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すばらしき新世界 (18)

第二章

 吉井登和の家は、駅から歩いて十分ほどの線路沿いにあった。奥行きのある敷地が二つの道路に挟まれており、登和の家は線路から一本離れた道路に面していて、登和の祖父が住んでいた隠居は、線路側の細い道路に面していた。

「今開けるので、縁側の外で待っててください。」
登和は玄関のカギを開けながら、ブロック塀と建物の間の狭い通路を左へ行って曲がるように指さした。なんで玄関でなく縁側なのか、その辺の説明は何もない。言われるままに敷地内を移動すると、建物の南側に面した庭に出た。縁側の近くには盆栽の鉢がたくさん並べられていて、庭木が何本か植わっている。そこから隣家の敷地までは畑になっていて、菜の花で花盛りだった。

 ガラガラとガラス戸が開いて、縁側の上から登和が「どうぞ。」と声をかけた。籐椅子が二つ向かい合わせに置かれていて、間に小さいテーブルがある。
「お腹すきましたよね。カップ麺でよければ食べますか?」
悟は頷いた。縁側から入った部屋は居間で、コタツとテレビがあり、その奥が台所だった。台所はダイニングテーブルの上までモノであふれており、登和は隙間をぬうようにして戸棚からカップ麺を取り出した。
「あ、大丈夫ですよ。これ、賞味期限あと一年ぐらいあるので。」
「なんか、普通だね。」
「は?」
「吉井さんが、普通にしゃべってるなと思って。」
「それは、じいちゃんちですからね。」
ガスレンジでヤカンを火にかけ、登和は籐椅子の一つに座った。
「上がってください。縁側に直接座る方がよければ、そっちでも。」
「あ、じゃあ。」
悟は沓脱石にスニーカーを揃えて置き、登和と向かい合わせに座った。
「はー、暑かった。ここ、涼しいね。」
「ここの縁側、風がよく通るんですよ。」
話が途切れた。登和は席を立ってペットボトルのお茶と割り箸を取ってきた。ヤカンの注ぎ口から立ち上る湯気が少しずつ勢いを増してゆく。

 湯が沸くと登和は台所でカップ麺に湯を注ぎ、一つずつ縁側へ運んできた。悟は物珍しそうにあちこちを眺め、
「なんか、日本映画でよく出てくるみたいな家だね。」
「あまりほめられている感じはしませんね。」
「ほめてるほめてる。昭和って感じ。」
「そうですか。いただきます。」
登和はマスクを外し、カップ麺を食べ始めた。悟も食べ始めたが、まだちょっと麺が固い。登和の顔を見ると、マスク焼けで頬に線が入り、目の周りも赤くなっていた。
「焼けたね。」
「えっ」
登和は居間の柱に打ったクギに掛かっている鏡を持ってきて、自分の顔をあちこちから眺めた。
「ほんとだ。顔がまだらになってる。」
登和はおかしそうに笑い、鏡を伏せてテーブルに置いた。
「これ、固くない?」
「あ、私固めが好きなんで。チンしてきましょうか?」
今度はちょうどいい固さだった。二人はしばらく無言でカップ麺を食べた。


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