見出し画像

“チョコレートはいかがでしょう” 映画『ショコラ』の原作小説とその続編

タイトルの台詞は、スピッツの“未来コオロギ”という曲から。

未来コオロギは君を“パラレルな国へ”“白い河を飛び越えて”案内してあげるよ、という異世界案内人からの視点から描かれているかのような面白い曲で、

“いきなりで驚かせたかも
チョコレートはいかがでしょう”

と、招待した君を気遣いながら案内人がチョコレート差し出すというどこか奇妙でいて可愛い光景が思い浮かびます。

***

1500年前ほどまで遡れるその歴史性のためか、嗜好品としてだけでなく薬用、強壮用としても食されていた効用のせいか、チョコレートにはどこかこう、文学などにもすんなり腰をおろせるオーサリティーのようなものを感じます。ロアルド・ダールの『チャーリーとチョコレート工場』で主人公を魅了するチョコレート然り、ローリングの『ハリーポッター』シリーズにおいて吸魂鬼遭遇後の対処法としてルーピン先生が差し出すチョコレート然り、ここでキャラメルやキャンディが登場すると役不足だけど、チョコレート、君ならいけるよ!と思えるような力がある。

画像1
"Eat. You'll feel better."

Harry Potter and the Prisoner of Azkaban (film)


ちなみにniteがハリーポッター研究をしていたときに見つけた諸説では、吸魂鬼対チョコレートなのは吸魂鬼=鬱病の比喩だからだ(血糖値を上げるチョコレートは鬱病の患者に勧められることがあるそう)というのもありましたが……どうなんだか。なんかさほど面白くない解釈だなと当時思いました。

閑話休題。

今回のnoteでは、そんな老若男女を惹きつけてやまないチョコレートの不思議な魅力を前面に描き出したジョアン・ハリスの小説、『ショコラ』Joanne Harris, Chocolat(1999)とそのシリーズについて書きたいと思います。

ジョアン・ハリス『ショコラ』

画像4

わたしたちは、カーニバルの風に乗ってやってきた。
その二月の暖かい風には、露店のクレープやソーセージやワッフルの焦げたバターの匂いがたっぷりと含まれていた。
風はいま、わたしたちの目の前で、パレードの色とりどりの紙吹雪を空に舞いあげている。落ちてきた紙吹雪が、人々の服の襟や袖口をかすめ、冬を溶かす魔法の丸薬かなにかのように道ばたの側溝に散っていく。村の目抜き通りに並んだ人々は昂奮に沸きたち、首を突きだして、クレープ紙でくるまれてリボンと紙の薔薇で飾られたお祭りの山車を見ようとする。

アヌークも、片手に黄色の風船、もう片方の手におもちゃのラッパを持って、目を大きく見開き、買物袋とくすんだ茶色の犬のあいだがら山車を見つめている。
謝肉祭のパレードなら、わたしもアヌークも以前にいくどか見たことがある。去年の”告解の火曜日”にパリで出会った二百五十もの山車の行列。ニューヨークではそれが百八十。ウィーンのパレードでは、大編成の鼓笛隊のあとに竹馬に乗ったピエロや張り子の大きなお面をかぶった人々がつづいていた。バトントアラーの回すバトンが、日差しにきらきらと光っていたっけ。

けれども、六歳の子どもにとって、世界はいつも、特別なきらめきを放っているものだ。荷車をクレープ紙で飾っただけの田舎のお祭りの山車だって、アヌークの心の目には、ぴかぴかに光って見えているのだろう。

荷車の上には、さまざまなお伽話の場面が再現されている。ドラゴンと戦う騎士。長い毛糸の髪のラプンッェル。セロハンの尾びれをつけた人魚姫。金色の厚紙の上にのった砂糖がけのお菓子のおうち。

その門口で恐ろしさのあまり口をぽかんとあけた子どもたちに、魔女が鋭い緑の爪をひけらかしている……。だけど、六歳の子どもには、一年もたてば失われてしまうかもしれない霊的な力がまだ備わっている。アヌークには張り子や砂糖衣やプラスチックの向こうに、ほんものの魔女が、ほんものの魔法が見えているのだろう。
アヌークは、遠い宇宙から見た地球みたいな青と緑の入り混じった輝く瞳でわたしを見あげる。

「ここに住む?あたしたち、ここに住むことになるの?」わたしは、プランス語を話さなくてはだめよ、と小さな声でアヌークにさとす。
「ねえ、そうなの?ここに決めたの?」アヌークがわたしの袖にしがみついてくる。風にもつれてふくらんだ髪の毛が綿あめみたいだ。

わたしは、しばらく頭のなかで考えてみる。そう、たしかにここは、住むにはよい土地かもしれない。

────ジョアン・ハリス『ショコラ』第一章「告解の2月11日」翻訳 邦波かおり

冒頭から良い香りのするこの小説は2000年にジュリエット・ビノシュとジョニー・デップ主演で映画化もされました。小説の方は日本では残念ながら絶版となっていますが、古本で格安で手に入ります。

原書は今でもロングセラーで、焼き菓子の美味しい香りが漂ってくるようなハリスの文章が楽しめます。カズオ・イシグロのNever Let Me Goを読めるくらいの英語力があればさほど読むのに苦労はしないはずです。


映画の方は今でも人気。バレンタインの時期なんかによく再放送されています。原作とは別物ですがこれはこれで大好き。ジョニー・デップがジャンゴ・ラインハルトの“Minor Swing ”をギターで弾くシーンは必見です。やっぱりジプシージャズは良い。


さて、1999年に出版されたこの小説『ショコラ』の作者についてですが、ジョアン・ハリス(1964~)はフランスとイギリス両国にバックグラウンドを持つ女性作家です。祖父母が営む菓子屋で生まれ、ハリスは幼い頃フランス語で育てられました。

美食の国として知られるフランスは、2010年に「フランス人のガストロノミー的食事(Le repas gastronomique des Français)」がユネスコの無形文化遺産リストに登録されるなど、実質的にも世界的にも、文化的側面において“食”が明確な存在感を放っています。

『ショコラ』あらすじ

町から町へ放浪をする謎めいた女性ヴィアンヌとその娘アヌークは謝肉祭の風と共にフランスのはずれの小さな田舎村、ランスクネ・スー・タンヌ(Lansquenet-sous-Tannes)にやってくる。四旬節Lent(灰の水曜日から復活祭前の四十日間)の時期に村の教会に面した広場の一角に村人を甘い匂いで誘惑するチョコレートショップを開いたヴィアンヌだが、信仰心と共同体精神を重んじるレノー神父や一部の村人たちは不信感を募らせる。

オープンした彼女のチョコレートショップは初め倦厭されていたものの、村人たちは徐々にヴィアンヌのチョコレートに魅了されていく。そこでは老婆が余生の生き甲斐を見出し、DVを受ける気弱な妻は夫を捨てる勇気をもらい、子供たちは権威に反抗し、村人から拒絶された放浪者たちは歓迎を受けるのだ。伝統を重んじる村に変化の風をもたらすヴィアンヌは何者なのか。そして、彼女を目の敵にするレノー神父の暗い秘密とは一体何なのか……

チョコレートの意味するもの

この物語の舞台は明らかに現代の設定のようにみえるけれど、どこかおとぎ話のような古めかしい雰囲気にも満ちています。フランス、特に南部にはいまだランスクネのような多くの農村コミュニティがあるそうですが、「今日のフランス」を正確に描写しているわけでもありません。現代のリアルに満ちた生活と、「魔法のようななにか」が起こりうるかもしれない非日常のあいだに位置する『ショコラ』は本当に美しいマジックリアリズム小説だと思います。

『ショコラ』の「魔法」は杖を振り回すようないわゆるちちんぷいぷい的なものではなく、「運」であったり「偶然」とも片付けられるような誰にでも起こりえそうなものばかりです。ヴィアンヌの並外れた感覚によってそれが故意に起こっているの「かもしれない」という具合に、その魔法は現実世界にうまく溶け込んでいます。

次の文章は、チョコレート店を開いたばかりのヴィアンヌがレノー神父から遠回しな批判を受けて心の内に抱く独白です。

I sell dreams, small comforts, sweet harmless temptations to bring download a multitude of saints crash-crash-crashing amongst to hazels and nougatines. Is that so bad? (Harris 61-62).

私が売っているのは、夢や小さな慰め、万の聖職者をヘーゼルナッツとヌガーの合間にうずめてしまうような甘くたわいのない誘惑。これがそんなに悪いことかしら? (nite私訳)

ヴィアンヌは自身の作る菓子がちょっとした力―頑なさを和らげたり、気持ちを前向きにしたり、心を落ち着かせる効果を持っていることに自覚的。だからこそ、彼女はその才能を乱用したり他人の意思を操ることを嫌っています。

一方で神父はチョコレートやヴィアンヌの人柄の魅力が

”works not through evil but through weakness(184)”

邪悪さではなく弱さを通じて力を発揮するものである

として恐怖を覚え、教会に批判的な村のはみ出し者の言葉を借りれば

”Community spirit. Traditional values.(80)”

共同体精神。伝統的価値観。

を侵す害悪として村からVianneを孤立させようと目論みます。この神父を筆頭とする村の共同体精神の排他性は、夫から暴力を振るわれながらも逃げだす意思を失っているジョゼフィーヌという村人によって

”There 's a line across Lansquenet.”(80)

ランクスネ村には境界線があるのよ

と形容されます。日本においても“一線を越える”という表現がありますが、しきたりや慣習から逸脱し排除されてしまうランクスネの村人たちの恐怖がここからよく読み取れます。ヴィアンヌはその頑なさ(stubbornness)が、内側ではなく精神の外側に発揮されればその線を越えても恐れることなどなくなるのだと考えますが、実際彼女のチョコレートはそうした解放、変化を手助けする役割を終始果たしています。
頑なな村人の心と、甘く蕩けるチョコレート。美しい二項対立です。

彼女の店は

“EVERYONE WELCOME

誰でも大歓迎であり、敵対するレノー神父でさえも拒むことはありません。これはおそらくヴィアンヌ自身が社会に対して望んでいることでもあります。

しかしレノー神父にとってこの文言は


“Breaking down our community spirit, our sense of purpose. Playing on what is worst and weakest in the secret heart.”

教会への反逆行為でしかないという皮肉は、ヴィアンヌと神父という二人の価値観のコントラストを見事に表しているといえるでしょう。明らかに、レノー神父にとっての「私たち」にはヴィアンヌや村に流れ着いたジプシーたちが含まれません。あくまではみ出し者は“Weeds(185)”であり、誘惑を仕掛けてくる敵に対して彼は“crusade”、すなわち聖戦を行っているつもりなのです。

ちなみにこの、異教徒に対しキリスト教徒が戦うものである“crusade”という単語が使われたのは意図的なものだと思われます。というのは、ヴィアンヌのチョコレートの捉え方は常にチョコレートの起源の歴史、神秘的な儀式や異国情緒、すなわち多神教のイメージを映しているからです(キリスト教は一神教)。スパイスを入れるその飲み方も、

as the Aztecs did in their sacred rituals Mexico, Venezuela, Colombia. The court of Montezuma. Cortez and Columbus. The food of the gods, bubbling and frothing in ceremonial goblets. The bitter elixir of life.(71-72)

メキシコ、ベネズエラ、コロンビアでの聖なる儀式でアステカ族がそうしたように。モンテスマの王宮。コルテスとコロンブス。儀式用のゴブレットのなかで泡立つ神饌。ほろ苦い長寿の霊薬。

これは16世紀後半にペルー、そしてメキシコに住んでいた実在のスペインのイエズス会宣教師Jose de Acostaが述べたチョコレートの飲み方の原型をリスペクトしていると思われます。まさにレノー神父は敏感に異教性を嗅ぎとり、

combined essence of a thousand spices, making the head ring and the spirit soar(277)

敵愾心を一層深めていきました。

ちなみのランスクネ村は架空の村ですが、「lansquenet」という言葉は、古いカードゲームを指します。また「SousTannes」または「undertheTannes」も、僧侶のカソックであるフランス語の「soutane」と音声的に同じなのは作者の言葉遊びだと思われます。

人生のテーマ

『ショコラ』の続編シリーズに共通して描かれるヴィアンヌの恐れは、「風」「黒い男」「優しき者たち」に代表されます。この三つは何も彼女だけの恐れではなく、どれもわたしたち人間が共感できるものです。

画像3

「風」は唐突に訪れて人生に変化をもたらします。運命の象徴です。そういえばメアリー・ポピンズを運んできたのも風でした。それはそのとき状況や心境によって幸福にもなれば不幸にもなるもの。映画『ショコラ』ではこの風に逆らうことでヴィアンヌは人生に勝利しました。

「黒い男」は過去のように、悪魔のように、切っても切り離せない影のように、人生から大事なものを奪おうとします。レノー神父はこの「黒い男」のあくまで一部、代表のようなもの。決していなくなることはないのです。

「優しき者たち」(ギリシャにおける復讐の擬人化であるフューリーに使われる婉曲表現)は親切であり、「まともな」善人ですが、痛みをもたらす者であることもある。シングルマザーであふヴィアンヌにとって、彼らは子供たちを奪おうとするソーシャルワーカーや、司祭、そして医者として現れます。

ジョナサン・リテル(Jonathan Littell)の『The Kindly Ones(優しい人々)』をも思い出しますね(第二次大戦が舞台の長編小説で、もともとはフランスで『Les Bienveillantes』とのタイトルで出版され、2006年にフランスの権威ある文学賞・ゴンクール賞(Prix Goncourt)を受賞、2009年「Bad Sex in Fiction Award(小説における最悪な性描写賞)」を贈られた)。

実はレノーでさえ、暗い過去と自身の非情な性格による犠牲者です。彼の支配欲求は、そのままヴィアンヌが抱くの所属への欲求と自身につきまとう過去に対する恐れを反映しています。作者ジョアン・ハリスが「ヴィアンヌとレノーは1枚のコインの両面だ」と表現するように、本当のところで両者は誰よりも近いところにいるのです。背中合わせの二人が肩越しに相手を振り返ろうとするとき、何が起こるのかは読んでからのお楽しみ。

『ショコラ』の続編 『ロリポップシューズ』あらすじ

The Lollipop Shoes (2007)は残念ながら未翻訳ですが、こちらもとっても面白いです。

画像5


『ショコラ』の物語から5年後。ヴィアンヌにはもう一人の娘、ロゼットがいます。アヌークは中等学校に通っています。3人はパリのモンマルトル地区にある賃貸チョコレート店に住んでいます。ヴィアンヌたちは「風」に従うのをやめ、普通の人間の生活に溶け込んでいるようです──しばらくの間は。

彼女は「魔法」やアイデンティティを捨て、現在はヤンヌ・シャルボノー(Yanne Charbonneau)という名前で暮らしています。彼女はチョコレート作りを諦め、ルーへの愛を諦め、子供たちを守ることだけに専念しているのです。

一方、アヌーク(現在はアニー(Annie)と名乗る)は思春期のまっただなか。彼女は自分の家族の特別さも、ランクスネでの日々も忘れることができず、パリの学校の同級生にも馴染めずに孤独です。末っ子ロゼットはほぼ4歳ですが、まだ言葉を話せません。まさにin-fantの状態です。

物語は「死者の日」(『リメンバー・ミー』のメキシコのお祭りをイメージしてね)にパリの街にゾジー・ド・ラルバ(Zozie deL'Alba)がやってきたことから始まります。彼女は美しく、情熱的で、慣習に囚われない自由奔放な女性です。ゾジーはヴィアンヌのチョコレートショップ経営の手助けをするようになり、アヌークも彼女に夢中になります。しかし、ゾジーのカリスマ的な魅力の背後には、冷たく悪意、そしてヴィアンヌの「力」に似た計り知れないなにかが隠されていることが徐々に明らかになっていきます。はたしてヴィアンヌはゾジーに立ち向かい家族を守りぬくことができるのか……



総評


ジョアン・ハリスは、『 ショコラ』がミルクチョコレートだった場合、『ロリポップシューズ』は70%チョコレートよと形容していますが、まさにその通りで前作に比べるとサスペンス色の増した小説であることに間違いないという印象です。『ショコラ』はイースターの時期の物語でしたが本作はハロウィーンからクリスマスにかけての季節が暮れゆく物語。前作と同様章ごとに視点人物が変わりますが、今回は三人の女性の視点が交互に入れ替わります。「恐れ」を拭いされない脆さを抱えた母親ヴィアンヌ、フラストレーションを抱えたティーンのアヌーク、そして虎視眈々と彼女たちをつけ狙う「謎の女」ゾジー。めっちゃわくわくします。

ゾジーは一応ヴィランといえる存在ですが、彼女視点の章を読むとこんな風に生きてみたいなあと思わずにはいられないような女性です。自身ののチャーム(魅力)やグラマーを自在に操り、はっとするほど美しい女性にも、誰の印象にも残らない地味な女性にもなれます。人を癒すヴィアンヌとは違い、ゾジーはあくまで利己的な目的のためにたくさんのペルソナを着替えているのです。

アヌークは彼女を「ファビュラス(fabulous)」だと賞賛します(fabulous は “from a fairytale”、「おとぎ話からでてきたような」ということ。物語の伏線である)。彼女の名前はフランス語の「sosie」(瓜二つ)、「double」または「mirrorimage」(鏡像)の言葉に由来しています。作者ジョアン・ハリスによれば、彼女はヴィアンヌのダークサイドの擬人化だそう。編集者フランチェスカは、ゾジーをメリーポピンズとクルエラデヴィルを混ぜ合わせた人格と表現しているそうですが、まさにそんなかんじ。彼女はどこから来たのか。そして何をしようとしているのか。

作者ジョアン・ハリス


ヨークシャー生まれで育ったジョアン・ハリスは、言語教師であるイギリス人の父親とフランス人の母を持ち、ハリス自身も15年間語学教師として過ごしました。また、本書の献辞は先述のとおりフランスの田舎でキャンディーショップを開いていていたという母方の祖母に宛てられており、テクストにおいてもこの作者自身のバックグラウンドの小説への影響が随所に読み取れます。FrenchEntréeのインタビューにおいて、原風景としてのフランスが自分の文章に与えた影響を次のように語っています。

”I remember my first Easter parade, sitting in the bedroom window, watching the carnival go by in the street below, with its chars and majorettes and fifes, and people throwing confetti and sweets and long paper streamers, which I later collected in the street, when it was over. It’s a memory that has never left me.”

初めて見たイースターのパレードを覚えているわ。寝室の窓に座って、楽隊や笛の音と共にカーニバルが下の通りを通り過ぎるのを眺めたの。 人々が投げる紙吹雪とお菓子と長い紙テープは後で道まで拾いに行ったわ。決して忘れることのない思い出よ。

このフランスでの記憶は先ほど引用した『ショコラ』の冒頭シーンを彷彿とさせると同時にこの小説が彼女の実際の経験と結びついていることを示唆しています。

ハリスの第一言語はフランス語でしたが、執筆は英語で為されました。そのことは単なる文法と綴りへの配慮以上のものを彼女の作家人生にもたらしてたそうです。

”Being from more than one culture tends to give a different view of the communities to which we belong. I write as an outsider, even to the community I inhabit. And of course, two cultures means a richer heritage of stories, literature and folklore.” 

”French food is still closely linked to geography – …(中略) French cuisine is still closely linked to the idea of patrimoine, the traditions of the countryside, small farms and vineyards, and to the stories and folklore of France. ”

Harrisのフランスの食に対する見解は、文化人類学的視点と絡めてフランス料理を評価したユネスコ無形文化遺産での総評とどこか通ずるものがあります。もともと食そのものだけでなく、料理の出される順番,やテーブル・アートといった作法にまで拘りをみせるフランス人社会特有の文化的な習性は、『ショコラ』におけるヴィアンヌのチョコレートの振る舞い方、村人への給仕の姿そのもの。

ホットチョコレートの実際のレシピ

最後に映画、小説『ショコラ』の中で主人公ヴィアンヌが作る、人の心を不思議と溶かすスパイシーホットチョコレートのレシピを載せておきます(原作者ジョアン・ハリスより)。ココアは苦手なんですけど(作るのが下手で美味しくない)、冬は絶対これです。チリを入れるからこの季節体が温まるし、味は濃厚かつ爽快ですき☕︎

材料
・牛乳2/3カップ
・縦半分にカットしたバニラビーンズ1/2
・半分に割ったシナモンスティック(パウダータイプで代用しても大丈夫です)
・ 赤唐辛子(半分に割って種を取り除く)
・70パーセントビターチョコレート14~15g
・黒糖(入れてもいれなくても)

お好みでホイップクリーム、刻みチョコレート、コニャック、またはアマレット。

How to Make
Place the milk in a saucepan, add the vanilla bean, cinnamon stick, and chilli, and gently bring it to a shivering simmer for 1 minute. Grate the chocolate and whisk it in until it melts. Add brown sugar to taste if you like. Take off the heat and allow it to infuse for 10 minutes, then remove the vanilla, cinnamon, and chilli. Return to the heat and bring gently back to a simmer. Serve in mugs topped with whipped cream, chocolate curls, or a dash of cognac or Amaretto.

つくりかた
鍋に牛乳を入れ、バニラビーンズ、シナモンスティック、チリを加え、1分間震える煮物にそっと入れます。チョコレートをすりおろし、溶けるまで泡だて器で混ぜます。好みに応じて黒糖を加えてコクを。火から下ろし、10分間浸してから、バニラ、シナモン、チリを取り除きます。火に戻し、ゆっくりと弱火に戻します。ホイップクリーム、チョコレート、またはコニャックやアマレットをトッピングしたマグカップで召し上がれ。

画像7

チョコレートの魔法


現代小説『ショコラ』では、チョコレートが村人の心をほぐし、「他者」という「異物」を許容させる潤滑油としての役割を果たしました。物語におけるチョコレートというモチーフは、フランスの文化を指して言われるソフトパワー*の比喩ともいえるのではないでしょうか。

実はこの作品、フードトリロジーという「食」をテーマにした三部作の一作目でもあり、続いて『ブラックベリーワイン』、『1/4オレンジ一切れ』というこれまた魅力的で少しダークな物語が楽しめます。以下の記事で140字紹介を載せています。


『ロリポップシューズ』はフードトリロジーの一部ではなく純粋に『ショコラ』の続編にあたります。実はこれに続く『Peaches for Monsieur le Curé』というシリーズ三作目はまだ未読なのです.......かれこれ……2年積んでいる。
しかも新作『Strawberry Thief』 (イチゴ泥棒)がもうすぐ出版されるんですよ。予約したのではやく読まなきゃ読まなきゃ。読んだらまた新しい記事を書きたいと思います。

画像6

ページをめくるたびに芳醇なチョコレートの香りが漂う『ショコラ』の物語をぜひご賞味あれ。

画像3

日本語小説→ https://www.amazon.co.jp/ショコラ-角川文庫-ジョアン-ハリス/dp/404290601X

映画→ Unextとかの映画配信アプリで観れます

────────────────────
Joanne Harris, Chocolat .Black Swan ,1999

Joanne Harris, author of Chocolat, interviewed by Florence Derrick FrenchEntrée  www.frenchentree.com/living-in-france/culture/interview-joanne-harris-author-of-chocolat/

Rachael Pells, Joanne Harris interview: The Chocolat author is in militant mood when it comes to writers' rights Saturday 22 August 2015
www.google.com/amp/s/www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/features/joanne-harris-interview-the-chocolat-author-is-in-militant-mood-when-it-comes-to-writers-rights-10462112.html%3famp

ユネスコ無形文化遺産と 「フランス人のガストロノミー的食事」を例に 法と政治巻 69p339-3882018-06-30
URL http://hdl.handle.net/10236/00027028


Rachael Pells, Joanne Harris interview: The Chocolat author is in militant mood when it comes to writers'rights .Saturday 22 August 2015  www.google.com/amp/s/www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/features/joanne-harris-interview-the-chocolat-author-is-in-militant-mood-when-it-comes-to-writers-rights-10462112.html%3famp

(*ソフトパワーとは米国の政治家学者ジョセフ・ナイ氏が提唱した考え方であり、力ではなく政治的、文化的価値や外交政策を組み合わせて国際的な影響力を評価するもの)

この記事が参加している募集

#わたしの本棚

18,844件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?