記事一覧
すばらしき新世界 (29)
体育館の照明はついていなかったが、校庭からの照り返しで十分な明るさだった。壁際では他にも身体測定を終えた生徒たちが、思い思いに座って雑談をしていた。
「ここ、涼しいな。」
風が、二人の背中に面した窓から、向かい側の開放した扉や窓へ抜けていく。慎は、抱えた左膝に頭をのせ、右足を投げ出した先をぼんやり見ていた。
「広瀬んちって、兄弟いる?」
「いや。」
「そっか。うちは、三人兄弟なんだ。俺の下に中一
すばらしき新世界 (28)
高校に入学して、座席が前後だったことがきっかけで話すようになった萩原慎は、誰に対しても壁を作らない人だった。これまで悟の周りにいた人たちは、趣味趣向や性格が似た者同士で親しくなり、タイプの違う人には当たり障りなく接する人がほとんどだったが、慎は友人とつるんで行動するということはなく、悟がいなければ一人でいた。かといって人づきあいが苦手なわけではない。誰とでもフレンドリーに話せて、皆から好かれてい
もっとみる春の日は俳句とともに〜1日1俳句〜
note創作大賞2024。応募したいけれど、今書いているものは応募期間に完成させられそうもありません。かといって、今書いているものを放置して新たに書くのもどうなのか。でも、私も祭りに参加してみたい。そうだ、前書いたものがあったじゃないか、というわけで、以前1ケ月ほど書いていた俳句+添え書きを応募してみることにしました。
正直、俳句としては全然ダメなものばかりなのですが、それまで全然創作とは無
すばらしき新世界 (27)
登和が戻ってきたのは八時過ぎだった。
「お腹すきませんか?」
登和はおにぎりと唐揚げをラップにくるんで持ってきていた。
「ありがとう。」
手を止めておにぎりと唐揚げを食べながら、悟は言った。
「ごめん。今度から帰りがけに買ってくるから。」
「おにぎりぐらいなら別に。」
「いや、そういうわけにはいかないでしょ。」
「そうですか。」
登和は英検の問題集とノート類をトートバッグから取り出した。
「私も
すばらしき新世界 (26)
放課後、悟は靴箱の所で登和を待った。終業のチャイムが鳴ってから三十分が過ぎ、帰宅する生徒の混雑は嘘のようにおさまっていた。付近にはもう誰もいない。
しばらく待っていると、登和が階段をうつむき加減で降りてきた。靴をはきかえてそのまま行こうとするので、悟はリュックを引っ張った。振り返った登和は浮かない顔をしていた。
「置いていく気?」
登和は首を横に振った。二人はそのまま外に出て、校門までの並木
すばらしき新世界 (25)
翌朝、詩乃は登和の所へは来なかった。悟が登校してきた。
「吉井さん、おはよう。」
「おはよう。」
目は合ったが二人はそれ以上会話をしなかった。朝練を終えた慎が登校してきた。
「おはよう。」
「おはよう、萩原。」
「昨日は楽しかった?」
無邪気に聞いてくる慎に、悟は笑顔で答えた。
「ああ、面白かったよ。」
「そっか、行きたかったなー」
「そっちは?練習試合どうだった。」
「一勝二敗。県総体ベスト八
俳句の勉強会4月報告(2)
昨日は娘の家へ様子見に行きがてら、一月に亡くなった夫の叔父宅へ線香を上げに立ち寄りました。叔母はようやく落ち着いたところだと、亡くなった時のことやその後の暮らしについて話してくれました。いつお会いしても本当に仲の良いご夫婦だったので、突然先立たれた悲しみはいかばかりであったことか。私たちには話を聞くことしかできませんでした。今までは二人でしていた庭仕事を一人でこなし、家にいてばかりではいけないと
もっとみる俳句の勉強会4月報告(1)
俳句に興味のある皆さま、こんばんは。fukahireと申します。俳句歴は、おーいお茶新俳句に年1回応募するようになって4、5年です。去年副賞のペットボトルをもらえました!きちんと勉強もせず、職場のレクリエーションで「誰か大賞とったら焼肉」を合言葉にみんなで応募していたのですが、周りが入賞していく中、自分はなかなか入賞できず、どうせ私なんてね…と思っていました。そんな私もついにお茶をもらえました☺
もっとみるすばらしき新世界 (24)
登和はしばらく声もなく泣いていた。悟はどう声をかけていいかわからず、黙って見守っていた。しばらくそうしていて、ようやく登和は落ち着いたようで、ぽつんと言った。
「……どうしてなんですかね。」
「ん?」
「詩乃ちゃん、あの時、すごい目で私をにらんでいたんです。」
「あー、それはー。」
悟は気まずそうに言った。
「俺が『今、吉井さんと付き合ってる』って言ってしまって。」
登和の目が点になった。
すばらしき新世界 (23)
佐伯さんは、話がある、と自分を学習室を出た先にあるベランダまで引っ張ってきた。午前中だったが、その日は日差しがきつくて、外はうだるような暑さだった。
「広瀬くん、今彼女いないって、ほんと?」
「話ってそれ?」
「有沙とは別れたの?」
「あー、うん。」
「なんで?」
「まぁ、いろいろ。受験もあるし。」
「ふうん。」
佐伯さんは黙ってベランダの下の街路樹を眺めていた。自分は話の雲行きが怪しいと思いな
すばらしき新世界 (22)
登和が戻ってきた。じゃあ俺もトイレ借りていいかな、と悟は席を立った。戻ってみると、登和は浮かない顔をして庭を眺めていた。
「どうかした?」
「いえ…。あの、私、詩乃ちゃんのことがずっと気になっていて。」
そうだった。本題に入る前に長々とよけいな話をしてしまった。
「つまり、その五番目の彼女というのが、詩乃ちゃんなんですね?」
「いや、違う。」
「じゃあ、六番目?」
「違うって。佐伯さんとは付き
すばらしき新世界 (21)
その頃付き合っていた彼女には、四月のクラス替えをきっかけにようやく別れを切り出した。受験に集中したいからと伝えたが、なかなか納得してもらうことはできなかった。
これまではどうやって別れていたんだろう。相手が部活や他の用事で忙しくなり、会う機会が減ったタイミングで、次の彼女にアプローチされて、というパターンが多かったかもしれない。次の相手がいれば、恨まれても最終的には別れられたが、次がいない状
すばらしき新世界 (20)
ふと考えてみると、これまで自分はずっと受け身で生きてきた。たまたま裕福な家庭に生まれて、受験でも、友人関係でも、どうすればよいかは考えるまでもなく、周囲の大人に導かれるまま行動すればよかった。恋愛だってそうだ。相手の好意を受け入れ、相手の望むように行動する。余計なことを考えずに流されていれば、何もかもうまくいった。自分一人の考えで試行錯誤したり、自分から誰かに好きだと言ったりしなくても、むしろし
もっとみるすばらしき新世界 (19)
カップ麺の空容器を片付け、ペットボトルのお茶を飲んで、二人は一息ついた。
「さっき買ったペットボトル、冷やしておきましょうか?」
「ありがとう。」
悟はミルクティーのペットボトルを登和に渡した。自分のメロンソーダと一緒に冷蔵庫に入れ、登和は悟の前に戻ってきた。
「さて。」
「うん。」
悟は言った。
「今から話すことは、他の人に話したりしないでくれる?他の誰にも話したことのない話だから。」
「は
すばらしき新世界 (18)
第二章
吉井登和の家は、駅から歩いて十分ほどの線路沿いにあった。奥行きのある敷地が二つの道路に挟まれており、登和の家は線路から一本離れた道路に面していて、登和の祖父が住んでいた隠居は、線路側の細い道路に面していた。
「今開けるので、縁側の外で待っててください。」
登和は玄関のカギを開けながら、ブロック塀と建物の間の狭い通路を左へ行って曲がるように指さした。なんで玄関でなく縁側なのか、その辺の