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すばらしき新世界 (28)

 高校に入学して、座席が前後だったことがきっかけで話すようになった萩原慎は、誰に対しても壁を作らない人だった。これまで悟の周りにいた人たちは、趣味趣向や性格が似た者同士で親しくなり、タイプの違う人には当たり障りなく接する人がほとんどだったが、慎は友人とつるんで行動するということはなく、悟がいなければ一人でいた。かといって人づきあいが苦手なわけではない。誰とでもフレンドリーに話せて、皆から好かれていた。大勢で騒ぐ時はノリもよく冗談も言うし、一緒に盛り上がれる。一方で、グループ活動で一人になりそうな人がいると声をかけ、さりげなくフォローする。悟にとっては初めて出会うタイプだった。

 登和のこともそうだった。女子の中で完全に浮いてしまい、昼の弁当も一人で食べているのを見過ごさず、声をかけた。朝練を終えて登校してくると、慎はまず悟に、それから登和に、必ず「おはよう。」と挨拶をする。登和は会釈だけだったり、ごく小さい声で挨拶を返すぐらいで、自分からは挨拶をしない。それでも慎は全く気にしていない態度で登和に話しかけた。毎日、変わらない態度で、受け身のままの相手に話しかけ続けるのは、そんなに楽ではない。なのにどうして慎はそうし続けるのか。

 最初に話したのが慎だった悟は、必然的に巻き込まれる形で、慎の声をかけた相手と一緒に行動することが増えた。人間関係にあまりこだわりはなかったから何も言わなかったが、登和を始めとして、悟のコミュ力では話が続かないタイプと一緒になることも多く、内心ではストレスを感じていた。そもそも、クラス内の人間関係を自分だけでどうこうしようというのは、無理があるんじゃないか?慎がどういう考えでそうするのかわからなかった。悪に触れることなくまっすぐに育ったのか。親や先生の言うことに忠実な優等生か。それとも裏があるのか?

 身体測定の時、予定より早く回り終えた悟と慎は、体育館の壁際に並んで座って、換気窓からの風にあたっていた。話が途切れた時、ついに悟は慎に疑問をぶつけてみた。
「あのさ、ずっと思ってたんだけど。」
「何?」
「萩原って一人になりそうな人がいると、必ず声をかけるよね。」
「あー、そうだっけ。」
「吉井さんとかさ、女子なのに一緒にお昼食べようとか言って、俺、すげーな、女子にでもそうするんだって思ったよ。」
「そうだったんだ。広瀬が何も言わないから、何も思ってないのかと思った。」
「いや、思うって。女子が吉井さんに誰も声をかけないのもどうかと思ったけど、そこでお前が声かけるからびっくりした。」
「やっぱりそうかな。ごめん、やりにくかった?」
「あーまあ、特に俺が何かするわけじゃないからいいんだけど。」
「まあ、もしやりにくかったら、昼は石田たちと食べてきていいからね。俺は一人でも適当に食べるから。」
「なんでそうなんの?」
「ん?」
「俺は萩原と食べたいんだけど。」
「ほんとに?」
慎は照れたように笑った。

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