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【事業承継の裏側】涙ながらに感謝される骨伝導イヤホンを世に送り出す

高齢化社会が深刻化するにつれて、後継者を見つけられないまま事業が承継されず、日本のGDPの多くが失われて雇用も減り、日本経済に大きな影響を与える「大廃業時代」の到来が刻一刻と迫っています。これを打破しようと、国は親族ではない第三者による事業承継を促進しようと各種支援策の強化に乗り出しています。第三者承継にどのような魅力を感じ、なぜ事業を引き継がれたのか、大手メーカーを辞めベンチャー企業の経営者に転身した、ソリッドソニック株式会社 代表取締役 久保 貴弘さんにお話を伺いました。

難聴者向けの骨伝導イヤホンとは?

-事業内容について教えてください。

難聴者向けの骨伝導イヤホンを開発・販売しています。我々の骨伝導イヤホンをお使いいただく方の難聴度合いは軽度から重度まで様々です。もう音のない世界で生きているような聾唖に近い方々には、音の存在を初めて認識し驚きの涙を流される方もいらっしゃいますし、軽度や中度の難聴で音のある世界では生きているものの、言葉がはっきり聞こえずに日常生活に支障をきたしている方は、「周りの声がはっきり聞こえる!」と喜んでいただいています。私たちは、聴こえに悩む方に「クリアな音を届ける」ことに取り組んでいます。

-御社の骨伝導イヤホンは他とは違う特徴があるのでしょうか?

製品名を「Vibone(バイボーン)」と言い、バイブレーション(振動)とボーン(骨)をかけ合わせた造語で、骨伝導技術に独自性があります。耳にしっかりとフィットし“振動子を耳の穴(外耳道)に圧接して入れ込む”ことが特徴であり、特許を取得しています。発生した振動をロスなく耳の奥にある蝸牛という組織に伝達することができます。

-難聴者の方がViboneに出会う前は、どのような製品を試されているのでしょうか?

全く音が聴こえず音楽が聴きたいという方は、一般的な骨伝導イヤホンを試されたり、日常生活においてクリアに音を聞きたいという方は補聴器を試されたり、ニーズにより異なります。それでも、クリアには聴こえずに諦めてしまう方々が非常に多いですね。

経営者になるために、後継者になるという選択肢を模索

-久保社長は後継社長だそうですが、創業者とどのように出逢い、事業を継承されたのでしょうか?

私はこの事業に就く前、18年間パナソニックに勤めていたのですが、元々経営がやりたかったため、経営スキルを身に着けることは意識していました。そんな折、2016年頃、後継者不足により事業継承がなされず、日本のGDPの多くが失われると言われていた「2025年問題」、「大廃業時代」という言葉がメディアで多く取り上げられるようになり、そこに、自分も微力ながら一石を投じてみたいと思いました。事業継承なら、やりたかった経営もできると考えたんです。

当時、神戸市産業振興財団が、後継者候補とマッチングする事業承継支援を実施していました。私はそれに参加し、事業継承を望まれる社長たちと対話をする機会をいただき、7社目にお会いしたのがソリッドソニックの創業社長だった田中です。

当時、71歳の田中から、創業してからの活動を伺いました。大変物腰が柔らかいものの、執念と熱意が物凄い方だと感じました。60歳まではコピーライターだった田中は、仕事で骨伝導イヤホンの存在を知ったそうで、その社会的意義に強く惹かれ、自ら創業し、10年超、難聴者のために骨伝導技術を辛抱強く研鑽してきたというお話を聞かせていただきました。私たちの世代だと結構萎縮しちゃう人や、型にはまってしまう人もいますけれど、田中は団塊の世代、開拓者精神に溢れていて、自分ができないとか思わないんですよね。当時Viboneは試作段階でしたが、私は「もしこれが本当に難聴者の方々に感動を与えられるような技術なら、世の中から無くなるようなことがあってはいけない。社会的意義の高い事業に自分もチャレンジしたい!」と思いました。

実は、田中は私の父と同じ年で、私は田中のお子さんと同じ年という偶然もあり、親近感が湧いたというのも、ご縁を感じましたね。

-そのご縁からすぐに事業承継に至ったのでしょうか?

後継者となる意思決定をする前に「この技術が実際に製品として販売して事業として成り立つのか、二人で事業計画を作ってみませんか」と、田中に提案をしました。それを手に、金融機関を回り、「よし、頑張れ!」と応援していただけるのであれば、後継者として引き継ぎますとお伝えしました。

そこから、二人でディスカッションを重ね事業計画を作成し、いろんな方に私たちの事業計画を見ていただきました。おかげさまで反応は良く、「こんなに事業の絵姿を書ける方は見たことがありません。」など評価をもらいました。前職で定性情報や定量情報を集め、事業の画を書いたり、数値をモデリングしたりというスキルを磨いていたことが活かせたのだと思います。

事業承継後、事業加速に向けた資金調達

-事業承継直後、合同会社から株式会社化しFVCが運営するファンドの資金を受け入れたのはなぜでしょうか?

もちろんこれから事業化するために資金が必要だったというのはありますが、FVCさんが運営する「こうべしんきんステップアップファンド」は神戸信金さんと組成しており、地域経済の活性化のために存在するファンドということが決め手でした。

ベンチャーキャピタルというとハードルが高く、株式を持っていただくと非常に自分達に不利な条件になるようなイメージがありました。しかし、神戸信金さんは、地域に根差して地域の活性化のために尽力されています。その彼らの意義を考えたときに、悪いようにはならないだろうと思い、素直に出資を受けることができました。

また、FVCの担当の小林さん、上司の青木さん共に、よく話を聴いてくださる方でした。小林さんは、前職金融機関におられたキャリアもお持ちで、資金調達に頭を悩ませているとき相談に乗っていただいたり、事業について気軽に電話で壁打ち相手になっていただいたり、とても頼もしく感じています。

-直近実施されたクラウドファンディングでは3,500万円を超える応援が集まっています。 ものすごい反響ですね。

ありがとうございます。今回クラウドファンディングを展開しているのは、第2号商品であるVibone nezu HYPER(バイボーン ネズ ハイパー)です。第1号商品に比べると格段にユーザーの方に喜んでいただけています。

耳の症状は個人によって異なるため、「1度試聴してから支援を決めたい」というお声が多く、全国を飛び回り、試聴体験会を実施しています。その結果、クラウドファンディングで応援してくれている方の7割は、実際のユーザーとなりうる難聴者の方です。支援プランは7万円以上と、決して安くはないものの、「これで自分が聴こえるなら」と試聴会場に足を運んでくださいます。中には、生まれてこのかた音を聞いたことがないという方がおられます。我々のViboneを試すと、「これが音なのか!」とビックリし、「ありがとうございます」と涙ながらに感謝されます。そんな姿を目の当たりにすると、お客様のニーズに真摯に「応えたい!」と力が湧いてきます。創業者の田中が、12年間も粘り強く技術を磨き続けることができた理由が、もの凄くわかりますね。

 

経営者になり実感する、”自分との闘い”

-もともと経営者になりたいと思われていましたが、実際に経営者になられていかがでしたか?

経営は、そんな簡単にはいかないだろうと思っていたので、思った通りと言えば思った通りです(笑)一番感じるのは、自分が経営者になり資金的なリスクを背負うと、理性を保って合理的な判断をすることが難しくなる時があるということですね。

例えば、自分が納得するような水準まで商品を高めたいものの、施策を進めていくとお金がかかります。そこで、どういう行動を取るかを判断する時に、自分が試されると感じます。目先の売り上げが必要なので、商品の水準より、とにかく早く市場に出すという考え方もありますが、最終的な到達点にたどり着くには遠回りになるかもしれません。

そのような、資金のリスクが邪魔して、本来辿り着くべき判断に辿り着けないことがあり、自分と自分との勝負というか、 自分を磨いて精神的に高めていくことがとても重要だとつくづく感じています。

 聴こえに悩む方に、より良い人生を歩んでいただくために

-今後どんな形で社会や地域に貢献していきたいとお考えでしょうか?

今行っている試聴会のように、実際にユーザー様の方と触れ合いながら、今後も取り組んで行きたいです。
まずは今回の商品を色々な方に知っていただき、購入していただくことで、事業基盤をしっかりと作りたいと思います。そして、Viboneの性能を更に高め、ブラッシュアップした製品で、よりユーザー様に喜んでいただけるような活動をしっかりとやっていきたいと考えています。

さらに、対法人向けのビジネスについても研究開発を進めています。我々の技術は、耳を塞いだ状態で骨振動により柔らかい音を伝えるという技術です。それを応用することで、騒音環環境や爆音環境で長時間仕事をしている製造業を中心に、耳を守りつつコミュニケーションがとれるデバイスとしての開発を進めています。

例えば、スーパーコンピューターの騒音や溶接現場の高周波、工事現場の騒音の中など、騒音下で長く仕事をしている方は、難聴になってしまうことが多いそうです。そこで、耳を塞いで騒音による難聴予防をしながら、職員同士が必要な会話が可能になるコミュニケーションデバイスを開発できたらと考えています。

ものづくりはどうしても開発から販売まで時間と費用がかかります。今は聴こえをサポートする商品を開発していますが、今後は耳を守る商品を開発するという新しい取り組みのためにも、資金調達をどう乗り越えるかが課題ですね。

-御社を一言でもし表すとしたらどんなふうに表現されるでしょうか?

聴こえに悩んでいる人に聴こえを届ける。そしてより良い人生を歩んでいただくことに貢献できる会社」です。
まだ、聴こえの問題はあまりクローズアップされていないのですが、悩んでいる方が多くいらっしゃいます。日本は人口が1億2600万人ほどいますが、その中で軽度から聾唖に至るまで、聴こえが不自由なことで生活に支障をきたしている方は、統計によれば1400万人ぐらい、つまり10人に1人以上いると言われています。しかし、聴こえに悩む人に対してのケアが確立していないという社会問題があります。例えば、補聴器は自治体によりますが、障害者手帳を持っていれば定価の10~20%ぐらいで買うことができますが、手帳がない大半の方は、数十万円する補聴器が自己負担となるため、簡単に買うことができません。こういう現状に対し、我々の骨伝導技術で、比較的安く音にアクセスでき、Quality of Lifeが上がっていくという、社会貢献を実現していきたいと考えています。


久保社長の”座右の銘”
「面白がる」
どんなに自分が苦境に立たされたとしても、難しい判断を迫られたとしても、これをある意味面白がって取り組んでみることが、自分のさらなる成長に繋げることができるのではないでしょうか。


投資担当者からひと言
「Vibone(バイボーン)」は多くの人に必要とされる商品になると判断し、投資をさせていただきました。投資直後はコロナ禍の影響を受け、思うような事業活動が行えずもどかしさもありましたが、ユーザーの声に向き合う久保社長の真摯な姿勢で製品の改良を試みるいい機会になったのではと感じています。同社の製品がより多くの人に届けられるよう、引き続きサポートしていきます。(小林 祐也)

インタビュアーからひと言
創業者である田中氏が難聴の方の聴こえに対する困りごとをなんとかしたいと研鑽し続けた技術が、2代目久保社長により世に届けられ始めました。難聴の方の想いを受け止め、技術で返す、この難聴の方との真摯なコミュニケーションの先に、田中氏と久保社長が目指す「難聴者が社会の一員としてより良い日々を過ごせる世界」が、少しずつ近づいているように感じました。

投資ファンド
こうべしんきんステップアップファンド


◆ソリッドソニック株式会社ウェブサイト
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