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すばらしき新世界 (25)

 翌朝、詩乃は登和の所へは来なかった。悟が登校してきた。
「吉井さん、おはよう。」
「おはよう。」
目は合ったが二人はそれ以上会話をしなかった。朝練を終えた慎が登校してきた。
「おはよう。」
「おはよう、萩原。」
「昨日は楽しかった?」
無邪気に聞いてくる慎に、悟は笑顔で答えた。
「ああ、面白かったよ。」
「そっか、行きたかったなー」
「そっちは?練習試合どうだった。」
「一勝二敗。県総体ベスト八に入るチームだから、やっぱ強いよね。」
慎は登和の方を向いて、
「吉井さんも楽しかった?」
「あ…」
登和は困った顔で慎を見上げた。慎があれ、という表情になった。
「おはよー」
「あ、佐伯さん。おはよう。」
悟と登和は動きを止めた。
「昨日、楽しかったんだって?」
「うん。暑かったけどね、いろいろ面白い物が並んでて、見て回るだけで楽しかったよ!それにしても人多かったー。」
詩乃は昨日までと全く変わらない態度で楽しげに慎と話し続ける。
「へぇー、俺も行きたかったな。」
「また何かイベントがある時は行こうよ。人数多い方が絶対楽しいしね。」
じゃーね、と詩乃は席へ戻っていった。慎はよかったね、と登和に言うと、席についた。

 一体どういうことだろう。登和は横目で悟の様子を伺った。悟は無表情で1時間目の授業の準備をしている。詩乃はいつも通りの様子だが、こちらも何もなかったように接してよいものか。今日は午前中は移動教室がない日なので、昼食時間になるまで、詩乃がどういう考えでいるかを確かめる機会はなかった。

 昼食時間、登和が弁当と水筒を取り出すと、目の前に詩乃が立った。
「今日、外で食べない?」
「えっ」
いいんだっけ、と聞く間もなく詩乃はランチバッグを手に教室を出ていく。慌てて登和も弁当を持って後を追った。中庭からテニスコートへ抜ける道に設置されているベンチの埃を払って、詩乃は座った。登和も詩乃に続いて座った。

「昨日はごめん。置いて帰っちゃって。」
「え、いや…。」
詩乃はランチバッグから弁当を取り出し、ゆっくり手を合わせた。怒っているようには見えなかった。詩乃が食べ始めたのを見て、おそるおそる登和も弁当を取り出した。前方にある植え込みに咲く白や赤の花を見るともなく眺めながら、二人は黙々と弁当を食べた。
 不意に詩乃が言った。
「広瀬くんと付き合っているんだってね。」
登和はとっさに反応することができなかった。
「いつから?全然気づかなかったよ。」
「……」
「私の気持ち、気づいていたでしょ?どうして何も言ってくれなかったの?」
「あ……」
登和は何も言えなかったが、詩乃は登和の反応に対しては興味がないようだった。そして、登和の言葉を待つでもなく言葉を続けた。
「他の子たちに詮索されるのは嫌だから、移動教室とかランチは今まで通りにするけど、でも、覚えていて。もう吉井さんとは友だちになれない。」
登和は胸が締めつけられるような痛みを感じた。

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