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長期経営計画のすすめ Ⅲ.事業戦略_現状分析 Column 経営計画の先行研究



1. 先行研究とは?

私は社会人となり仕事を継続しながら神戸大学大学院経営学研究科現代経営学専攻(MBAプログラム)に入学しました。当時は情報通信業の中小企業経営者で、常に自らの意思決定に迷っている中、意思決定の支えとなる知識を習得したいという思いで入学しました。

大学院の修了に向けた論文作成があり、そこで先行研究を調査することを経験しました。先行研究とは、これから取り組もうとする研究テーマと同じ、もしくは近しい内容において、先に発表されている研究者による学術論文や専門書などを指します。先行研究を調査することで、これまでの研究テーマにおける実績を理解することができます。

今回、経営計画の先行研究の調査になりますが、経営計画を取り巻く様々な疑問や関心について既に定量的な分析を踏まえた回答が明らかになっていることが多くあります。「これから研究しよう!」と思っていたテーマが既に研究されていることは多々あり、それでもあえて研究を進めるのか思案することになります。

また、これまでの研究者による分析手法を知り、学ぶことができます。近しい研究はされているが、自分の関心のあるテーマは未だ研究されていない場合などは、それらの分析手法を踏襲し進めることが多くあります。先行研究を調査することは、研究の独創性を確保し、研究の質を高め、研究の効率を上げることにつながる重要な取り組みです。

先行研究の学術論文や専門書を調査するには、CiNii ResearchやGoogle Scholarなどの検索サイトを活用します。CiNii Researchは、国立情報学研究所が提供するサービスであり、日本の大学や研究機関が発行した論文や書籍などを中心に、約2,000万件の学術情報を収録しており国内の調査に有効です。

CiNii Researchにて『経営計画』と検索すると(2024.6.11時点)、6,085件の検索結果があり、論文で2,939件、本で2,991件という結果となります。ビジネス実務で先行研究を活用する上で、6,085件を全て確認するのは非効率です。よって、【被引用件数:多い順】で並べ替え、上位に表示される論文や書籍の名前、抄録を確認し、自身の関心の高いものを見つけ読むことをお勧めします。ただし、PDFやWEBサイトにて無償で読めるもののあれば、学会誌などで会員登録が必要なもの、国立国会図書館に行って借りるなどが必要な時があるので注意してください。


2.経営計画の先行研究

それでは経営計画に関する先行研究を見ていきます。まず経営計画というテーマに関しては近年あまり研究がされてない現状があります。多くの企業が経営計画を策定していますが、実証的な分析に基づく研究は、ほとんど見られません。

そんな中、2011年に経営計画が企業業績へ与える影響についての経験的な検証が発表されました。その論文では下記のことが明らかになっています。

・外部への報告を経営計画の目的とすると、ROAなどの企業業績に負の影響を与える
・最終年度を1年づつ先に加え、毎年更新する前進ローリング方式にて経営計画を更新するとROAに正の影響を与える

福嶋誠宣, 米満洋己, 新井康平, & 梶原武久. (2011). 経営計画が企業業績へ与える影響についての経験的な検証. 神戸大学経営学研究科 Discussion paper, 2011.


また2012年には中期経営計画の策定・開示に関するサーベイ・リサーチが発表されました。中期営計画について質問表調査にて375社の回答を得て、中期経営計画策定の実態を明らかにしました。

・375社中329 社(87.73%)が中期経営計画を策定。
・8 割を超える企業で経営企画部が担当。約半数の企業で経営企画部は大枠を示し,内容は関連部門に任せる形式で策定。約3 割の企業では必要なデータについては関連部門から提供を受けつつ経営企画部が主導して作成。
・中期経営計画の期間は8 割を超える企業が3年間と設定し、138 社(41.95%)が固定型、186 社(56.53%)がローリング型を採用。
・中期経営計画策定の目的としては、97.26%の企業が「会社の目指す目標の
設定」と回答。次いで「投資家への説明資料」(65.05%)、「従業員に対
する説明資料」(64.74%)。
・中期経営計画に織り込まれている情報については「事業戦略」(93.31%)、「財務目標」(78.12%)、「経営ビジョン」(75.68%)。
・中期経営計画を外部に開示している企業は213社(64.74%)。また開示する目的については「会社の目指す目標の伝達」(96.24%)、「経営戦略の伝達・理解促進」(81.22%)、「株主との信頼関係の構築(74.18%)。
・開示媒体については自社ホームページ(72.77%)、決算説明会資料(68.54%)、決算短信(49.77%)。
・開示の機会については自社ホームページ(72.77%)、アナリスト説明会(69.01%)、決算説明会(68.54%)。
・中期経営計画に織り込まれる財務目標については「売上高」(81.07%)、
「営業利益」(75.73%)、経常利益(63.47%)であり、中期経営計画に織り込まれる財務目標は損益計算書関係の指標が中心となっていることが分かる。
・財務目標の設定の際に考慮される項目については「前期の業績」(91.19%)、「競合企業の業績」(37.08%)、「アナリストなど市場の期待」(30.09%)。
 ・今期の業績予想を決定する際に中期経営計画で示された財務目標はどの程度意識するかという設問に対しては46.54%と半数近い企業が「非常に意識する」と回答。「非常に意識する」に「まあ意識する」を加えた比率は90.25%。
・中期経営計画を策定していない理由として最も多かったのが「単年度ごとの計画を策定しているため」(78.26%)、「効果がないため」(15.22%)。

中條祐介. (2012). 中期経営計画の策定・開示に関するサーベイ・リサーチ. 横浜市立大学論叢. 社会科学系列, 63(1, 2, 3 合併), 83-119.


少し期間が空いた2021年には、中期経営計画の特性と目標達成が発表されました。財務目標の種類や目標のストレッチ度および達成度について日経225の企業の財務データを元に明らかにしました。

・設計する財務目標数の平均は4.61個で、営業利益が最も多く、売上、ROEと続いていた。
・財務目標の組み合わせについて、P/L指標、B/S指標、資本効率を設定する企業は多い一方、C/F指標を設定する企業はわずかであった。
・達成財務目標割合が高かった業種は「電気・ガス」「情報通信・サービスその他」であった。
・財務目標のストレッチ度(中期経営計画開始年度の前年度実績と中期経営計画の最終年度の比較)は、当期利益、経常利益、営業利益といった利益額に関する指標は、すべて140%を超え高い傾向にあった、
・財務目標の達成度は当期利益を除き、9割を超えており、総じて高いことを確認した。
・更新方法と達成財務目標割合の関係について、ローリング方式を採用している企業の方が、他の更新方法を採用している企業よりも達成財務目標割合が高いことを確認した。

吉田栄介, 藤田志保, & 岩澤佳太. (2021). 中期経営計画の特性と目標達成. 三田商学研究, 64(4).


3. 先行研究からの学び

ビジネスの実務において、これから初めて経営計画を策定する際や、もっと経営計画を改善したいときには本を読んだり、セミナーを受講したり、インターネットで検索して情報を得ることが多いでしょう。それ以外の有効な選択肢として先行研究があります。

今回紹介した3つの論文の研究から下記の点が参考になると思います。初めて中期経営計画を策定しようと思っている社長から、「中期経営計画について少し調べてみて」と依頼を受けた経営企画の方の回答をイメージして記載してみます。

  • 代表的な3つの論文の調査では、企業の90%弱が中期経営計画を策定し、うち外部に開示している企業は約65%のようです。

  • 反面、中期経営計画を策定していない理由として最も多かったのが「単年度ごとの計画を策定しているため」や「効果がないため」のようです。

  • 中期経営計画策定の目的は「会社の目指す目標の設定」や「投資家への説明資料」「従業員に対する説明資料」のようです。

  • ただし、外部への報告を経営計画策定の目的とすると、ROAなどの企業業績に負の影響を与えることがあるそうです。

  • 中期経営計画策定企業のうち80%以上が3年間で策定しているようです。

  • 中期経営計画に織り込まれている主な情報は「事業戦略」や「財務目標」および「経営ビジョン」のようです。

  • 財務目標数の平均は4.61個で、営業利益が最も多く、続いて売上、ROEのようで、P/L指標、B/S指標、資本効率を設定する企業は多い一方、C/F指標を設定する企業はわずかのようです。

  • 財務目標の設定の際に考慮する情報については「前期の業績」や「競合企業の業績」および「アナリストなど市場の期待」のようです。

  • 財務目標のストレッチ度(中期経営計画開始年度の前年度実績と中期経営計画の最終年度の比較)は、当期利益、経常利益、営業利益といった利益額に関する指標は140%を超え高い傾向があるようです。

  • 財務目標の達成度は当期利益以外は9割を超えており、総じて高い傾向のようです。

  • 最終年度を1年づつ先に加え、毎年更新する前進ローリング方式にて経営計画を更新すると達成財務目標割合が高いようです。


この報告は、これから中期経営計画を策定しようとする社長にとって非常に価値のある内容ではないでしょうか。論文の内容は、専門家の方々が多くの時間と労力を費やして、アンケートやインタビューなどの事実に基づく分析や考察ですので、それらを参考にすることで、より質の高い経営計画の策定につながると思います。

皆さんもぜひ、ビジネスにおいて学術的な知見を積極的に活用してみてください。


今回は以上となります。次回は「Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画 1. 長期ビジョンを決める 」について書くつもりです。

【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める 
Column 事例を調査する

Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析
1. MVVを振り返る 
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる

Ⅲ 事業戦略_ 現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究   ←今回


Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画
1. 長期ビジョンを決める            ←次回
2. 企業ドメインを決める
3. 目指す事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を決める
5. 新規事業・M&A戦略を決める
6. 一次業績計画を策定する
7. 一次投資枠を設定する
8. 全社一次要員計画を策定する
9. TOPマネジメントを決定する
10. 企業戦略を事業戦略に展開する
11. 一次長期計画のまとめ
Column 事業承継に向けた長期経営計画

Ⅴ 事業戦略 _ 中期計画
1. 企業戦略を理解する
2. ミッション・バリューの見直しを検討する
3. 事業ドメインを決める
4. 目指す製品ポートフォリオを決める
5. 成長戦略を決める
6. 売上計画を精緻化する
7. 要員計画を精緻化する
8. 投資計画を精緻化する
9. 損益計画を精緻化する
10. ロードマップ・KPIを決める
11. 事業戦略を企業戦略へフィードバックする
12. 中期計画のまとめ

Ⅵ 企業戦略 _ 長期経営計画
1. 売上計画を確定させる
2. 投資計画を確定させる
3. 要員計画を確定させる
4. 採用計画を確定させる
5. 組織計画を確定させる
6. 人材育成計画を決める
7. 新規事業・M&A計画を決める
8. リスク管理計画を決める
9. IT投資計画を決める
10. 財務三表計画を決める
11. ロードマップ・KPIを決める
12. モニタリング計画を決める
13. コミュニケーションを開始する
14. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画

最後に私の著書を紹介させてください。


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