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短編小説 木魂に腐った性根を彫り出せ3/3回(1478字)

恐らく私は冷静さを欠いていた。

大急ぎで読書する妻のスナップ写真のデッサンを始めた。

しかし出来はイメージとはかけ離れていた。

結局、写真を拡大トレースして

何とか下絵を描きだした。

下絵を木魂に転写し、やっと彫工程まで進んだ。

私は転写した下絵のつまり、木魂の上辺に初めに書いた

偽善ではならないの文字を観て、

心を引締めて、輪郭線に切込みを入れ

下絵の周囲の荒堀りを始めた。

その時だ。丸刃で、一刀削る度に

偽善者、

また削ると

偽善者、偽善者、偽善者、偽善者

と明子の声が聴こえるのである

空耳ではない、

思わずその声に耳を覆い頭をかかえてしまった

私は、潜在意識の中で偽善と言う文字を一番恐れていた。

この彫刻は多分私の偽善なのだ。

木魂の上辺に自分で書いた

偽善ではならない

の文字を消しゴムで消した。

しかし消えた様でも微かに、

私には観えるのだ。

何時の間にか興奮し私の口は乾き、荒い息をしていた

ぜいぜい言う呼吸は私を追い詰めた。

次の瞬間私は、唸りを上げるチェーンソーで

木魂の上辺に微かに残る文字を切り取っていた。

私は自身の心根を見抜かれた恥ずかしさからか、

ストレスの捌け口としてか

木魂上部の両角を切り落とし、更に八つ当たりの様に、

木魂に残る地色の違う部分を次々に切り落とした。

荒い息使いは残ったが、多少冷静さを取り戻した

木魂に転写した明子の下絵の脇に

胎児をイメージした下絵を転写した。

更にその脇に明日香の下絵を転写した。

しかし私は三つ並んだ下絵を観て、途方にくれた。

こんなものを彫って、免罪符になるのか

何故彫りたいのか、

贖罪として、木魂を利用して良いのか

限りない自己嫌悪に駆られた。

明らかな事は、明子は私を許していないのだ。

いや、私の潜在意識が、私を許さないのだ。


サンルームを改装した書斎の主は明子だった。

よく明子はロッキングチェアに身を任せ本を読んでいた。

あの時明子は何を思っていたのか、

私は、騙すと言うよりも、話さないのが愛だと思っていた。

いずれにしても、小さな命と明日香、明子の前で

私はうな垂れ膝をつくしかなかった

身勝手なのは私なのだ。

私は再び彫り始めた

やはり聞こえてくるのだ、

合唱する様に、

偽善、偽善、偽善、偽善、偽善、偽善、偽善、偽善、偽善、

と、節回しを一緒にして

私の頭の中で叫ぶのだ

偽善、偽善、偽善、偽善、偽善、偽善

恐らく私にしか聞こえないその声に耐えながら

明子の一周忌までには、けじめをつけたいと思った。

私は必死で彫り続けた。

どこからか声がした。

止めなさい、止めなさい。

誰だ。

檜ですよ、木魂ですよ、

私の頭の中は滅茶苦茶になった、

遂に木魂の声まで聞こえる様になってしまった。

無理する必要はありません、このわたしを切り刻みなさい、

いくら彫っても、偽善から逃れられません、

あなたが、偽善から脱しない限り、逃れられません。

止めなさい、わたしを切り刻みなさい

私は彫刻刀を捨て、立ち上がった

チェーンソーのエンジンを起動した

木魂を唸りを上げるチェーンソーで切り刻み出した

狂った様に私はチェーンソーを振り回し、方向を変えて切り刻んだ。

木魂は原形を止めない位のバラバラの角材になって行った。

その時、五センチ程の木片が飛んで来て私の顔に突き刺さった。

痛みを堪え木片を握り観ると、

それは、おくるみに包まれた赤子の様に観え光っていた。

私は、平刃の彫刻刀を握り、おくるみの襟を彫り、眠る赤子の目を入れた。

思わず泣けて来た、頬が濡れて来た

夢中になって、木片の仕上げ彫りをやった。

木魂からの声の意味が、やっと分かった。

私は眼を真っ赤にして

おくるみに包まれた赤子の彫刻を

無言で、

明子の仏壇に供えた。

おわり。



















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