見出し画像

すばらしき新世界 (22)

 登和が戻ってきた。じゃあ俺もトイレ借りていいかな、と悟は席を立った。戻ってみると、登和は浮かない顔をして庭を眺めていた。

「どうかした?」
「いえ…。あの、私、詩乃ちゃんのことがずっと気になっていて。」
そうだった。本題に入る前に長々とよけいな話をしてしまった。
「つまり、その五番目の彼女というのが、詩乃ちゃんなんですね?」
「いや、違う。」
「じゃあ、六番目?」
「違うって。佐伯さんとは付き合ってない。」
「それならどうして。」
「それは…。いろいろあって。」

 登和はしみじみと言った。
「広瀬くんって、本当にモテるんですね。」
「それ、嫌味で言ってるよね。」
「いや、こんなにモテる人っているんだなぁと。詩乃ちゃんの話になるまでに、あと何分ぐらいかかりそうですか?」
「うーん、……水やり、手伝おうか?」
「いいんですか?」
ぱっと登和の顔が明るくなった。
「じゃあその間に私、夕飯の支度してきます。」
はいこれ、と虫よけスプレーを悟に手渡し、二十分で戻りますから、と一目散に自宅へ走っていく登和を見送ると、悟は散水ホースを探し、水道の蛇口をひねった。

「もう大丈夫。何時間でも聞きますよ。」
「吉井さん、なんか元気になったね。」
「広瀬くんのおかげで早く終わったので。」
かりんとうを口に入れながら、登和は悟に話の続きを促した。

 佐伯さんは、自分と同じ中高一貫校の出身だった。中二の時は同じクラスではなかったが、中一の時は席が近くの時など、世間話程度はする間柄だった。佐伯さんは昔から美少女で有名で、男子の憧れの存在だった。中三になってまた同じクラスになり、文化祭の展示で一緒の担当だったこともあって、また時々話をする仲になった。夏休み、市立図書館で偶然会って、受験のことを話すと、佐伯さんは驚いた顔をしていた。夏休みなのに親が忙しくてどこにも行けてないというので、今日花火大会だけど、見に行く?と誘った。深い意味はなかった。

「なるほどね。」
「それ、どういう意味?」
「モテる人って、その辺のハードルが低いんだなと思って。普通の人は、そこで何も考えずに花火大会に誘ったりできませんよね。」
「いや、彼女、割とはっきりしてるから、誘われても嫌なら断るだろうと思って言ったんだよ。」
「でも断らなかった、と。」
「うん。」

 悟と詩乃は図書館を七時半過ぎに出て、花火大会の会場へ向かった。八時から三十分花火を見て、バス停まで送って、それから帰った。
「その三日後、彼女がまた図書館に来て、…って、吉井さん、なんか笑ってない?」
「すみません。これ、男子が聞いたら自慢にしか聞こえないだろうなと思って。」
笑いごとではない。ちょっと油断するとすぐこういう展開に巻き込まれ、自分の気持ちやペースを守れない。そのキツさを誰かにわかってもらいたくても、自慢話と思われそうだと思うと言えない。自分のやりたいことをやろうとしているだけなのに、どうしてこんなに前途多難なんだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?