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すばらしき新世界 (20)

 ふと考えてみると、これまで自分はずっと受け身で生きてきた。たまたま裕福な家庭に生まれて、受験でも、友人関係でも、どうすればよいかは考えるまでもなく、周囲の大人に導かれるまま行動すればよかった。恋愛だってそうだ。相手の好意を受け入れ、相手の望むように行動する。余計なことを考えずに流されていれば、何もかもうまくいった。自分一人の考えで試行錯誤したり、自分から誰かに好きだと言ったりしなくても、むしろしない方が、良い学歴・魅力的な異性が手に入る。自分からは何も手を出さない方が、ずっと素晴らしい結果を得られるのだ。なんという幸運だろうか。

 そんな自分を止めると決心したのは、中学二年の時、正月の集まりで伯父さんの言葉を聞いた後だった。

「悟、勉強ばかりしていてはダメだぞ。ムキになって国立を目指さなくていい。海外留学してもいいし、趣味を極めるのもいい。やりたいことは何でもやりなさい。」

それはありがたい励ましであったかもしれない。でも自分にはものすごく引っかかった。それは自由を推奨するようでいて、実際は伯父の会社に入るという未来へつながるいくつかの選択肢だった。自分はこれまでもこれからも、こうやって示された選択肢の中でしか生きることができないのか。急に息苦しさを覚えた。

「要するに、俺はたまたまそこにはまったパズルのピースなんだよ。全然俺である必要はない。」
「パズルのピースは一つだけだから、替えはききませんけどね。」
「でもね、そこで俺がわがまま言って違う形のピースになったとするでしょ。そしたらたぶん、あの家に俺はいらない。最初から俺の選択肢は何もないんだ。」
ちょっと声が大きくなってしまった。登和は、驚いたような、同情するような眼差しで悟を見ていた。

「変かな、俺の言っていること。」
「ううん。」
「言いたいこと、わかる?」
「たぶん。」
登和はしばらく考えて、
「自分でやりたいってことですか?」
「そう。だから、今ここにいる。」

 中学二年の三学期、自分は公立高校受験を決めた。受験校は学力レベル的に通っていた私立と遜色ない高校だったから、両親もそれほど反対はしなかった。母が早速塾のパンフレットをもらってきたが、自分は行かないと言って部屋にこもった。数日後、プロの家庭教師がやってきた。自分でやりたいからと言うと、受験は情報戦でもあると説得してくるので、いえ、自分でやります、それで落ちても、自分のことだから、自分で考えます、と突っぱねた。参考書や通信教育、様々な選択肢が手を変え品を変え、目の前に提示される。母が心配すればするほど、自分は意地になって、まるでそれらが悪魔の誘惑でもあるかのように、さっさとくくって資源回収に出してしまった。


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