【掌編】七夕心中

ねぇ、もうそんなこと気にしないで私たちのことだけを考えましょうよ。
織姫は僕の手を握って俯いている。

天帝の命令から14日目、僕達は明日からお互いの姿すら見えない天の川の対岸に引き離される。

織姫は、僕に駆け落ちしようと言うのだ。

1年に1度7月7日の夜にだけ逢える、これは愛し合う僕らには耐え難い事だった。愛にかまけた罪と罰。愛の罪は愛で償わされるのだ。

天帝の命令になんて逆らえない。僕はなんの取り柄もないただの牛飼だ。
君だって父親の偉大さはよく分かってるはずだ。そんなことをしたら僕達はこの天界で生きていけなくなる。
僕だけがそうならいい。でも君まで明日も不確かな生活なんてさせられない。僕のために命を賭して欲しくない。

しかし、織姫の気持ちは固かった。
私は、機織り機じゃない。父の言いなりになんてなりたくない。あなたさえいればそれでいいのです。
この先、天の川の濁流に飲まれようと私はあなたと死にたいの。

僕はどうするべきなんだろう。
時間はない。太陽が登る頃、僕達は引き離される、来年まで逢えないのだ。

彦星様、あなたのお気持ちはその程度で揺らぐものなのですか?私は覚悟しております。

その瞳はしっかりとこちらを見据え、微塵の迷いもないように見えた。

怖いのは、僕だけだ、君のことも、今の生活も全てを失うのが怖い。意気地がなくてすまない。

でも、ひとつ。僕も死ぬなら織姫さま、あなたとがいい。

君となら、生きることも、死ぬことも怖くないような気がする。

僕は強く織姫の手を握り返した。太陽が望む。朝が来る。僕達は一蓮托生だ。

生きることも死ぬことも一緒なら怖くないだろう。

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