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人類初の大学が閉鎖した理由(哲学講座7)

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さて、前回は哲学に終焉が訪れた話だったね。
イエスキリストが誕生して、混乱中にあった哲学世界は真理を手にしたんだ。
そして、ずーっと続いていた人類初の大学、プラトンのアカデミアは閉鎖に追い込まれたんだ。(その詳細はこっち

1.ローマ帝国がキリスト教国家に!

てかさ、一瞬話変わるけど、(変わるなよ!)多分この辺って、高校の世界史で出てくるところだよね?覚えておいた方がいいよね?
じゃあ、話戻るね。
ローマ帝国は381年にキリスト教国家になったんだ。
これは、有名な話だね。

てか、イエスキリストが誕生しておよそ400年くらいで国の国教になるくらいだから、イエスキリストの当時のインパクトと後世に残したものは人類稀に見るものだったんだね。
このキリスト教が正典にしている聖書ってみんな読んだことある?
まさか、読んだことないとかだったりするかな。
ボクも本好きだけど、村上春樹、重松清、太宰治、夏目漱石、を圧倒的に超えるベストセラーで最も発行部数の多い本としてギネスにも登録されているものだから、キリスト教信者であってもなくても、まず、持っておいた方がいいし、人生で一回くらい読んでおいた方が良いよ。教養だから。

紙で読みたければ、こちらから。
アプリで読みたければ、良ければこちらから。
全ての書物の原点と言っても過言じゃないからね。
こんなブログ読んでないで、一旦聖書読んでみよう。(ただ、キリスト教系は異端っていう新興宗教が大流行してるから、気をつけてね!なんかわからないけど、知りたければボクまでコンタクトしてね!)
あれ、なんの話だっけ?
聖書ってすげーよって話?
違う違う。いや、違くないんだけど。
そう、ローマ帝国がキリスト教を国教にした話だね。
それから少し経った、529年にはプラトンのアカデミアが閉鎖されたんだね。
その理由としてはキリスト教以外のことを教えているものは、禁止されたからなんだ。

2.アカデミアに変わる教育機関

さて、じゃあそのあとの教育機関ってどうなったのって思うよね。
アカデミアが閉鎖された年に、キリスト教のベネディクト会が修道院を開院したんだ。

そしてこれから先は学問、思想、瞑想をこの修道院が一手に引き受けたんだね。
まあそうしたら当然キリスト教的な地盤はどんどん堅くなっていくよね。
そして、ここからは、もう本当にずーっとキリスト教が真理で中心となっていくんだ。
それは、哲学にも同じことが言えて、中世の哲学にとってキリスト教は真理だったんだ。
だから、ひたすらキリストをいかに信ずるべきなのか、理性はキリスト教の真理に近づくたすけのなるのか。
ギリシア哲学と聖書をはどう理解できるか。
聖書と理性は矛盾していないだろうか。っていうことに発展していくんだ。
信じるってなんなんだろう?
とかそーゆーことになっていくんだね。
だから、この先に出てくる哲学者は同時に神学者であったり、祭司だったりしたんだよね。

3.中世への入り口

そんな感じで中世へと入っていくんだけど、このいわゆるキリスト教哲学の中にも何人か特筆してあげておく人物がいるんだ。
それは次回見ていくことにしよう!
それまでにできれば、話を簡単にしたいから、聖書をちょっとでも読んでおいてくれると良いね!
どこから読むのって思ったら、まあ、まずはマルコの福音書ってところを読んでみよう!
いいかい?君は真理を知りたいという人間の最大の難問に取り掛かろうとしているんだ。
哲学っていうのはそういう学問だからね。
であるなら、人類に最大インパクトを与えている聖書を読まずして何かを知ることはできないよ。
だから、君がもし本当にこの哲学に向き合っていきたいなら聖書を読むことを強くオススメしておくよ!

次のブログも100倍面白くなると思うからね。
では、聖書を読んだキミと次回のブログでお会いできるのを楽しみにしているよー!!

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