見出し画像

すばらしき新世界 (23)

 佐伯さんは、話がある、と自分を学習室を出た先にあるベランダまで引っ張ってきた。午前中だったが、その日は日差しがきつくて、外はうだるような暑さだった。
「広瀬くん、今彼女いないって、ほんと?」
「話ってそれ?」
「有沙とは別れたの?」
「あー、うん。」
「なんで?」
「まぁ、いろいろ。受験もあるし。」
「ふうん。」
佐伯さんは黙ってベランダの下の街路樹を眺めていた。自分は話の雲行きが怪しいと思いながら、
「で、用事は何?」
「うん。あのね、」
佐伯さんはベランダから向き直って言った。
「広瀬くんのことが、ずっと気になってた。今彼女がいないのなら、私と付き合ってくれない?」

「……吉井さん?」
「えっ、あ、ごめんなさい。続きをどうぞ。」
「続きって、これで終わりだけど。ごめんなさいって言ったら、どうして付き合えないのかって言われて、後は泥沼の展開に…。」
「そうだったんですか。」
「他の人には誰にも言ってないから、噂とかにはなってないんだけど。その後はずっと無視だった。この学校に合格して、これから新たな気持ちで高校生活を送ろうと思っていたら、なぜか佐伯さんもこの高校で、同じクラスで。」
「えっ…。」
「そう。吉井さんに近づいてきたから、取りあえず当たり障りなく接して様子を見ていたんだけど、今日二人きりになったら…。」
「私が飲み物を買いに行ってた時ですか。」

 登和がいなくなると、詩乃はニッコリ笑って、
「あの時、私のことをよく知らないからって言って断ったよね。覚えてる?」
悟は言葉が出なかった。
「今はどう?」
「あ…。」
「私のこと、知ってもらえましたか?」
悟が何も言えないでいると、
「あれね、私の初めての告白だったんだよ。だからもう少し、誠意を見せてほしかった。」
「……。」
「もし今広瀬くんに彼女がいなければ、お試しでいいから私と付き合ってくれませんか。付き合ってみないと、知ってもらうこともできないでしょう?」

 登和は固まっていた。
「ストーカー?」
「わからない。佐伯さんのこと、告白は断ったけど、俺も男だし、あんなきれいな子に好きだと言われて、内心かなり揺れたんだよね。でも、受け身を止めるって決めたから、ごめんって断ったんだ。それが、こんな展開になるなんて。」
「詩乃ちゃんが、まさか…。」
「でも、これ、今日の昼の話だからね。」

 登和は考え込み、やがて悲しそうな表情になった。
「じゃあ、私と友だちになってくれたのは…。」
「たぶん、俺と接触するため。」
「じゃあどうして広瀬くんは、マルシェに行くって言ったんですか?」
「それは、吉井さんが一人で心細そうだったから。」
「私のために来てくれたんですか…。」
「だってこの前、萩原の彼女の話で、吉井さんが落ち込んでるのがわかったし。あれも、たぶん佐伯さん、吉井さんの気持ちをわかっててやってる。」
登和の目がみるみる涙でいっぱいになった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?