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留学のススメ その4 ~帰国の理由と大学受験~

今回は、私が帰国した理由と、大学受験について。
と、それを語るには、まず私が留学した理由についても触れなければいけないと思うのですが、まず、中高6年間の長期留学も、大学3年生の1年間の短期留学も、実は自分の意志ではなく、私が望んだ留学ではない。

まず、中学1年生という、授業で英語を習ったことすらない時点で留学したのは、私の母親の希望と行動力によるものである。

私が小学6年生になる年に、母親は突然仕事を辞めた。そして「これからの時代は英語とITだ」と言い、英語もできないくせに(本人に言わせれば”だからこそ”)単身で1ヶ月間の短期留学に行ってしまった。

そして1ヶ月後に、大量のお土産を持って帰ってきた母は、「めちゃくちゃいい国だったから、あんた達も留学した方がいい」と言い、私と当時小学3年生の弟の、翌年度からの留学を決めた。

周りと同じく、地元の公立中学校に通うに決まっていると思っていた私の人生が、一気に180度くらい変わった。少なくとも、地味で普通の女子だった私にはそう思えた。だが一方で、”留学ってなんかかっこいい”と思う普通さも持ち合わせていたため、ついつい私は留学を了承してしまったのだった。(そして実際に日本を離れてめちゃくちゃ後悔することになる)

こうして、英語が話せない上に外国にほとんど何のコネもない母親と、私と弟は、200x年の4月に異国の地に降り立った。この話をすると、ほとんどの人が必ず「お母さん、すごいね」と、半ば呆れて言うのだが、まじでその通りとしか言いようがない。その行動力と決断力はすごい。すごく無謀である。

その後の留学生活がどんなものだったかはさておき、私は3年経ってその国をだんだん好きになり、留学させてもらえたことに感謝するようになった。弟は、どう思っているかよく分からないところがあるけど、結構なかなか上手くやっていたように見えて、その実ずっと日本に帰りたいという想いがあったようだった。

そして6年経ち、弟は高校入学のタイミングで帰国することを決めた(決めたんだか、家庭の事情でそうなったんだか、よく覚えていないけど)。母親は、始めは子供たちの付き添いのつもりで旅行者ビザで過ごしていたのだが、途中から仕事をするようになり、そのために学生ビザに切り替えて、大学院や専門学校に通い、同時に日本語教師のアルバイト(家庭教師から現地校のアシスタント、日本人補習校の教師まで)をし、その上で私達の母親として日々をこなしていた。徹夜でレポートを仕上げていることもあったし、授業の準備をしていることもあり、かなりタフな生活をしていた。弟が帰国するタイミングで、母親も帰国することになった。まあ当然だけど。

私は、その国で進学してもいいし、帰国してもいいよ、という感じだった。ただ、日本の受験ってすごく大変そうで、駐在の日本人の友人には大学入学と同時に帰国する人が多かったけど、すごく早い段階から塾に通うために帰国していたり、帰国前にも受験勉強に励んでいたりして、「私は数学も理科も歴史も分かんないし、日本の大学なんて行けるわけないか」という至極どうしようもない理由で、留学国で進学しようとしていた。幸いその国の受験システム上では私はとても成績が良く、(この辺も別途記述したい)偏差値高めの国立大の学部に受かった。

しかしその数か月前に母親が、都内の私大がAO入試の国外選考っていうのがあるよと、突然資料を手渡してきた。そう、6年前に「留学するよ」と決めた時と同じくらい強引に。とはいえ、その選考内容は書類選考と面接のみという、受験勉強なにそれおいしいの?状態の私でも、確かにもしかすると受かるかも、少なくとも負担はなさそう、というレベルのものだったのだ。まあ、落ちても恐らく留学国で進学できるだろうという状態だった私は、とりあえずその書類選考に応募してみた。写真が4枚も必要だったけど、撮りに行く時間もなかったので、学校で撮った満面の笑顔の写真を使った。

結果、もちろん私はその大学に受かってしまった。留学国の大学に受かったことよりも驚いたけど、とにかく受かった。そして私は簡単に帰国を決めた。何故なら日本の大学は、入試は大変そうだけど、入ってからはザルというイメージが強かったから。一方、留学国の大学は、入る方が簡単で、卒業するのが難しく、本当に遊ぶ暇も惜しんで勉強しなくてはいけないと聞いていた。こんな理由で自分の進学先を決める、私はどこまでもどうしようもない人間である。

ただ、もうひとつ、私にとってはすごく大きな理由があった。

私は、日本人と恋愛して、結婚したかった。

これは中学3年生の時に話が遡るのだけど、思春期の女子として自然なこととして、私は現地の男の子を”いいな”と思っていた。(好き、というほどではなかったかもしれない)そして、人伝に、彼も私のことをかわいいと思っているよ、と、付き合いたいらしいよ、と聞いた。だから私は付き合いませんか?と彼に言った。そしたら、彼は「ごめん、俺のじいちゃんが、日本人と付き合うのは許してくれないんだ」と言ってきた。体のいい断り文句のつもりだったのかもしれないけど、私は唖然としたし、普通にフラれたらその後どうなってたか分からないけど、とにかく私はこの一件以降、外国人の男性に恋愛感情を抱くことはなくなった。しかもその気持ちは年々強くなり、「結婚ってただでさえ他人との共同生活なのに、そもそも文化が違う人と一緒に生活するとか無理」「言いたいことを100%言えない言語で生活するの疲れそう」「笑いのツボ全然合わなそう」「体毛濃そう」と、どんどん私の中で、外国人との恋愛は”無し”になっていった。

ゆくゆくは日本人男性と結婚したい。だったら、日本人男性の多い世界で生きた方が良いじゃないか。それなら、今帰国するのがベストじゃないか。そして私は帰国した。念願叶って、日本人男性と結婚することができた。

留学する人は、元々留学期間が決まっていることが多いから、こういう悩みはあんまりないのかもしれない。私の周りでも、その期間通りに帰国した人がほとんどだけど、でもやっぱりその国を気に入ってそこで進学して就職した人、結婚した人、進学したけど日本で就職した人、一度帰国して、両親を説得してまた留学やワーホリに出た人、いろいろな人がいて、いろいろな道がある。

ちなみに大学3年生の時の留学は、学部に定められた強制留学のようなものであり、私は留学せずに卒業できないものか模索したけど、その道はなく、渋々留学した。これまた酷い言い方だけど、でも行ってみたらもちろんその国も美しくて、またいつか旅行でも訪れたいなと思っている。

留学の始まりはもちろんだけど、留学の終わり方もその時期も人それぞれで良くて、むしろ人それぞれであるべきだと思う。その国に留まるのも、異国を知った上で日本にまた戻るのも、その人にベストな道が、その時に考えられるといいね。そして、考える価値のある留学をできる人でありたいね。

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