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太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第06話 お前がハニー

「あたしがあんたを照らしてやるか……」
「そうだね。俺もそう思う」

なにか浅荷に俺が照射されることになるみたいだから、脊髄反射みたいに適度に誤魔化していた。

二人は再び歩き出し、商店街の賑わいの中を進んでいった。焼きたてのパンの香りや、カフェとかになにか(多分カフェからなのだろうが、カフェをカフェと認識したくないからこのような言い方になった。そもそもカフェという単語から気取りすぎててきついので、喫茶店と言うべきだった)から漂うコーヒーの香りが周囲に広がり、穏やかな時間が流れていた。

あの店売り特有のコーヒーの香りと店売り特有の焼かれた肉が混ざりあった香りはマジでなんなんだろう?ファーストフードのようなクソどうでもいい薬剤とかが散りばめられただろう肉の香りも、冷凍でそれなりの肉を売るファミレスのそれも、ガチ目に一流の人々が焼いてる肉も、それぞれの店で同時に売るコーヒーの香りと混ざり合ってもなぜ食欲を換気するんだろう?

香りが物理的に鼻腔に降り掛かってくる現象なのであれば、あの混ざりあった香りの群々はそれぞれの肉にそれぞれのコーヒーをぶっかけたようなものだろうに、なぜ腹が減る香りなのだろうか?

「ところで、あんたの筋トレってどんな感じ?」浅荷は興味深そうに尋ねた。
「主に懸垂と体幹を鍛えるエクササイズです。学校が終わった後に少しだけ」
「懸垂ってすごいね。私もやってみたいけど、腕壊しちゃあれだしなかなかできないんだよね」
「最初は誰でも難しいと思うけど、続けてるうちにだんだんできるようになるよ。浅荷も何かやってんの」
「うーん、あたしはバレー部での技術をもっと磨きたいかな。自分のペースですごい簡単なスクワットとか……意味あるかわからんけど腹筋したりするけど」
「女の人も腹筋なんてするんだな」
「それは偏見だな~~。あんたも筋トレを続けてるなら、体もだいぶ変わってきたんじゃない?」
「わからない。最初は力がどこにも入らなくて、こんなことする奴いるのか?とかすらだったけど、続けてるうちに鍋を片手で持って洗えるようになって驚いた」
「鍋を洗う?なんだあんたも料理できんの。弁当なんていらなかったんじゃん」
「いや、家族がいて作り置きしてくれたときとかに……」
「ああ~」

浅荷はそう言って微笑んだ。その笑顔で俺はこの普段決して眺めない土曜日の空に対して感じていた違和が少しだけ軽くなったような気がした。俺がここにいてもいいのだと。

【謝辞】
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