今年のボーナス決まったよ。 そう通話口からが聞こえてきたのは少し遅めの昼食を営業車の中でとっているときのことだった。 その声のトーンは低く、聞かずとも喜ばしくない結果を容易に想像させる。 「その感じは絶対低いじゃないですか」 敢えて明るく言ってみるが期待していた分、自分の心にはもやがかかりはじめているのが分かった。 ここでいうボーナスとは通常のボーナスではなく、業績賞与のことだ。我が社では冬は通常のボーナスに加えて業績賞与が同時に支給される。 業績賞与は営業所の売上に
お疲れのお母さんお父さんへ 2歳児以降の子どもを持つとなかなかどうして予定通りに行くことはほぼなくなる 特に子どもは眠くなった時やお腹が空いた時、人目を憚らず暴れ狂う その姿はまさに知恵なき暴君。 止まることを知りません 格闘家になれば二つ名はおそらく「ピュアノンストップクラッシャー」 とでも呼ばれるであろう 話が逸れて申し訳ないが伝えたいことはとにかく大変だと言うこと そして読んでいただいているお父さんお母さん、いつも本当にお疲れ様です。 ということである
言うことを聞いてくれない子供日々の子どもとの嵐のような生活の中、言うこと聞いてくれない子どもにイライラしてしまう親は多いだろう 育児の中で子どもを優先できるといっても、それは時間に余裕のある時だけの話で全てを思い通りにいく育児など存在しない 雑誌や本、ましてやnoteでもおそらく自身のいい所を切り抜いて情報提供しているものをよく目にする そもそも全く同じようにいくことなどあるのだろうか うまくいく日もあればいかない日もある。その程度だろう だとするならば育児はそう言
子どもたちは2歳ごろから少しずつ言葉を大人から聞きながら覚えていく その中で大人がついつい使ってしまう変な話し言葉が子どもにうつってしまうことは育児あるあるのひとつだろう 今回は妊娠中〜2歳の子を持つ大人に向けて我が家のお話を紹介しようと思う 話し言葉には要注意!私たちは書き言葉と話し言葉を使い分けながら生活している 育児の中で使われるのは主に話し言葉で、これは脳のフィルターを通さずに使われる言葉なので少し変わったニュアンスとなってしまう 例えば 美味しい→うまい
皆さんは格闘技は見るだろうか 最近じわじわと人気が上がり始めているように感じているが今日はその中でも特に楽しみなRIZIN ランドマークvo2当日だ こういった趣味を持つことは子供との接し方にも余裕ができる 私の考えでは全てが子どもへ向かった生活は間違いなく息苦しくなっていく これは仕事でもなんでも同じだ その日のスケジュールもこういったイベントに合わせて行動できるのも少し新鮮さも感じられる 何か楽しみなこと、やりたくて堪らないことがあると人生は華やかになる そ
勉強の大切さの認識 勉強は大切だということはそんなことは全員分かっているだろう もちろん子どもも それでもうちの子は勉強しないと嘆く親も数多く存在するだろう 勉強をしてきた人はもちろん、私を含め学生時代にそこまで勉強熱心ではなかったひとに限って子どもへの教育に力が入るものだ それは自分の人生に勉強が加わっていればもう少し晴れやかな人生だったのではないかという後悔からきている いわばコンプレックスだ しかし私たちはたられば話がどうしようもなく好きなので、学生時代の
私たちは生きていく中で、様々なことを選択しながら生活している その選択には、お昼ご飯などの気軽な選択から大型プロジェクトの方針決定など責任の重いものもあるだろう では毎日の小さな選択をこなす中で、私たちはなにを基準に周りに相談したり、許可を得ているだろうか 思い返してみるとどうでもいいことや、自分で決めても問題ないことでもついつい家族や上司に許可を得る癖はないだろうか いつのまにか責任から逃れるために許可をとり、ものごとの選択から逃げる癖が自然と行い、むしろそれを正当
ここ最近は、褒めて伸ばす育児というものをよく聞かないだろうか おそらくこの記事を読んでくれている読者は、育児の中で褒めることを意識しておりドキッとしたのではないだろうか もちろん褒めることを全て否定するわけではない 私も含め、過去の自分の経験から叱られることに対して抵抗感を持つ親は多い その経験を生かしたまさに今の時代に合った教育だと思えるのも当然のことなのである しかし、今回は褒めて伸ばす教育への疑問点について少し考えてみようと思う 叱ることと褒めることは同じ?
親が楽しんでいない人生に子供は希望を持たない こうやって私の記事を読んでくれている親御さんたちは日々の子育てに常に改善を求めている素晴らしい人達だと思う そこで今回は子育てに悩むパパママに向けて我が家の問題から自分の子育てを再確認をしてもらいたい 今回の問題は、我が家のママが気づかないうちに陥っていた本当に誰にでもあり得る問題だ まず結論から述べるがそれは 「日々の生活が子育てのみとなっていること」 である これだけ聞くと、子供は手がかかるから仕方ないと思うかも
親の立場の認識を改める 子育てを通して子供とはなんて未熟でおぼつかない生き物なんだと実感する親は多いだろう もちろんひとりでは生きていけず、長い期間親の助けを受けながら生活していくことは仕方のないことなのだが 親は可愛さのあまり 「私が守らなければ」 「助けが必要だ」 「手取り足取り指示しよう」 と手を差し伸べたくもなるのも親の心情というものだ しかし、子供は子供で少ない経験かは最善の選択を探るように手ざくりで生きている これは大人と同じで、本で読んだ知識や人から
これに対してどう思う? なぜ思うの? あなたはどうしたい? 好きなようにしていいよ このような問いかけに行き詰まってしまった経験はないだろうか 私たち日本人は、奇しくも集団を乱さず生活する力は備えていても、自分の意見を主張する経験は乏しい これは当たり前のことで、前提を集団生活に置いている以上、この発達は集団を乱す筆頭でありいわゆる出る杭は打たれるが基本だったのだから しかし、現代社会では掌を返したかのように主体性や自己主張が求められるように変化してきている 数年前
※この記事は 子供の主体性を育てる「シン・読み聞かせ術」 の補足となります。 ご注意ください。※ 補足① 質問のレベルを上げていく 子供への読み聞かせを通して読解力、分析力が付いてきていることを感じられたら次は、質問のレベルを徐々に上げていくことをおすすめする ではおおまかな段階を説明していこう まず0〜3歳頃は様々な絵本に触れ、言葉の知識や語彙力の増加に注視した質問を投げかけてみよう ものを指定した質問(これは何色?このページに何がある?など) 回答の繰り返し 回答
育児をする中で、おそらくほぼ全員が通るのが絵本の読み聞かせだろう この「読み聞かせ」をみなさんはどのように行なっているだろうか おそらく多くの方は、 子供を膝の上に乗せ、親が文字を読みながらページをめくる というのが大多数だろう もちろん私も小さい頃、母親によく読み聞かせをしてもらい、その時の絵本の記憶はまだしっかりと残っている そのため自分の子供にも読み聞かせをしてあげようと素直に感じているほどだ 先も立派な読み聞かせの方法だが、今日はそれとは少し違う読み聞か
遊びと片付けはアンバランスでOK気付けば歩き、しゃべり、親が話していることを理解している そんな成長の真っ只中に私たち親はどのように接するべきだろうか おもちゃでの遊び方も覚え、チャックも蓋も開けるなど手先が器用になり、勝手に遊び出す とにかく遊びたいものを周りに出して遊びたいように遊ぶ 部屋はもちろんめちゃくちゃだ そうなると親はついつい片付けのことを考えてしまうだろう だか子供は自分の能力を伸ばしている真っ最中なのだ そしてその能力を伸ばし終えると急にやめ、
人間と宗教 宗教に対してどんなイメージを持つだろうか 宗教=怖い と答える方は大多数おり、宗教に対するイメージは決してよくないと思う これはやはり一部の過激な宗教や、今の日本では受け入れきれない慣習を持つ宗教ばかりが頭に浮かんでしまったことでついたイメージだ 牛を食べないヒンドゥー教や豚を食べないイスラム教、挙げ句の果てにはテロを起こしたオウム真理教などを宗教の見出しに置く人も少なくないだろう しかし、私たちは盆にお墓参りをし、年が明けると初詣をする お雑煮も食べる
朝活入門編朝活という言葉はご存知のことだと思う まぁ読んで字の如くだが 夜ではなく、朝に活動してみようというものだ というのも最近の私は、子供を中心に置いたライフスタイルと私の行いたい趣味の両立に少し苦しんでおり、そんな生活の変化としてスタートしたのである 前のライフスタイルはというと 6時半に起床 (睡眠時間6時間半) 7時過ぎに会社へ出社 19時自宅へ帰宅 22時までに食事風呂と子供の寝かしつけを終え 22時〜24時が私の時間 といった具合だ しかし、このライ