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長期経営計画のすすめ Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 7. 長期業績計画をつくる


Ⅳ 企業戦略_一次長期計画は、企業戦略の大枠を策定するフェーズになります。今回は長期業績方針を決定します。より実務的なイメージをもっていただくために、前半はケーススタディを、後半にポイントを記述していきます。


1. ケーススタディ

設定

明智「本日の会議のアジェンダは長期業績方針です。当社はこれまで中期経営計画も策定していなかったので、毎年第4四半期ごろから翌期1年分のPL計画を策定するというサイクルでした。長期業績方針としてどのような内容を決定するのか、前山さんより説明をお願いできますか?」
前山「何度かお話ししてきましたが、長期経営計画とは、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業ポートフォリオを明らかにし、それを実現するための計画です。これまでに実現したい未来、つまりビジョンや目指す事業ポートフォリオを決定してきました。それらが実現した時に、わが社の業績がどのような状態になっているを明示することが長期業績計画になります。」
専務「ビジョンの実現と、業績計画の達成、そのバランスはどう考えればいいですか?」
前山「『企業経営の目的がビジョンの実現であり、その目的達成を支えるのが業績』、と私は考えています。長期的な取り組みを支えることができるような安全性や収益性が業績には必要になってきます。」
社長「わが社を倒産させる訳にはいかないから、やはり初めは安全性から検討を進めるべきかな?」
前山「はい、その通りです。以前の『Ⅱ 企業戦略 現状分析 _6. 企業会計を分析する」にて検討した、借入金を適正水準にすること、つまり自己資本比率を40%以上を保つことが一つの目安になります。BSを改善するには一定期間が必要になりますので、長期経営計画として着実に進めていくことが重要になります。」
明智「わが社の自己資本比率は前期末52%です。借入残高も2.5億円程度なので問題ないでしょうか?」
前山「はい、現時点では安全性に問題なく、とても健全な財務体質です。今後検討すべきことは、これから2つの新規事業を立ち上げていく計画ですので、投資が必要になってきます。現在、現預金で15億円ほどありますが、今後は新たな借入を行わずに取り組みを進めることができるのか、キャッシュフローも長期計画を立てていきます。」
専務「なるほど、PL、BS、CFの3つの長期計画を策定するのですね。まずはBSとして2030年の自己資本比率40%以上を一つの方針にしましょう!」
前山「では、次にPLの中で2030年の売上を検討しましょう。具体的には今期着地売上57億円の全社売上を2030年にいくらにしたいか、内訳として既存事業をいくらにして、2つの新規事業をいくらにしたいか?を考えていきましょう。」
社長「既存事業はここ数年はほぼ横ばいだが、意志で決めていくことになるのかな?」
前山「最終的には意志になりますが、参考指標として市場の成長率や競合の経営計画を確認することをお勧めします。」
明智「調査レポートだと医療系の人材紹介の今後5年間の市場成長率は2.1%、競合他社の中期経営計画では年平均成長率で2%〜4%程度が多いです。」
専務「では、そちらを参考としながら私の意志を含めて売上計画を検討します。新規事業の売上計画で注意すべきことはありますか?」
前山「2つの新規事業の類似する事業を行なっている上場企業があれば有価証券報告書や決算説明資料を見てPL内容を確認してみてください。過去、どのくらいの期間でどのくらい売上を伸ばしてきたのか、収益性や販管費の構造を確認してみてください。その上で今回の新規事業は新製品開発戦略で時間がかかることが予測されるので、初めて売上が立つのが2年目の2026年度、単年黒字化するのが最長5年目の2029年度としてそれに必要な売上額を検討してみてください。」
社長「専務は2030年に全社売上をいくらにしたいか、イメージはあるのかな?」
専務「根拠はありませんが、2030年まで6年間ありますので、100億円を目指したいという思いがあります。」
社長「100億か、うん、挑戦しがいがあるな。」

(この後、活発な議論が行われ、専務中心に2030年売上100億円、営業利益率16%、自己資本比率55%、現預金残高31億円の業績を方針として決定した)


2. 長期業績計画のポイント

長期経営計画における業績計画の一つ目のポイントは、5~10年にわたる期間での業績計画としてのストーリーを作ることです。長期経営計画は、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業ポートフォリオを明らかにし、それを実現するための計画です。事業ポートフォリオを変更するということは、既存事業の撤退や新規事業の創出が伴い、それには一定の期間が必要になります。それに伴い、一時的な売上や利益の減少、また投資の増加によるキャッシュフローや自己資本の減少などが起こる可能性があります。しかしながら、その状況は計画された一時的なことであり、実現すべき業績に向かっていることをストーリーで語ることで、短期や中期の計画では着手できない大きな変革に取り組み、業績を抜本的に改善することが可能になります。

二つ目のポイントは財務三表(PL/BS/CF)の長期経営計画の各年度の大枠の数字を経営陣に事前に策定することです。その上で、各事業責任者や部門責任者に計画策定を指示していきます。大枠の数字については以下の通りです。

PL
売上:全社および各事業の各年度の売上
利益:全社および各事業の各年度の営業利益、営業利益率
BS
各年度の資産、負債、純資産額
CF
各年度の営業、投資、財務キャッシュフロー

私自身も経営者として、また事業側の経営企画としても長期経営計画の業績計画策定に関わってきました。その経験から言えることは、経営陣としては大枠の数値を完成させてから事業側に指示していくことが、ボトムアップで事業側から策定するよりも、より良い計画が策定できるということです。

長期経営計画における業績計画とは、長期的に取り組むビジョンの実現を支えるための業績計画です。主に既存の延長線上で検討する次年度の予算づくりとは異なり、財務の健全化や資金調達、キャッシュフロー管理が伴ってきます。よって大枠を経営陣にて完成させた上で、どの項目まで開示して各事業や部門に落とすのかは、各社の状況に合わせて検討いただければと思います。

三つ目のポイントは旗印となる売上計画を策定することです。事業ポートフォリオの見直しに伴い、多くの場合には新たな事業創出に挑戦することになります。新規事業の売上計画を立てることはとても難しく、市場や競合の動向から目安は探りますが不明確なことばかりです。「新規事業の売上金額は一定立ち上がってくるまで計画しない」という考え方もありますが、私はビジョン実現に向かって貴重な人材や資金の投資を行い取り組む上で、新規事業であっても最初から売上計画を立てつことは不可欠だと考えています。

売上金額が大きいということは、多くの顧客に多くの価値を提供していることであり、そのことはビジョン実現につながっていきます。実際の長期売上計画策定は意志による部分が大きいですが、それぞれの企業にとって旗印となる売上金額、つまりケーススタディだと100億円というような金額を示すことで、経営者の姿勢を示し社員の意欲を掻き立てることが重要だと考えます。


今回は以上となります。次回は「Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画 8. 投資枠を設定する 」について書くつもりです。


【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める 
Column 事例を調査する

Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析
1. MVVを振り返る 
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる

Ⅲ 事業戦略_ 現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究

Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める
7. 長期業績計画をつくる    ←今回
8. 投資計画をつくる           ←次回

9. 長期要員計画を策定する
10.長期組織体制を決定する
11.企業戦略を事業戦略に展開する
12.一次長期計画のまとめ
Column 事業承継に向けた長期経営計画

Ⅴ 事業戦略 _ 中期計画
1. 企業戦略を理解する
2. ミッション・バリューの見直しを検討する
3. 事業ドメインを決める
4. 目指す製品ポートフォリオを決める
5. 成長戦略を決める
6. 売上計画を精緻化する
7. 要員計画を精緻化する
8. 投資計画を精緻化する
9. 損益計画を精緻化する
10. ロードマップ・KPIを決める
11. 事業戦略を企業戦略へフィードバックする
12. 中期計画のまとめ

Ⅵ 企業戦略 _ 長期経営計画
1. 売上計画を確定させる
2. 投資計画を確定させる
3. 要員計画を確定させる
4. 採用計画を確定させる
5. 組織計画を確定させる
6. 人材育成計画を決める
7. 新規事業・M&A計画を決める
8. リスク管理計画を決める
9. IT投資計画を決める
10. 財務三表計画を決める
11. ロードマップ・KPIを決める
12. モニタリング計画を決める
13. コミュニケーションを開始する
14. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画


最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)

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