見出し画像

転勤制度の是非(続)

前回の投稿では、転勤制度の是非をテーマに取り上げました。これからの人事のあり方を考えると、一律の転勤制度は理に適わないのではないかという観点でした。その理由として、「1.雇用の力関係が変わり、会社(組織)より従業員(個人)の方が力を持つ」「2.転勤を前提としない人事制度の会社が増えている」の2点を挙げました。(前回投稿は下記)

https://note.com/fujimotomasao/n/nef21ae50f83d


以下では、その続きを考えてみます。

3.人材育成の効果を高めているか疑問である

転勤制度の妥当性の論拠としてよく挙げられるのが、転勤が人材育成を促すからという点です。前回の投稿で考えたように、かつての社会環境であれば転勤は総花的に人材育成効果が出やすかったと言えるかもしれません。

しかし、現在は環境変化に適応するために、ビジネスパーソンに求められる成長スピードもますます速くなっている時代です。ゼネラリストを極める経営職希望者などは別ですが、何かの専門領域で成長スピードを極めたい人材にとっては、「転勤しながら組織や事業のあらゆる側面をじっくり学ぶ」という人材育成は、効果が乏しいものです。この観点からも、転勤を是と考えない個人が一定数いるのは、必然と言えるでしょう。そうした層を会社都合であちこち動かすのが人材育成になるかについては、再考を要すると思います。

実際に転勤制度が人材育成に寄与しているという意見もあれば、逆の意見もあります。明確にどの程度寄与しているかを示したデータを見つけたことはないのですが、これからの社会環境では従来よりも寄与しにくくなる、ということは言えるのではないでしょうか。

4.組織の成果を高めているか疑問である

仮に転勤制度が個人の人材育成に寄与しなくても、組織の目標達成や成果創出に寄与するのであれば、施策としては有効と考えることもできます。しかし、果たして転勤制度が成果を高めているのでしょうか。これについても客観的なデータを検証するのは不可能に近いですが、客観でなくても、主観で想定してみてはいかがでしょうか。

組織での成果創出の要素について、ヒト資源の切り口(モノ、カネ、ビジネスモデル等の要素は除く)で分解して捉えると、一例として下記のように表現できます。

インプット(意識・意欲+能力+役割理解)×アウトプット(行動量)×人数

インプット×アウトプットは個人による変数です。高い意識・意欲で、高い能力を、正しい役割認識のもとで活かして、たくさんの正しい行動を起こせば、成果は最大化されるでしょう。この結果の値の大きさは各人によって当然異なりますが、その平均値×組織の全従業員数で、その組織全体の成果の大きさを捉えることができるとイメージできます。転勤制度の運用によって、中長期的にインプット、アウトプット、人数の各要素が組織的に上がっていくのであれば、成果創出の上で意味がある施策ということになります。(上記の3.は、このうち主に能力にフォーカスした視点と言うこともできます。能力要素が横ばいでも、他の要素が上がれば成果の度合いは上がるでしょう。)

ちなみに、私自身の経験では、以前勤めていた組織で望まない転勤を3回経験したことがあります。しかし、組織のパフォーマンス向上につながったと思えた転勤はゼロです。転勤のたびに、社内外の人間関係・お客様との信頼関係づくりも、業務のノウハウも、リセットして1から再スタートです。都度下記が起こっていたため、成果創出上はマイナスだったと説明できます。周囲の転勤者についても観察していましたが、本人が希望していた以外のケースでプラスに寄与していた辞令は覚えがなく、概ね私と同様の印象でした。

・意識・意欲:強制的な住居移転によりダウン
・能力:個人の総合力としてはアップ、しかし異動直後の業務ノウハウは都度ゼロスタート
・役割理解:異動と同時に仕切り直しのためダウン
・行動量:異動後しばらくインプット中心の活動になるためダウン

加えて、最後の掛け算は「×人数」です。その後私は転勤のない環境を求めて(それだけが要因ではありませんが)、離職しました。転勤が引き金となって労使双方望まない離職が発生すると、最後の「×人数」が減少します。これらの減少可能性要因を上回る生産性向上は見込めないのではないか、というのが、私の見解です。

なお、一部の業界や会社では、同じ人が長くいると取引先と癒着しやすくなったり、社内で不正を働きやすくなったりする、その観点からも数年ごとに転勤したほうがよい、という考え方があるようです。これは、上記でいうと「役割理解」要素がダウンしていくのを防ぐ、と捉えられます。この考え方も一理あるかもしれませんが、そうしたコンプラの徹底は転勤以外の方法でも可能ではないかと思います。もしこの考え方に準じるなら、同じ本社所在地で長年頑張っている最高責任者である社長こそ、数年ごとに交代したほうがよいということになります。それが妥当ではないように、本質的な観点とは言えないでしょう。

5.社会全体の生産性向上に合致しない

前回投稿で取りあげた6月9日付の日経新聞の記事「基幹人材の転勤なしに」でも紹介されているように、転勤制度は基本的に、家族と同居する人材の場合は家族帯同を前提としています。つまりは、配偶者のいずれかが現在の勤務先を辞める(あるいは休業、再就職)か、現在の勤務先で自分も同地域にタイミングよく配置転換できるかの、どちらかが必要となります。このことは、社会全体の人材活用・総労働生産性向上に逆行するのが、明らかでしょう。ましてや、単身赴任を前提とするのであれば、今度は個人の生活多様性に逆行する意味で、これからの社会環境としてやはり非現実的です。

コロナ禍の影響もあって、場所を問わず仕事ができる環境の整備も進みました。転勤という方法以外に、オンラインと出張を組み合わせることで対応できる余地も広がったのではないでしょうか。また、E-ラーニングや都心部にこだわらない働き方志向が広がってきた結果、以前に比べて各地に様々なスキルを持った人材が存在しやすくもなっています。各拠点で人材が必要なポストは、相応の条件を提示して社外から調達することもできるでしょう。社内の異動にこだわる必要もないと考えます。

6.人材育成・成果創出に寄与するなら、希望する従業員が相応数存在する

最も本質的だと考える理由がこれです。
転勤という仕組み・それにより得られる経験が、本当に素晴らしいものとして機能しているなら、転勤を重ねて組織に貢献してきた人材は、自己成長しながら実績を上げているハイパフォーマーになっていることでしょう。転勤しない人材に比べて、要職について活躍できる確率も高くなっているはずです。

自ずとパフォーマンスを出し要職に就くわけですから、同じルールで自然に評価・処遇すれば、高評価・高処遇の結果になるはずです。わざわざ、転勤なし人材と区分して評価ルールを変える必要もないでしょう。もしも、同じルールで評価しても転勤なし人材と結果が変わらないために、「同じ評価点だけど、彼の方が転勤して苦労してくれているから」と苦労を加点要素にするのであれば、それは転勤という仕組みがプラスに機能していないか、評価軸が間違っているかの、別の問題でしょう。

転勤という仕組みがプラスに機能していれば、転勤人材は転勤しない人材に比べて、結果としてモチベーションも高め、輝いていて、新人・若手社員がそういう人材を見た時に、「自分もああなりたい」というモデル人材の存在になっているはずです。であれば、会社都合による全員適用の一律の転勤制度がなくても、チャレンジングな仕事や自己成長を求める人材からは、自然発生的に転勤希望が相応数意欲的に出てくるはずです。つまりは、一律のルールで強要する必要がないはずだということです。仮にそういう希望が出てこないのであれば、まるで転勤がババ抜きのババみたいな認識になっているのであれば、その会社での転勤制度が本質的には機能していないからだと言えるのではないでしょうか。

前回の投稿内容と合わせて、まとめてみます。

<会社都合による転勤制度を取り巻く組織内外の環境>
1.雇用の力関係が変わり、会社(組織)より従業員(個人)の方が力を持つ
2.転勤を前提としない人事制度の会社が増えている
3.人材育成の効果を高めているか疑問である
4.組織の成果を高めているか疑問である
5.社会全体の生産性向上に合致しない
6.人材育成・成果創出に寄与するなら、希望する従業員が相応数存在する

<今後の方向性>
・会社都合による一律の転勤制度は不要。一律の転勤制度を実行したとしても、かかるコスト以上の生産性を得ることは見込めない。
・転勤の辞令は、本人同意(希望)に基づいて行うのがよい。
・あるエリアで特定のポストの空きが出て人事戦略・配置上困る場合は、同ポジションに対する社内外公募で人材補充する。

なお、別に私は一律の転勤を求める人事制度を全否定しているわけではありません。上記は一般論です。一般論とは一線を画して、自社の人事戦略上のコンセプトを明確にした上で、一律の転勤制度を採用し、労働市場に評価を問うのはありだと思います。それは、ある種の戦略的な人材マネジメントだとも言えます。人事戦略は、社員や社外の労働市場に対するマーケティングでもあります。マーケティングにおける自社のポジショニングは、工夫次第です。

例えば、終身雇用・年功序列を自社の理念として掲げ、どんな時にも全力で社員を守ると明言し、転勤を含めた配置転換を絶対とし、それによって得られる従業員のベネフィット(便益)として○○や△△がある、だからこそ我が社の家族の一員となって一緒に働いてみないか、という人事戦略に魅了される人も労働市場には相応にいるでしょう。実際にそのようなやり方で成果を上げている会社の事例も散見されます。それもまた素晴らしいと思います。
他方、そうしたコンセプトも何もないまま、単に転勤を過去からなされている所与の慣習として制度運用しているだけでは、これからの労働市場では通用しないと思います。

以上、2回にわたって転勤制度をテーマに考えてみました。皆さんの会社などでの考察の参考になれば幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?