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089.『サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル』安居昭博 著

“各国でサーキュラーエコノミーへの移行が進められオランダが先進的モデルとして注目される中、日本はむしろオランダ以上に国際的に好事例を示せる大きな可能性があると感じています。「課題先進国」と言われる日本が今後サーキュラーエコノミーを導入した優れた改善策を示していくことで、各国が社会課題に取り組む上での大きなモデルになるのです。“

☞書籍詳細

デジタルテクノロジー、インフラ、建築、フード、アパレル等、官民一体で先進的サーキュラーエコノミーへ移行するオランダ。廃棄を出さない仕組みづくりは、経済効果・環境負荷軽減・リスク管理等を同時に達成する手法として世界の注目を集める。欧州5年間と国内調査による日蘭17事例で見えてきた、大きなビジネスチャンス

●はじめに

自然界から学ぶ新しい経済・社会モデル
元来、自然界には「廃棄物」という概念が存在しなかったと言われています。それは、あるものが排出した「廃材」も、別のものにとって有益な「資源」として活用され役割を持ち続けられる、完璧とも言える仕組みができあがっていたからです。このように資源が半永久的に循環する自然界の様子は、ミクロの視点では生命体同士が「競争」関係にあるように見えたとしても、マクロの視点では、調和の取れた自然界をまるで全体で「共創」しているかのようにも見えてきます。これを可能にしていたのは、生命の圧倒的な多様性です。
私たち人間は産業革命以降特に、自然界の循環に本来存在しなかった数々の人工物を生み出してきました。それらは一つの役割をまっとうした後、私たち人間が手を掛けなければ次の役割を担うことができず、自然界では発生し得なかった「廃棄物」にいとも簡単になってしまいます。そして現代では、そうした役割を失った「廃棄物」が人間社会にも自然界にも、もはや無視できない程度にまで影響を及ぼすようになりました。今後世界人口の増加や資源の枯渇が見込まれる中、自然界から深く学びながら、何かが何かの「資源」として役割を持ち続けられる仕組みづくりを実践することで、実質的に「廃棄物」を生まない社会構造の根本的な改革が、今私たちに求められています。

加速・深化するサーキュラーエコノミーへの移行
本書のテーマである「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」は、このような自然界の学びをビジネスモデルや公共政策に応用し、資源を半永久的に活用し続け廃棄を出さないという考え方で、鍵はその「仕組みづくり」にあります。また自然界の循環が生命の多様性をもとに成り立っていることを鑑みると、人間社会における新しい仕組みづくりでも重要になるのは、ビジネスモデルや個人の生き方の多様性、そして社会全体の「共創」関係であると言えるでしょう。
現在サーキュラーエコノミーに大きな注目が集まるのは、アクセンチュアやマッキンゼー等の調査によって、サーキュラーエコノミーが環境負荷の軽減だけでなく新たな経済効果や雇用創出をもたらし、これまでにないビジネスモデルをつくりあげるための大きな機会だと判明しているからです。経済・地球環境・人々の幸福度のどの観点からも合理的・理想的な手法として、欧州各国やアメリカ、中国、インド等の国々では、ビジネスモデルや公共政策での導入が進められています。図0─1で示すように、世界での「Circular Economy」も、日本での「サーキュラーエコノミー」も年々注目度が高まっているキーワードです。ゴール目標である「SDGs」同様に、目標達成に向けた具体的なビジネスモデルやアプローチの手段である「サーキュラーエコノミー」へ関心が集まるのも理に適った傾向でしょう。

欧米ではいち早くサーキュラーエコノミーへ移行した企業やビジネスモデルが、環境への負荷を大幅に下げつつも、新たな経済利益の創出やコストカット、リスク回避に繋げる実績が出ています。こうした潮流を受けて、アップルやユニリーバ、アディダスといったグローバル企業もサーキュラーエコノミーへの移行を本格的に進めており、オランダを代表する企業であるフィリップスに関しては、サーキュラーエコノミー事業だけで既に全体収益の15%を占めるほどの成長を見せています。またオランダではメガバンクの中からも、軍事産業からの脱投資(ダイベストメント)を実施しその分をサーキュラーエコノミーやサステナブルビジネスの推進に当てる銀行が登場してきています。
また世界がパンデミックを経験し、グローバルサプライチェーンが不安定化したことによって、むしろ各国・各企業ではサーキュラーエコノミーへの移行が以前よりも加速度的に進められています。「日本貿易振興機構(JETRO)」が、「サーキュラーエコノミーは、日本企業がいち早く本質的な実践に移せれば大きなビジネスチャンスになり得る一方、遅れを取った場合にはグローバル規模で構築されつつある新たな規制に後手で適合せざるを得なくなる」という旨の調査報告書をまとめているように、日本企業のこれからの戦略にサーキュラーエコノミーが鍵となるのは間違いない状況にあります。

世界が注目するオランダのサーキュラーエコノミー政策
私は2015年から拠点にしていたドイツで、廃棄食材の販売・調達をビジネスにするベルリンのスタートアップ「サープラス(SIRPLUS)」の活動を通じてサーキュラーエコノミーを知りました。その後サーキュラーエコノミーを実践する欧州各国の様々な組織を取材していた中で、ビジネス・公共政策の両面でひときわ成熟していた国が、オランダです。2015年に欧州委員会による初のサーキュラーエコノミー政策「サーキュラーエコノミー・パッケージ」が提出されるよりも以前から、オランダでは公民連携での取り組みが進められていたのです。そうして、本書の3章「オランダの実践」で取り上げるような数々の新しいビジネスが生まれ、三大メガバンクもサーキュラーエコノミー政策を掲げるほど、他の欧州各国とは一線を画すような資源循環の仕組みが社会全体で整えられてきました。サーキュラーエコノミーへの移行により経済と環境の双方で成果を上げているオランダには、パンデミック前には各国の視察団が絶え間なく訪れるなど、世界中から注目される存在になっています。オランダ政府とアムステルダム市によるサーキュラーエコノミー政策については、2章「なぜオランダが世界から注目されるのか?」で取り上げます。
EU加盟国と日本を比べると、経済の成熟度、人口減少に転じる社会、アメリカ・中国・ロシア等との外交関係、中東やアジア・アフリカへの資源依存等、類似点が多く、双方が有意義に学び合える関係にあります。なかでもオランダは、人口規模に頼らない知的財産型の経済活動を推し進めているという点で、日本にとって好対象のパートナーです。急速に人口減少が進んでいる日本は、高度経済成長期の人口規模に依存した大量生産・大量消費型の経済から、オランダのような小規模人口でも国を支えることのできる知的財産型の経済活動に移行する必要が出てきているのです。このようなオランダ型のビジネスモデルについては、2章の政策面と3章の具体的な実践で詳しく紹介していきます。

オランダに移住してからの気づき
私は2019年にドイツからオランダに移住しました。その理由は、オランダの先進的なサーキュラーエコノミーの取り組みを市民レベルでより深く経験したいという好奇心に加え、何よりもそれまでに出会ったサーキュラーエコノミーに関わる友人知人たち一人ひとりの、社会課題をより良くしながらも利益を上げ、やりがいを持ってワクワクと働いていた姿が印象的だったことにあります。
オランダで生活する中で気がついたことがあります。一つに、サーキュラーエコノミーを推進させているのがいわゆる意識の高い消費者だけではなく、むしろ普段はあまりサステナビリティに関心を払っていないような一般的な消費者であるということ。そして、ビジネスがうまくいっている企業に共通するのが、そうした一般消費者や次世代の子ども達にとっても魅力的なサービスや商品の開発を行い、一方で社会課題に対する経営理念は、(文字の代わりに)さりげないデザインで間接的に伝えるという見せ方の工夫を徹底していることです。これにより、サービス・商品そのものに魅力を感じた利用者が、副次的に社会課題について知りその企業の取り組みに共感しファンになり、生活の中で自らも実践するようになっていく、という顧客と企業の新しい関係が生まれています。本書では、現地生活で得られたこうした気づきを3章やコラムを中心に各所に取り入れています。

サーキュラーエコノミーから見えてくる日本の可能性
各国でサーキュラーエコノミーへの移行が進められオランダが先進的モデルとして注目される中、日本はむしろオランダ以上に国際的に好事例を示せる大きな可能性があると感じています。「課題先進国」と言われる日本が今後サーキュラーエコノミーを導入した優れた改善策を示していくことで、各国が社会課題に取り組む上での大きなモデルになるのです。
しかし、日本が国際的に好事例を示していくためには、まずはサーキュラーエコノミーの本質的な理解が欠かせません。日本の企業や自治体の方々とお話する中では、「サーキュラーエコノミー」と「リユース / リサイクルエコノミー」の混同等、まだまだ基本的な誤解が多いように感じます。また冒頭で述べた通り、サーキュラーエコノミーの鍵は資源として活用し続け廃棄物を出さないビジネスモデルや政策の「仕組みづくり」にあるのですが、日本ではそうしたマクロな視野よりも素材や商品などのミクロの視点に囚われる傾向があると感じます。1章「サーキュラーエコノミーが切り拓く新時代」では、「リニアエコノミー」「リユース/リサイクル/リデュース」「アップサイクル」などとサーキュラーエコノミーの違いについてもまとめています。
さらに日本では、現在サーキュラーエコノミーは製造業中心に導入されていますが、海外では従来異分野であった企業間の連携や、総合的なインフラ整備、AIやブロックチェーン等のデジタルトランスフォーメーションの推進、そして子ども達への新しい教育のあり方も含めた、社会包括的なサーキュラーエコノミーへの移行が進められています。そのため4章「日本の実践」では、日本でのサーキュラーエコノミー移行をより多様で理想的なものにするために、観光業と農業の共創を進めるコンポストプロジェクトや日本の伝統工法をアップデートした建築設計の取り組み、地方自治体の公共政策等、製造業以外の幅広い事例を紹介しています。

私たちが心地よさを感じる経済・社会へ
サーキュラーエコノミーへの変革を積極的に進めることによって、国は気候変動や廃棄物等の課題に取り組みながら国民の幸福度を上げ、企業は新しいビジネスモデルで経済効果を創出し、そして私たち一人ひとりは、「競争」よりも「共創」を軸にしたより人間らしい経済・社会の仕組みづくりができると思います。本書は、将来的に「サーキュラーエコノミー」という言葉が使われなくとも、自然とその仕組みが浸透している未来を思い描き、実現すること考えて執筆しました。少しでも日本のサーキュラーエコノミー実践に向け可能性を広げ、新しい希望を届けられたら幸いです。

2021年6月 安居昭博


●書籍目次

はじめに

1章 サーキュラーエコノミーが切り拓く新時代

サーキュラーエコノミーとは?
ビジネスモデルの分類
実践のための考え方
欧州の動向

2章 なぜオランダが世界から注目されるのか?

オランダ政府とアムステルダム市の政策
オランダのビジネスマインド
日本とオランダの比較

3章 オランダの実践

1.インストック(Instock) 一流シェフが腕をふるう、廃棄食品レストラン
2.サークル(CIRCL) メガバンクによる分解できる建築
3.マッド・ジーンズ(MUD Jeans) サーキュラー型プロダクトデザイン
4.スホーンスヒップ(Schoonschip) フローティング・コミュニティという海面上昇対策
5.フェアフォン(Fairphone) ユーザーが修理できるエシカルスマートフォン
6.トニーズ・チョコロンリー(Tony’s Chocolonely) グローバル企業を凌駕する、社会課題改善型スタートアップ
7.デ・クーベル(De Ceuvel) 造船所跡地で繰り広げられるリジェネラティヴ・ビジネス
8.ファッション・フォー・グッド(Fashion for Good) 未来のサステナブルファッションを学ぶミュージアム
9.フェアフード(Fairfood) ブロックチェーンとQRコードによる次世代型フェアトレード
10.リトル・プラント・パントリー(Little Plant Pantry) 暮らしとサプライチェーンを変える量り売り専門店
11.ストリートディベーター(Street Debater) 路上生活を脱するための新しい仕組み
12.エクセス・マテリアルス・エクスチェンジ(Excess Materials Exchange) 廃棄物のマッチングプラットフォーム

4章 日本の実践

1.黒川温泉一帯地域サーキュラー・コンポストプロジェクト 「競争」よりも「共創」が支える観光業
2.Pizza 4P’s サステナビリティを美味しく学ぶ
3.オニバスコーヒー(ONIBUS COFFEE) 高品質ビジネス展開のヒント
4.フィル(FIL) 日本の建築・林業をアップデートする
5.サーキュラー・ヴィレッジ大崎町 まちぐるみで進める資源循環の仕組みづくり

5章 日本での展望

過去、現在、そして未来に続く日本のサーキュラーエコノミー
深化のための考え方

おわりに

ほか、現地コラム

「SIRPLUS」との出会い/ニホンミツバチの保護と環境再生/社会課題×ビジネス/Instockとの出会いとその後/DGTL/選択はクリで?/パッシブデザインの建築/ミニマリストのリアルな暮らし/トロッコ商店/Dutch Design Week/SDGネットワーキング・ディナー/建築分野でのサーキュラーエコノミー/公共コンポストプロジェクト/日本の農業を持続可能な形へ


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『サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル』安居昭博 著

体 裁    四六・256頁・定価 本体2400円+税
ISBN     978-4-7615-2778-5
発行日    2021-07-01
装 丁    美馬智
イラスト   丘広大
紙面デザイン 永壽(RIDE MEDIA&DESIGN Inc. )

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