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【社長インタビュー】GMOアドマーケティング設立までの歴史を聞きました。

GMOアドマーケティングは 、前身のまぐクリック・GMOアドパートナーズ時代をあわせて1999年の創業以来、一貫して広告商品の開発・販売を通じてメディア、広告主、サービスを利用する生活者を繋いできました。

今回は、そんなGMOアドマーケティングの渡部社長に、現在のGMOアドマーケティングになるまでの歴史についてお話を伺いました。

渡部 謙太郎 (わたなべ けんたろう)
GMOアドマーケティング株式会社 代表取締役社長
大学在学中に中途社員募集の門を叩き営業のアルバイトとして、まぐクリックに入社。入社3年目でグループ会社を立ち上げ取締役(史上最年少役員)に就任。数々の事業譲受や会社のグループ入りに携わる傍らエンタメ系ニュースサイトやメディアマネタイズ導入支援事業の立ち上げを行い、2013年に代表取締役社長に就任。2016年、3社合併により新生GMOアドマーケティングが誕生、アドテクノロジー事業を中心に複数の事業を展開。

インターネット創世記に手がけたメルマガ広告

ーGMOアドマーケティング設立までの経緯を教えていただけますか?

GMOアドマーケティングは前身となる、まぐクリック、GMOアドパートナーズ時代をあわせると今年で23年目となります。
1999年に「株式会社まぐクリック」として設立後、「メールマガジン」×「広告」を主力事業としてスタートさせました。

まぐクリック時代は、メールマガジンを軸とした広告商品の開発から広告代理店、広告主に提案するところまでおこなっていました。


ー以前は、メールマガジン広告を主力事業としていたんですね!

はい。当時はまだネットの回線も遅く、Web上でコンテンツを見るよりもメールで受信して読むほうが主流で、当時国内最大手のメールマガジン配信スタンドであるまぐまぐ!と、GMOインターネットの合弁会社として株式会社まぐクリックが設立され、数百万人のユーザーが利用するメールマガジンの中に広告を挿入し、広告代理店様や広告主様に広告枠の販売をおこなっていました。

2006年頃になるとWebの利用も増えてきたため、メールマガジン広告に加えて、Yahoo!や大手新聞メディアが提供する広告枠の販売もおこなうようになり、少しずつメディアレップ事業の幅を広げていきました。


ーメールマガジン事業の譲渡について提案があったと聞きましたが……?

そうですね。
まぐまぐ!はPC向けのメルマガスタンドとしては圧倒的No.1だったんですが、携帯向けは弱く、当時シャープ株式会社が運営していたMerumoというサービスが群を抜いていました。

当時はPCから携帯電話にインターネットの主戦場が切り替わりつつあるタイミング。2006年に先方から事業を譲渡したいというお話をいただき、これを運営する会社を作らなくてはという事で、GMOモバイル株式会社が設立されたのです。


ー渡部社長が取締役に就任した時期ですね!

はい。これまでまぐまぐ!の商品開発の責任者をし、売上ギネスを更新していた実績や、個人的にメディアを運営したりプログラミングができたりといった、メディア運営の知見があったことから抜擢していただき、事業受け入れの責任者に任命されました。そして、メールマガジン事業「Merumo」をシャープ株式会社から譲受した2007年、GMOモバイル設立と同時に取締役に就任いたしました。


ー事業譲受後、どうでしたか?

事業譲受決定後、メルマガ配信サービスはゼロからこちらで作る必要があり、思っていた以上にいろいろと大変でした(笑)。開発パートナー会社との要件定義から開発ディレクションまで半年にわたって実施し、一から事業計画を策定していましたね。


まぐクリックからGMOアドパートナーズへ

ー社長がGMOモバイルを設立した後、まぐクリックはどのように変化していきましたか?

GMOモバイルが設立されて1年ほどが経過した2008年7月に、総合メディアレップ事業が軸になってきたこともあり、商号を「GMOアドパートナーズ株式会社」に変更しました。


ーGMOアドパートナーズとしてメディアレップ事業を拡大していったのですね。

そうですね。しかし、2009年頃からリーマン・ブラザーズが経営破綻した影響で海外の優秀な金融エンジニアがアドテクノロジー業界に進出するようになり、ネット広告の仕組みに変化が訪れました。

金融工学や機械学習技術を活用して広告表示毎に閲覧しているユーザーの興味関心を推定し広告を出し分ける技術が急成長し、これまでの「1週間100万円」などで予め決めた条件で広告枠を買う予約型広告から、「100万円の予算で最も効果の出るユーザーにのみ広告を出す」運用型広告へのシフトが進みました。

元々、GoogleやYahoo!などで検索したキーワードに連動した広告を出す検索連動型広告が当時は代表的な運用型広告として大きく伸びていましたが、ニュースサイト等に掲載されるディスプレイ型の広告にもこの流れが来たことで、広告主様・代理店様のニーズが急拡大しました。

GMOアドパートナーズとしてもこのニーズに応えるべく、運用型広告(アドネットワーク)のサービス展開をおこないました。


ー運用型広告のサービスはどのように開発をおこなったのですか?

当時のGMOアドパートナーズには、社内にエンジニアがいなかったため、他社からのOEM提供のもと運用型広告(アドネットワーク)のサービスを展開していました。


ー運用型広告のサービスはすぐにうまくいきましたか?

運用型広告としての需要が伸びていたので、お客さまの数はどんどん増えていきました。しかし、OEM提供のもと展開しているサービスだったので、自社開発していない分、GMOアドパートナーズだけが持つ機能を開発することができず、競合との差別化にとても苦戦していましたね。

その頃から、競合との差別化を図るためには自社でサービス開発をおこなう必要があると考えていました。


自社サービスの必要性とGMOモバイルという会社

ーGMOモバイルではメールマガジンサービスの事業譲受後、どのように会社を成長させていきましたか?

GMOモバイルでは、メールマガジン会員向けにニュースサイト「Yomerumo」をリリースし、メディア事業で収益を拡大していました。

また、Yomerumoで培った広告マネタイズのノウハウを仕組み化して、媒体社の収益増加を支援する事業を開始していました。当時は自分1人で設計から導入営業、プログラミングまでおこなっていたんですけど、結果として数十社のメディア様にご利用いただいており、これが現在のSSP事業の元となっています。


ーGMOモバイルはメディア事業以外にも事業領域を広げていったんですね。

そうですね。時を同じくしてGMOアドパートナーズでは2010年にウノウ株式会社から携帯向けアドネットワークサービス「NeoAd(ネオアド)」の事業を取得して、自社サービスとしてのアドネットワーク事業に注力し始めていました。この「NeoAd(ネオアド)」は現在の「AkaNe(アカネ)」のベースになるサービスです。


ー現在のAkaNeはGMOモバイル時代から受け継がれているサービスなんですね。

そうですね、機能や開発環境は全く異なりますが、「AkaNe(アカネ)」のベースとなるアイディアは「NeoAd(ネオアド)」です。


ー組織としての変化はありましたか?

この頃、「サーチテリア株式会社」というエンジニア主体の会社がGMOアドパートナーズに新しく加わるタイミングでもありました。アドテクノロジーの技術をもっと発展させていきたいという想いがあったので、この頃から「GMOSSP」(※)のサービス設計をおこない、サーチテリア株式会社のメンバーと共に開発を進めていましたね。

そして無事、2012年8月に「GMO SSP for Smartphone」をリリースすることになりました。

(※)GMOSSPとはメディアの広告収益最大化を目指す広告配信プラットフォーム。現在のGMOアドマーケティング 主力事業の1つ。

GMOSSP

ー新しくグループに加わった会社と「GMOSSP」を開発したんですね

そうです。私がGMOSSPのサービス設計に関わっていたこともあり、2014年11月にGMOサーチテリアとGMOモバイルが合併し、エンジニア中心の組織へ変化していきました。
私もその頃、GMOモバイルの代表取締役社長に就任して、エンジニアのメンバーと一緒にメディアを作ったり、アドテクノロジーの開発を進めたりと自社サービスの開発に力を入れていましたね。


GMOアドマーケティング設立までの経緯

ーGMOモバイルとGMOアドパートナーズ、共に自社サービスを必要としていたんですね?

そうですね、アドテクノロジーを駆使したサービス展開を両社で進めている状況でした。会社の規模や文化は違えど、向かっている方向は一緒でしたね。

GMOモバイルではサーチテリアのメンバーがジョインしてくれたことでエンジニア主体の組織として成長していた一方、GMOアドパートナーズは営業主体の組織だったため、自社サービスの開発に苦戦していました。


ーGMOアドパートナーズはその後、どのように事業成長を進めていったんですか?

GMOアドパートナーズは、2014年11月に持株会社体制へ移行するためインターネット広告事業を継承する形でGMOアドマーケティング株式会社を設立しました。

GMOアドマーケティングになってからは、これまでの経験をもとにメディア・アドテクノロジー事業を成長させていくため、私がGMOアドマーケティングの代表取締役社長に就任しました。


ーそうだったのですね。GMOアドマーケティングの社長就任後はどのように事業成長を進めていきましたか?

まずはGMOインターネットグループでNo.1のアドテクノロジーサービスを開発するため、SSP・ネイティブアド領域の戦略立案や開発計画、人員採用計画を策定し再スタートを切りました。

中でも自社サービスを開発するためにはエンジニア組織の強化が急務だと考えていたので2015年7月に株式会社アドクラウドもグループに入っていただき、技術力の強化を図りました。



ー株式会社アドクラウドとは元々繋がりがあったんですか?

アドクラウドの創業者とは6年以上の交友関係がありました。アドクラウド社はアドテクノロジー業界の中でも高いスキルを持ったエンジニア集団だったのでとても心強かったですね。

GMOアドマーケティングとして今後叶えていきたいことと、アドクラウドが目指しているビジョンが合致していたのでその点も良かったところです。


ーでは、この頃はGMOモバイル・GMOアドマーケティング・アドクラウドの3社で事業を展開していたんですか?

そうですね。3社とも目指す方向性は一緒で、アドテクノロジーサービスを軸に広告主・メディア・生活者、3者の広告価値を最大化させることを目的に事業展開していました。

3社が事業展開する中で1番最初に自社サービスとして誕生したのが「AkaNe(アカネ)」というアドネットワークサービスです。


ー「AkaNe(アカネ)」立ち上げ時は3社体制で事業拡大していたんですね

1年ほどはそうでしたね。ですが、やはり同じビジョンやミッションを掲げている3社だったので、合併の話が元々ありました。

そして、2016年1月にはGMOアドマーケティング・アドクラウド・GMOモバイルの3社が合併し、新生GMOアドマーケティングとしてアドテクノロジーNo.1に向けて組織統合を再スタートさせました。


ー現在のGMOアドマーケティングになるまで、方針の転換や組織統合までいろんな経緯があったんですね。

はい、テキストで説明するのはとても複雑な沿革だと思います(笑)。
現在、GMOアドパートナーズはGMOアドマーケティングを含む広告事業の持株会社として、上場機能、人事、総務、経理などGMOアドパートナーズ連結会社の管理部門を一括で担う法人となっています。

しかし、GMOアドパートナーズが元々担っていたインターネット広告事業はGMOアドマーケティングで継承しているので、名前もよく似ていますし混乱を招いてしまうこともありました(笑)。

GMOアドマーケティングの前身となる、まぐクリック時代から現在までの共通点は「メディアの広告マネタイズをお手伝いしている」「ネット上のサービスやコンテンツが無料で利用できる事を支えている」という点です。

複数の会社が合併して現在は100名ほどの組織にまで成長していますが、今後も変わらず、メディア・広告主・生活者、三者の体験価値を最大化するためにできることを考え、事業を成長させていきたいと思っています。



最後までお読みいただきありがとうございました。
今回はGMOアドマーケティング 渡部社長に、GMOアドマーケティング設立までのお話を伺いました。

次回もGMOアドマーケティングに関するnoteをお届けしますのでお楽しみに!記事のハートで応援よろしくお願いします。


初めての自社サービス「AkaNe」のサービス立ち上げヒストリーはこちらのnoteにてご覧いただけます。


Text & Directed by. Rika Murata

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