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長期経営計画のすすめ Ⅱ.企業戦略_6. 企業会計を分析する



1.安定性を分析する

企業を存続させることは経営において重要なテーマです。よって企業会計の分析では、まず初めに企業の安定性を分析していきます。

経営者には「借入金は適正水準にしたい」という思いはあるでしょうし、連帯保証がついている経営者はなおさらでしょう。事業特性上、多くの設備投資が必要であったり、過去の大型投資がうまくいかなかったことなどが原因で借入金が膨らみ、その結果、支払い利息が多くなり、元本の返済が進まない状況に陥る企業もあると思います。

安全性を示す代表的な指標として自己資本比率があります。自己資本比率についてはこちらのサイトでわかりやすく説明されています。

また、このサイトに中小企業の産業別平均値も記載されています。全体平均値が40.92%となっており、近年は上昇傾向にあるようです。

皆さんの会社が全体や産業別の平均値を大きく下回っている場合、自己資本比率は短期間で一気に改善することが難しい指標ですので、長期経営計画において着実に改善していく必要があります。

一方、自己資本を高めると資本効率が下がるという考え方もあります。アメリカの有名な企業において、自己資本比率がマイナスの債務超過でありながら、株価が上昇し続けている事例もあります。またROIC経営と言われる資本効率を高めることを目的とした経営手法もあります。(ROICやROIC経営についてはこちらのサイトでわかりやすく説明されています。)

自己資本を高めるか、資本効率化を求めるかは、それぞれの企業が置かれている状況や経営者の判断により異なってくるので、どちらが正解ということはないでしょう。ただし、安定性が低く倒産のリスクが高い企業は、経営者にとってはストレスが大きく、従業員にとっては不安が増加することに間違いはなく、まずは安定性を高める取り組みが必要だと私は考えています


2.収益性を分析する

私は『長期経営計画とは、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業構成を明らかにし、それを実現するための計画である』と定義しています。『Ⅱ.企業戦略_2.事業構成を分析する』において、事業ポートフォリオ分析について紹介しました。そこでは事業の利益率が重要であることを示しました。ここではもう一段、詳細かつ実践的な損益管理による収益性の分析方法を紹介していきます。

複数の事業を展開している企業では、事業ごとの損益管理を実施しているでしょう。収益性を分析する上で事業ごとに管理すべき数値は、①売上 ②変動費 ③直接固定費 3つです。この数値がわかることで、限界利益(率)、貢献利益(率)を算出できます。各数値についてはこちらのサイトでわかりやすく説明されています。

可能であれば、事業ごとに過去3年間の業績を抽出し、それぞれの推移を確認します。

事業ごとの数値が出揃った上で、数値面から各事業の今後の方向性【①撤退検討】【②改善検討】【③注力検討】の目安を立てていきます

【①撤退検討】
限界利益での赤字(マイナス)であれば、売れば売るほど、赤字は増加していきます。直接固定費でさらに赤字が膨らむため、余程の理由がなければ撤退検討になります。貢献利益での赤字の場合も、売上増加や変動費・直接固定費の減少に抜本的に取り組む必要があり、非常に難易度は高くなります。この場合は撤退を選択肢に入れながら検討を進めることになります。
ただし、最近立ち上げた新規事業の場合や一時的な要因で起きた事象であれば撤退という判断にはなりません。3ヵ年間の推移もみた上で総合的に検討していきます。

【②改善検討】
貢献利益で黒字(プラス)であるものの、その利益額や率が低い場合です。貢献利益は直接固定費しか加味していないため、全社の管理部門等の全社固定費を配賦すると事業営業利益が減少することになります。時系列での推移をみた上で、売上増加や変動費・直接固定費の削減などの改善に取り組むことになります。
もし、この事業を撤退しようとしたときには注意することがあります。その事業に全社固定費が配賦されているため、それを削減できなければ別の事業にその全社固定費を配賦することになり、別の事業の営業利益が減少することになります。この場合は全社視点での検討が必要になります。
また同じく、最近立ち上げた新規事業の場合や一時的な要因で起きた事象であれば判断が変わってきます。

【③注力検討】
貢献利益で黒字であり、利益額も大きく、利益率も高く、時系列でみても上昇している事業はさらなる注力を検討します。資金や人員などの投資を強化しながら、より貢献利益額や率を上げることに積極的に取り組んでいきます。

事業ごとの集計に全社固定費を加えたものが全社数値になります。各事業同様に限界利益額(率)や貢献利益額(率)、さらに全社固定費を加え全社の営業利益額(率)を3ヵ年の推移で確認します。ここでは各指標における問題点を明らかにし、この後、長期経営計画において目指すべき数値を決めていくことになります。


3.労働生産性を分析する

生産性を分析する種類としては、人材に関わる労働生産性のほか、資金に関わる資本生産性設備に関わる設備生産性などがあります。『 Ⅱ.企業戦略_4. メガトレンドを調査する 』に記載しましたが、日本国内における人口動態の変化は大きく、生産年齢人口の減少への対策は長期経営計画策定における重要テーマの一つです。よって、ここでは労働生産性の分析方法について具体的に記述していきます。

『一人当たり限界利益額』と『一人当たり人件費』を、全社および事業部単位で過去3ヵ年間を目安に算出、合わせて労働分配率とその逆の人件費生産性も算出します。人件費には労務費も合わせて全社(事業部)として算出し、従業員への支払った金額の合計に福利厚生費や退職金等の引当金も合算してください。

労働生産性を分析すると大きく3つのケースに分類されます。全社の数値を確認した上で、事業別の数値を確認していきます。

【ケース①】
全社の数値において
『「一人当たり限界利益額」と「一人当たり人件費」は増加しながら「労働分配率」は横ばい』
という結果であれば、企業は順調に成長しているでしょう。その中で、全社数値以上に「一人当たり限界利益額」が高い事業や低い事業を特定していきます。

【ケース②】
全社の数値において
『「一人当たり限界利益額」が減少、「一人当たり人件費」は増加しながら「労働分配率」が増加』
であれば、営業利益は悪化しているでしょう。その中で、「一人当たり限界利益額」の減少に大きく影響している事業を特定していきます。

【ケース③】
『「一人当たり限界利益額」が減少、「一人当たり人件費」も減少しながら「労働分配率」が維持』
であれば、離職率が上昇しているかもしれません。「一人当たり限界利益額」および「一人当たり人件費」の減少に大きく影響している事業を特定していきます。

これまでは、終身雇用という制度の中で固定費である人件費を増加させることに慎重だった国内の企業ですが、生産年齢人口の減少の影響がいよいよ現実味を帯び、有効求人倍率は高止まりし、人材の流動化が促進しています。さらに長期間のデフレからインフレ局面に移行しつつある中で、年収を上げるための転職は一般化していくでしょう。経営者には人件費を上げ続けることを前提条件として、それを実現するために限界利益を高める事業ポートフォリオを構築することが、これまで以上に求められます。

長期経営計画を策定し、「一人当たり限界利益額」を増加させながら「一人当たり人件費」を段階的に、着実に増加させていくことが重要になります。


今回は以上となります。次回は「7. これからのMVVを決める」について書くつもりです。


【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める 
Column 事例を調査する

Ⅱ 企業戦略
1. MVVを振り返る 
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する     ←今回
7. これからのMVVを決める   ←次回

8. 企業ドメインを決める
9. 目指す事業ポートフォリオを決める
10. 成長戦略を決める
11. 新規事業・M&A戦略を決める
12. 一次業績計画を策定する
13. 一次投資枠を設定する
14. 全社一次要員計画を策定する
15. TOPマネジメントを決定する
16. 企業戦略を事業戦略に展開する
Column 事業承継に向けた長期経営計画

Ⅲ 事業戦略
1. 過去の事業業績を分析する
2. 現在の製品ポートフォリオを可視化する
3. 外部環境を分析する
4. 企業戦略を理解する
5. ミッション・バリューの見直しを検討する
6. 事業ドメインを決める
7. 目指す製品ポートフォリオを決める
8. 成長戦略を決める
9. 売上計画を精緻化する
10. 要員計画を精緻化する
11. 投資計画を精緻化する
12. 損益計画を精緻化する
13. ロードマップ・KPIを決める
14. 事業戦略を企業戦略へフィードバックする
Column 経営計画の先行研究

Ⅳ 計画完成
1. 売上計画を確定させる
2. 投資計画を確定させる
3. 要員計画を確定させる
4. 採用計画を確定させる
5. 組織計画を確定させる
6. 人材育成計画を決める
7. 新規事業・M&A計画を決める
8. リスク管理計画を決める
9. IT投資計画を決める
10. 財務三表計画を決める
11. ロードマップ・KPIを決める
12. モニタリング計画を決める
13. コミュニケーションを開始する
Column 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書と副業で経営している会社の紹介をさせてください。


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