻度の高い問題だけを収録した一問一答集があります。偏差値30~40台の日本史がまだ得意でない子には、基本的な問題だけに絞るのです。

心理学ではこれを「スモールステップの原則」と呼びます。できることから着実にやっていくことで、「できた」達成感を少しずつ積み重ねていくやり方です。

これと並行して『実況中継シリーズ』(語学春秋社)や『金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】』(著・金谷俊一郎、ナガセ)など、歴史の流れがわかる解説書を読んでもらいます。丸暗記するだけでなく、その時代の特徴や出来事の背景がわからないと記憶に残らないからです。

さらに歴史のマンガ本を読んでもらったり、YouTubeなどの動画サイトで教育系動画を見てもらい、歴史の流れをビジュアルでも理解してもらいます。

このように、「やればできる」を実現するためには、あれもこれもよくばらず、まずできることからやっていくことが必要なのです。

マインドセットを育む原則③ 結果の検証

 学習において最も大切なことは、結果の検証です。できたかどうかを確かめることです。

料理を例に考えてみましょう。あれこれ試行錯誤して料理をつくった結果、おいしかったら問題ありませんが、まずかったらどうでしょうか。

味が薄かったとか、火を通しすぎたとか、料理は結果がすべてです。おいしくつくれなかったら、つくり方や食材に問題があったということ。何よりも、次に活かすことが重要なはずです。

料理だと、このような結果の検証は当たり前に行われるのに、勉強に関しては必ずしもそうではありません。典型的なのが学校の宿題です。

漢字や英単語をノートに5回ずつ書きましょう、といった宿題があとを絶ちません。漢字も英単語も覚えるのが狙いですから、何回書いたかという手だては重要ではありません。極端な話、書かなくても覚えられるのなら書かなくてもいいのです。

何回書いたかの手だてよりも、覚えられたかという狙いが達成されたかどうかの検証のほうが重要です。これを「学習者検証の原則」といいます。心理学者であるバラス・フレデリック・スキナー氏が提唱したプログラム学習の5原則のひとつです。

先にテスト効果のお話をしました。何かを覚えるためには、書き取りをするよりも、テストをするほうが効果的です。学習者検証の原則から見れば、これはとても理にかなっていることがよくわかります。

中学校や高校ではテスト週間があります。文字どおりテスト前に、勉強に集中する期間です。テスト勉強で大切なのは勉強した結果、できるようになったかを検証することです。

私の塾ではテストのふり返りとして、テストレポートを提出してもらいます。どんな問題を間違えて、どうしたら間違えなくなるかを、生徒にふり返ってもらいたいからです。テスト前にどれだけ詰め込んだかよりも、テスト後に「これからどんな勉強をすればよいか」を考えるほうがはるかに大切ではないでしょうか。

料理であれば、結果の検証がそのまま「次にどうしたらよいか」とふり返りにつながります。しかし勉強に関しては、これが当たり前とはいえません。

結果の検証とふり返りを当たり前にするためにも、成長マインドセットは欠かせないのです。

3.学びの科学的な3つのアプローチ

 皆さんが「勉強」と呼んでいるものは、心理学では「学習」と呼びます。学術的に、学習は大きく3つに分けられます。

行動主義的な学習

 1つ目は、ジョン・ブローダス・ワトソン氏やバラス・フレデリック・スキナー氏に代表される「行動主義的な学習」です。「刺激と反応が結びつくことで学習が成立する」という考え方です。

たとえば、犬に「おすわり」と言ったら、犬がその場に座る。これは、

●刺激……「おすわり」と言われること
●反応……座るという行動

といったように、刺激と反応が結びつくことで学習が成立していることを意味しています。

勉強したらご褒美がもらえるというのも、刺激と反応の結びつきが関係しています。ただし勉強に関しては、刺激と反応だけではうまくいかない面もあるのです。

認知主義的な学習

 そこで重要になってくるのが2つ目のアプローチ「認知主義的な学習」です。発達心理学者のジャン・ピアジェ氏の理論や情報処理理論にもとづいた考え方です。認知とは、見たり聞いたり考えたりといった人間の知的活動を指します。

英単語を見て「これはどういう意味だろう」と考えたり覚えたりすることで、知識や技能になるという考え方です。漢字を覚えたり九九を覚えたりすることは、認知主義的な考えに立てば、知識や知識の枠組み(スキーマ)を構築することを意味します。人間が高度な知的活動をすることができるのも、このような知識や知識の枠組みが大いに関係しているのです。

状況主義的な学習

3つ目のアプローチは、ジーン・レイヴ氏とエティエンヌ・ウェンガー氏による「状況主義的な学習」です。同僚や同級生、上司や部下、先輩と後輩といった社会的な関係の中で、さまざまなことを学んでいくという考え方になります。つまり社会的な状況の中で、人間関係を通して必要な知識やスキルを身につけていくことです。OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、このアプローチに近い学び方といえるでしょう。

これら3つの学びのアプローチのうち、どれが最も優れているかということはありません。それぞれ狙いに応じて適切な学びの方法が取り入れられることが大切です。

小さい子が規範的な行動や習慣を身につけるには、行動主義的な学習が最も効果的になります。褒められることで好ましい行動が促され、叱られることで好ましくない行動が減っていくのです。

学童期や思春期になれば、高度な知的活動を身につける必要があります。そのためには、認知主義的な学習が重要になってきます。漢字を覚えたり、文章を読んだり書いたり、計算問題を解いたりといった、いわば机の上でする勉強です。

大人になれば、働くうえで必要な知識やスキルを身につけなければいけません。中には医師や看護師、教員のように、大学などの専門の学校で特別な訓練を受けなければなれない職業もありますが、どんな仕事であっても一人前になるためには、職場で業務に必要な知識やスキルを学ぶ必要があります。この場合は状況主義的な学習が最適です。

このように、年齢や学ぶ内容に応じて適切な学び方があり、必要なときに必要なことを学ぶ姿勢が大切になります。

4.思考力の正体

 AIが普及するにつれて、人間はAIと競うのではなく、むしろAIにできないこと(人間にしかできないこと)を伸ばしていくことが大切だといわれています。これからの社会を生き抜くうえで、そのような力はどんな力なのかを考える力が必要なのです。そのため学校教育でも思考力を身につけることが求められています。

そもそも思考力とは、一体なんなのでしょうか。

思考力という能力は存在しない?

 認知心理学では、「思考力と定義された能力は明確には存在しない」といわれています。もちろん、いわゆる「論理的な思考」と呼ばれる、帰納的な思考や演繹的な思考は存在します。しかしそれは、知識やスキルを活用する知的活動のことで、論理的な思考力と定義されるような能力を意識していません。

典型的なのが「数学を解く力=論理的な思考力」という考えで、数学を学ぶことで論理的な思考力が身につくと、よくいわれています。しかし、これはむしろ、もともと論理的に思考できる人は数学が得意というだけで、数学ができることで論理的な思考力が身につくわけではありません。

ここでは論理的な思考の例をひとつ紹介しましょう。

ウェイソンの選択課題(4枚カード問題)

 イギリスの認知心理学者であるピーター・カスカート・ウェイソン氏が1966年に考案した、「ウェイソンの選択課題(通称:4枚カード問題)」と呼ばれる問題です。認知心理学では思考力を測る有名な問題で、正答率が意外と低いのが興味深いところです。では順番に考えてみましょう。

まずEのカードです。片面が母音なので、もう一方の面が偶数になっているかどうかを確認しなければなりません。これはほとんどの人がわかるようです。

次にKのカードはどうでしょうか。もう一方の面が奇数でも偶数でも、ルールに反していないので問題ありません。つまり、めくって確かめる必要はありません。

そして4のカードはどうでしょうか。もう一方の面が母音かどうか確認したいところですが、実は子音でも母音でもルールに反していないので問題ありません。

●片面:子音 → もう一方の面:4(偶数)……○(問題ない)
●片面:母音 → もう一方の面:4(偶数)……○(問題ない)

ここで注意すべきことは、偶数の反対の面が母音でなければならないというルールは存在しないこと。これは「母音なら偶数」というルールと、「偶数なら母音」という逆のルールを混同している人が多いためです。

最後に7のカードを見てみましょう。片面が7と奇数なので、もう一方の面が母音になっていないかどうかを確認しなければならないのですが、これに気がつく人が驚くほど少ないのです。

●片面:子音 → もう一方の面:7(奇数)……○(問題ない)
●片面:母音 → もう一方の面:7(奇数)……×(ルールに反している)

7のカードの場合、反対の面が母音だとルールに反してしまいます。ですから、これはめくるべきカードです。この問題では、Eと4をめくる人が一番多いのですが、正解はEと7です。正答率はたったの4%しかありません。このような問題を解けない人が多いと、やはり論理的な思考力が必要だと思うかもしれません。ですが、必ずしもそうとはいえないのです。 

ウェイソンの選択課題(飲酒問題)

 ウェイソンの選択課題には、違うパターンの問題もあります。通称「飲酒問題」です。

飲酒問題では、子どもはお酒を飲んではいけないが、大人はコーラを飲んでもまったく問題ないという素朴な概念がヒントになっています。その結果、4枚カード問題では4%しかなかった正答率が、飲酒問題ではなんと73%にまで高まるのです。

日常生活において「20歳になっていない人がビールを飲んではいけない」ことは、ほとんどの人が知っています。ですから20歳未満の人は、コーラのようなソフトドリンクしか飲めません。

では20歳以上の人はどうでしょうか。ビールのようなお酒を飲んでもよいですし、もちろんコーラを飲んでもまったく問題ありません。

というわけで正解は、ビールと16歳になります。これは日常生活の経験から学んだ原因と結果に関する思考様式(=実用的推論スキーマ)が関係していると考えられています。

さてこの飲酒問題は、正解が左端と右端のカードという意味で、4枚カードと問題の構造は一緒です。しかし論理的に考える際に、4枚カードでは抽象的でわかりにくいのに対して、飲酒問題では具体的・経験的にわかりやすいでしょう。そうなってくると、論理的な思考力と呼ばれる抽象的な問題を解く力を伸ばすことに、果たして意味があるのか疑問がわいてきます。

クリティカルシンキング(批判的思考)というものが流行ったことがあり、入社試験でもこのような問題が出題される企業が注目され、多くの企業がこぞって入社試験に取り入れていました(いまもあるかもしれませんが)。

しかし職務に必要な思考と4枚カードのような問題で必要とされる思考とは、そもそも別ものなのではないかと考えられているのです。

5.オーセンティックな(本物の)学び

 「受験勉強は論理的な思考力を養うから意義がある」といった意見をよく耳にします。たしかにそういう側面がないとはいいません。しかし受験勉強が論理的な思考力を養うといった科学的なエビデンスも、実はないのです。

少なくとも数学や英語などを勉強して論理的な思考力を鍛えることに、みんなが思っているほどの意義がないと考えると、私たちは一体どんなことを学べばよいのでしょうか。

そこで重要になってくるのが、オーセンティックな学びになります。オーセンティックとはフェイクの対義語で、「本物の」とか「正真正銘の」という意味です。虚偽、まやかしでない、本当に意義のある学びとして、オーセンティックな学びが近年注目されています。

人とつながることで得られる学び

 人は社会的な存在であるという点で、人と人との関係性の中で学ぶことができます。福井県立図書館の覚え違いタイトル集やウェイソンの選択課題(飲酒問題のほう)の例からもわかります。AI時代では、人とつながることで得られる学びを大切にしなければいけません。

2020年に流行した新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、人と人とのつながりの大切さを再認識させられました。

2020年4月7日からの緊急事態宣言中、休校となってしまった学校に代わって何かできることはないかと考え、臨時の託児所を開いた塾もあります。そこまでとはいかないまでも、私の塾仲間がやっていたのはZoomを使用したオンライン自習室です。

それまでの私はZoomを一度だけ使ったことがありました。「最近、展示会などで集まる機会がなかなかないので、またみんなと話したい」ということで、塾仲間に誘われてオンラインで座談会をしたのがきっかけでした。最初は操作方法がよくわからず、マイクがミュートになっていたり、四苦八苦したのを覚えています。

このときの苦労が功を奏して、塾生みんなでZoomを使って勉強の様子を映し出すオンライン自習室の開設はスムーズにいきました。生徒からは「せっかく休校なのに面倒くさい」という声もありましたが、長引く休校と外出自粛で、たとえオンラインでも誰かとつながっている気持ちになれた点はよかったと思います。

私がZoomでオンライン自習室をはじめようと思ったのも、Facebookでつながっている塾長仲間のおかげです。こんな取り組みがあることを知り、接続方法をプリントしたものを生徒に配れば、初めてZoomを使う小中学生でもできることに気づかされました。塾仲間と交流がなければ、自分自身だけではヒントが得られず、行動するまでにいたっていなかったかもしれません。

いろいろ試行錯誤した結果、最終的には50人近い塾生みんながオンライン自習室を利用できたのも、「やればできる」という成長マインドセットの賜物かもしれません。

答えのない探求的な学び

 近年コンビニスイーツや弁当の味は格段に上がっています。つくりたてではない条件の中で、どのような配合(レシピ)でつくればおいしいスイーツや弁当ができるかは、成長マインドセットが試される、まさに正解のない問題といえるでしょう(正確には正解がひとつに決まらない問題ですが)。

スイーツの甘味は砂糖だけではありません。砂糖以外の甘味も味の深みには重要です。その代表例が、はちみつです。はちみつには果糖が含まれ、砂糖の主成分であるショ糖とは甘味の性質が異なります。

私は砂糖で甘味をつけたコーヒー牛乳があまり好きではありません。胃にもたれる感じがするからです。眠気覚ましにコーヒーを飲む場合は、はちみつで甘味をつけて飲みます。

もうひとつ、こだわってはちみつを使うのが、牛丼を食べるときです。和牛に砂糖で甘味をつけると、なんだかすき焼きのような味になります。もちろん、それはそれでおいしいですが、どうしても吉野家風の牛丼を食べたいときは再現レシピとして、牛肉にはちみつで甘味をつけています。

実は、いろいろな料理の主成分は調味科学という分野で、ほぼわかっているのです。極端な話、繁盛しているラーメン店のスープの味ですら、調味科学の前では丸裸も同然。しかし、それはあくまでも成分の話であって、実際に食材を使ってどう再現するかは試行錯誤にかかっています。

コンビニスイーツや弁当も試行錯誤の繰り返しです。甘さ控えめで、それでいて深みのある甘味を出すにはどうしたらいいか。本格的なカレーや麻婆豆腐をつくるにはどうしたらいいか。そんなときヒントになるのが調味科学の知識であり、それを活かそうというマインドです。答えがひとつに決まらない探求的な学びも、オーセンティックな学びといえます。

デュアルシステムで学ぶ

 「デュアルシステム」をご存じでしょうか。ドイツでは当たり前の教育システムで、職業訓練(実践)と座学(理論)を並行して学ぶ制度です。英語や数学のような机上の勉強もたしかに大事かもしれませんが、実践的な学びはより重要です。

ある工科高校では、インターンとして町工場で1か月ほど働きながら工業を学ぶ取り組みがあります。その中で、金属加工の機械を使い、次の図面のように、円状に穴をあける課題があります。

 機械を使った旋盤加工であっても、実際にプログラムを組んで機械を動かすのは人間です。ですから、どの位置にどの大きさの穴を空けるのか、プログラムを間違えてしまうと正しく加工できません。図面では円状にドリルで穴を空けるのですが、問題は斜めの位置にある穴の座標。ここで必要になるのが、sin(サイン)、cos(コサイン)という三角関数の知識です。

上下左右の穴は、半径を利用すれば座標が求められます。しかし斜めの位置は、x座標もy座標も半径のルート2分の1倍です。これをそのままx座標もy座標も半径と同じ値を入力してしまうと、穴は正方形に並んでしまいます。

金属加工という実習を通して、三角関数の必要性を学ぶわけです。

この例をもって、三角関数のような数学の知識が誰にでも必要ということではありませんが、少なくともどんな場面で三角関数が必要かを学ぶことは大切でしょう。このような実践的な学びがオーセンティックな学びといえます。

6.リカレント教育につながる学び

 何かと海外と比較されることが多い日本の大学。決定的に違うのが「リカレント教育」が弱い点でしょう。

リカレント教育とは、社会人になった後も必要なときに必要な知識や技能を学びなおすことを指します。たとえば高校や大学を卒業していったん就職した後、もう一度大学や大学院、専門学校などに入ったり講座を受講したりして、専門的な知識や技能の習得を目指すことです。

広い意味では、勤務先以外で勉強する「独学」も含まれるでしょう。せっかく学んだので、その学びを何かに活かす、成長マインドセットを大切にしたいものです。そのために必要なことは何かを考えてみましょう。

オンライン講座を受講する

 もちろん、これまでも聴講生として大学の講義を受講する、放送大学の講座を視聴するといった学びはありました。しかし日本では、いったん就職した人が大学などに入って「学びなおし」をする人は少ないようです。

パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査(2019)」によると、日本人が勤務先以外で学習や自己研鑽活動に対して「何もしない」割合は、46・3%(APAC14の国・地域の平均13・3%)と非常に高いことがわかりました。

ただ、聴講生制度は多くの大学で取り入れられていますが、仕事を休んでまで大学に赴かなければいけない点がネックでしょう。

しかし、コロナ禍によってオンライン学習が身近になったため、これからはオンライン学習を視野に入れた、リカレント教育に注目が集まるかもしれません。オンライン講座ならいつでもどこでも受講が可能ですし、動画配信タイプ授業なら家にいても受講が可能です。

パパ・ママ講座で子育てを学ぶ

 私の友人に、地域立のフリースクールを運営している一尾茂疋(いちお しげひこ)さんという人がいます。さまざまな理由で学校へ行けない子が通う「学校」です。

興味深いのが、費用が一切かからないこと。といっても昼食費だけはかかりますが、数十人規模の子どもが通うフリースクールで基本無料なのは、全国的にも珍しいと思います。

そんな学校運営ができる理由は、責任者である一尾氏が成長マインドセットのかたまりのような人だからです。詳しくは割愛しますが、「いまの学校教育の問題点を一気に解決するには、既存の教育システムにとらわれない新たな枠組みが必要」と考えて、フリースクールをはじめました。

当たり前ですが、そのためには一尾氏自身がいろいろなことを学ばなければいけません。しかも既存のシステムにとらわれないのですから、前例がありません。つまり、独学であらたな枠組みを築き上げなければいけないのです。

一尾氏がなぜ無料のフリースクールを実現できたのか。その理由のひとつに、ポジティブ・ディシプリン講座の開催が挙げられます。

北米アドラー心理学会認定「ポジティブ・ディシプリン」とは、心理学者のジェーン・ネルセン氏を中心に広まっている概念で、子どもを叱ったり放任したりするのではなく、子どもと同じ目線で向き合い自信と力を伸ばしていくことを基本とした子育ての方針です。

こうした講座には、当然ながら子育て真っただ中のパパやママがたくさん参加します。

一尾氏の講座には、ついやってしまいがちな子育ての失敗を聞いてもらったりアドバイスをもらったりして、参加者自らが子育てに対する考え方をとらえなおす内容です。他にもクラス会議の勉強会を開催するなど、地域に根差した活動をしています。

このような一連の活動が実を結び、地域に根差した子育てや教育のネットワークを構築しているため、無料のフリースクールが実現しているのです。

もうひとつ興味深いことが、こうした学びは、決して学校では学べないことです。といっても、学校教育の欠点として指摘したいわけではありません。中学生や高校生に「子育て講座」といってもピンとこないでしょう。子育てする側ではなく、子育てされる側ですから。

自分が子育てする側になって、初めて子育ての大切さや奥深さを知ることになります。私は子育て世代が子育てについて学べることも、リカレント教育のひとつと思います。

必要なときに必要なことが学べるのは、とても大切なことですし、そのような心構えはまさに成長マインドセットといえるでしょう。子育てという同じ悩みや課題を抱える人同士が集まり、協働的に学ぶ。これからは、こうした学びがスタンダードになるのではないでしょうか。

*   *   *

第一章はここまで!
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書籍『独学の学びを最大限に高める 成長マインドセット術』

■書籍情報

これからの時代に必要な「独学(=自分で学ぶ力)」が身につく!

大人になって「もっと勉強しておけばよかった」と思う人も少なくありません。
たとえば、子どもが勉強や進路で悩んでいるとき、大人としてどんなアドバイスができるでしょうか。部下や同僚が仕事で行き詰まっているとき、具体的にどうアプローチしたらよいでしょうか。

こうした日常生活の中からキャリアアップ・スキルアップのためまで、学んだことを活かしたいと思っている人も多いはずです。

そこで大切なのが「学びなおし」。
社会人になってからも解決しなければいけない課題は、たくさんあります。さまざまな課題を解決するためにも、独学や学びなおしは必要でしょう。

エビデンス思考やデータサイエンスが注目されている今、特に身につけたいのが考える力。
そこで本書では、メタ認知、記憶術、類推(アナロジー)、論理的思考(ロジカルシンキング)、問題解決、精緻化、因果推論。こうした思考力と呼ばれるものを総括することからはじめ、単なる独学として済ませるのではなく、ビジネスや日常場面に活かせる汎用的な能力へと高める成長マインドセット術として、実践的なトレーニング方法までを紹介。 仕事や生活など日常場面で必要とされる学びについて、学習理論にもとづいた学習法を提供します。

学びなおしやリカレント教育へとつながる成長マインドセット術で、スキルアップや思考力アップを目指しましょう!

【目次】

第一章 マインドセットをアップデートする ~独学の心構え~
第二章 思考力を鍛える認知スキル
第三章 成長マインドセットの学び方と身につけ方
第四章 日常の中でできるトレーニング方法
第五章 独学の落とし穴の回避策
第六章 学びを活かすためのアウトプット

【購入者特典】

マインドセットを高める語呂合わせ暗記表

■著者プロフィール

伊藤敏雄

学習・教育アドバイザー、All About学習・受験ガイド
「勉強=マインドセット×学習メソッド」で決まる独学力(自立学習)を提唱。受験のためだけでなく、社会に出てからも必要なスキルを身につけることの大切さを知ってもらうため、全国で1万人以上の高校生や保護者に効果の高い学習メソッドや、やる気アップ術などの講演を行なってきた。また、AI時代のかしこい進路選択など、「学んだことを活かす」ことに焦点をあてた進路講演なども行なっている。
愛知教育大学教職科心理学教室卒。名古屋大学大学院教育発達科学研究科中退。認知心理学専攻。勉強のやり方専門塾「ネクサス」代表。

主な著書
『子どもがつまずかない教師の教え方10の「原理・原則」』(2020年、東洋館出版社)ほか

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