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すばらしき新世界 (24)

 登和はしばらく声もなく泣いていた。悟はどう声をかけていいかわからず、黙って見守っていた。しばらくそうしていて、ようやく登和は落ち着いたようで、ぽつんと言った。
「……どうしてなんですかね。」
「ん?」
「詩乃ちゃん、あの時、すごい目で私をにらんでいたんです。」
「あー、それはー。」
悟は気まずそうに言った。
「俺が『今、吉井さんと付き合ってる』って言ってしまって。」
登和の目が点になった。

 登和はそれきり話しかけても返事をしなくなった。怒らせてしまったようだ。だからと言って、発言を取り消すわけにはいかない。佐伯さんのストーカー行為がエスカレートする可能性があるからだ。
「本当にごめん。」
「謝るなら訂正してください。」
「だから、そうすると佐伯さんの行動がエスカレートしかねないんだって。お願い。付き合っているということにしといてくれない?」
「私まで巻きこむ気ですか!」
「吉井さん、頼むよ。友だちでしょ?」

 登和は「友だち」と聞いて、言葉に詰まった。今の自分は、慎にも詩乃にも本音は話せない。どんなに腹立たしくても、登和にとって本音で話せる「友だち」は、悟しかいないのだった。慎に失恋した登和を、悟は何かにつけて気遣ってくれた。過去にいろいろあった詩乃からの誘いでも、悟は登和のことを心配して来てくれた。そうやってこれまでのことを振り返れば、今目の前で困っている悟を突き放すことはできなかった。
「……わかりましたよ。」
「ありがとう。その代わり、もし佐伯さんに吉井さんが狙われていると感じたら、俺、絶対守るからね。」
「……それ、冗談になってませんから。」

 二人は今後の学校での行動について、打ち合わせをした。呼び方はこれまで通り広瀬くんと吉井さん。校内では普通のクラスメートとして接する。放課後は一緒に帰り、その後この隠居で宿題とか受験勉強をする。
「一緒に帰って、吉井さんちで一緒に過ごしているって思えば、さすがにあきらめると思う。」
「どうでしょうね。広瀬くんのために公立を外部受験までする人ですよ。私たちの関係だって、たぶん疑っていると思います。」
「じゃあ教室でも仲良くしようか?」
登和は完全スルーした。

 悟は早速明日から来るという。受験用の参考書も置かせてほしいと頼まれた。家は何かと干渉されるのでいたくないし、市立図書館だと、詩乃に見つかって付きまとわれる可能性がある。
「明日からここで勉強できるのかぁ~。」
全てを話して気が楽になった悟とは反対に、登和は憂うつな顔で、詩乃のいない明日からの学校生活のことを考えていた。

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