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転勤制度の是非

6月9日付の日経新聞の記事「基幹人材の転勤なしに」では、日本企業に特有の転勤制度の是非について取り上げていました。私が普段お会いする会社の経営者様や人事部門の方からも、転勤制度について今後どう考えるべきかといったご質問を時々受けます。今日は、このことをテーマに取り上げてみます。

はじめに私個人の見解を申し上げますと、下記の通りです。

・一律の転勤制度(会社都合による住居移転を伴う異動やローテーション人事)は不要。一律の転勤制度を実行したとしても、かかるコスト以上の生産性を得ることは見込めない。
・転勤の辞令は、本人同意(希望)に基づいて行うのがよい。
・あるエリアで特定のポストの空きが出て人事戦略・配置上困る場合は、同ポジションに対する社内外公募で人材補充する。

上記記事では、業界でもいち早く、管理職を含む基幹社員に対して、会社都合による転勤の原則廃止に踏み切ったAIG損害保険の事例が紹介されていました。社員が、東京や大阪など全国を11に分けたエリアから、自分が望む勤務地を選べるようにするものです。全国で100を超える営業拠点で4000人が基幹社員として働いているため、転勤に頼らずに人が育ち組織が回るのか検証に約1年をかけたそうです。モデルとした関西圏に関する調査では、「関西から出たい」「関西に帰りたい・行きたい」の差は小さく、会社都合の転勤をなくしてもほぼ人繰りの見通しが立ったとあります。

それでもうまく調整できない場合に備え、調整弁となる社員も確保したそうです。調整弁となるのは、「どうしても転勤が必要になれば可能」と答えた社員です。若い独身層や育児などが一段落した中高年層を中心に、全体の3割が該当するそうです(意外と多い印象です)。会社都合でその層に事例を出すことになったら、手当の割り増しなどで報いて不公平感をなくすとあります。

また、この手当を除き、転勤有無に関係なく待遇や評価に差を作らないそうです。転勤なしを選べる一般的な地域限定職制度などは、そうでない無限定総合職と階層・処遇差ができていきます(例えば地域限定を選んだらそうでない社員に比べて、基本給から15%割り引くなど、階層・処遇差ができるのが前提の制度です)。そうした階層化は働く意欲や能力開発への姿勢の面でかえって弊害が大きくなると同社では考え、待遇・評価の差をなくしたということです。この点や、「前提を原則転勤なし」としたのが、他社ではあまり見ない、ユニークな制度だと言えるでしょう。

同記事の内容も参考にしながら、冒頭で挙げた見解の理由について考えてみたいと思います。

1.雇用の力関係が変わり、会社(組織)より従業員(個人)の方が力を持つ

かつての雇用とこれからの雇用について、ポイントをいくつか整理してみました。
<かつての雇用>
・労働力人口増加
・終身雇用・年功序列
・長時間労働の社会的合意
・未整備な転職市場
・個人に期待されたのは着実な育成・成長

<これからの雇用>
・労働力人口減少
・終身雇用・年功序列の概念希薄化
・長時間労働への社会的反対
・転職市場の発達
・個人に期待されるのは変化の速い育成・成長

かつては会社(組織)の力が強かった時代です。ひとつずつ仕事をじっくり覚え、できることを増やしていき、時間をかけて社内で職責を高めていくのが、マッチしていた時代背景でした。その環境下では、会社が決めた住居移転を伴う配置転換に沿って動き、時間をかけて会社の様々な部門・支店の実情を理解することで、基幹職としての知識・経験・実績を積み上げることも適切だったでしょう。また、その流れになじみにくい従業員であっても、脆弱な転職市場で自分の市場価値に値をつけて別の選択肢を確保することは困難でした。よって、あまり本意ではないが転勤辞令に乗っかる、という人も多かったことと思います。

しかし、これからは従業員(個人)の力が強い時代です。組織は個人に「選ばれる」視点がより重要になってきます。住む場所をどこにするかの選択は、人生の中でも非常に重いものです。そのカードを一方的に会社が切れるとなると、「そんなカードなんかない他のところで働く」という選択がしたい人も多いものです。転職市場も充実し、場所も問わないリモートワークも広まった今では、逆に個人の側が社外退出というカードを簡単に切れるわけです。

意図しない人材流出に加えて、人材流入の可能性を小さくしてしまう点も指摘できます。これから新しく流入する可能性のある人材が、無制限な転勤制度があることが要因となって自社を選択の対象外としてしまうということです。詳細なデータは持ち合わせていませんが、人材紹介や就業支援業者の方の話を聞くと、若年層ほど明らかに二極化しているそうです。「どこにでも行っていろいろ挑戦したい」人と「場所を移らず住む土地最優先で働きたい」人です。後者の人材を総じて取り逃してしまうということです。

諸外国にも、転勤という事象は存在します。しかし、大前提となっているのは、本人同意です。本人同意を必要としないことが就業規則等で前提になっている一般的な日本企業のルールは、国際的にみて例外だと認識しておく必要があるでしょう。

外国人人材にとって、例えば出身地との心理的・物理的距離の近さは重要な人も多いものです。国際線からのアクセスに比較的便利な立地の事業所で働いていた人が、国際線のアクセスにほど遠い地方都市にいきなり配置転換してくれと言われるのは、人によっては相当なストレスのかかる話でしょう(もちろん、場所移転が平気な人もいますし、「希望はしないが相応の金をくれるなら喜んで」という人もいます)。これから、留学生や国外からの来日人材をますます雇用する必要のある企業にとって、押さえておくべきポイントだと思います。

2.転勤を前提としない人事制度の会社が増えている

同記事によると、「ほとんどの従業員が転勤可能性がある」という制度を運用している割合は、全企業では34%、大企業でも51%となっています。「転勤をする者の範囲は限られている」と合わせた割合は、大企業でも80%を割っています。つまりは、上記AIG損害保険のように、希望しない人は転勤の対象外とすることを認める制度も、案外広がってきていることが見て取れるわけです。転勤制度を人事上の固定要素だとし続けた場合、社会全体の人事トレンドから遅れていくことも懸念されると言えるでしょう。

続きは、次回以降の投稿で考えてみます。

<まとめ>
会社(組織)より従業員(個人)の方が力を持つこれからは、一律の転勤制度がますます効力を失いやすくなる

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