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感情は期待と現実の間に生まれる


2023年12月14日(木)朝の6:00になりました。

ひと粒の木の実は、いくつもの森を生む。

どうも、高倉大希です。




はやく大人になりたい。

子どものころは、ずっとそう思っていました。


どれだけ真剣に話しても「子どもが言っていること」というフィルターを通して受け取られることが、嫌で仕方がなかったのです。

だから、はじめから期待しなくなりました。


どれだけ話したところで、どうせ伝わりやしません。

所詮は子どもが言っていることだと、受け流されておしまいです。


服装・頭髪規定を全廃したことより、なによりも、言葉が通じる先生がいることが衝撃だったのです。「そんなバカな」と思うでしょうか?でも、今の話題なら「どうしてツーブロックの髪型は校則違反なんですか?」と問う高校生に「そんなの高校生らしくないだろ!」と言い放つ先生とは、言葉は通じていません。会話になってないのです。

工藤勇一、鴻上尚史(2022)「学校ってなんだ!日本の教育はなぜ息苦しいのか」講談社


その後は人に期待しなくなった分、自分でどうにかするしかないと思うようになりました。

誰かのせいにしている場合ではないと、気づいたタイミングがあったわけです。


はじめから期待していないので、がっかりすることもありません。

なんならむしろ、ちょっとよいことがあると、とてもありがたく思えます。


結局のところ多くの感情は、期待と現実との間に生まれます。

現実は調整できなくとも、期待は自分で調整できるというわけです。


意識しないと、期待ばかりを相手に伝えてしまいがちです、期待だけ持ち続けると「依存」が生まれ、貢献だけ持ち続けると「奉仕」になります。期待と貢献がバランスよく存在することで「自立」が生まれます。

生岡直人(2023)「「こうやって、言葉が組織を変えていく。」ダイヤモンド社


そこから数年経ち、自分でどうにかできることがすこしずつ増えました。

ところが、それと同時に「自分にしかできないこと」の危うさを感じるようにもなりました。


自分にしかできないことは、体調を崩すと止まります。

自分にしかできないことは、死んだらそこで失われます。


人ができることを増やせる人って、なんてすばらしいんだろう。

そのときからは、こう思うようになりました。


ハイ・テック・ハイは、プロジェクトに最高のクオリティと美しさを求める過程で、「できなかったこと」が「できるようになる」ための努力を惜しまない力(Grit)や、アウトプットの不十分なところ、改善可能な部分については、自分一人で対処するのではなく、他者を思いやり、良好な人間関係を保ちながら、お体外に適切に指摘し、質を高め合っていく「態度」を培っていく。

藤原さと(2020)『「探求」する学びをつくる』平凡社


人に期待しなくなったはずなのに、いまでは人のできることを増やせる人になりたいと思っています。

ぐるっと1周して、もとの場所に戻ってきているような気分です。


なんだか、不思議な話です。

そして、そんな思いもまたきっと、時と共に変わります。


ひと粒の木の実は、いくつもの森を生む。

期待しすぎることはせず、木の実を撒きつづける日々です。






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