弾ける雨音①
第十三話
(ヒロ)
しばらく経ってあの子たちは彼女の存在に気づかず帰ったけれど、課題に集中していたのか俺の退勤時間まで彼女はそこにいた。
ふとした視線の先では、水滴が窓から流れ落ち、水溜まりもできている。雲は灰色に覆われ、いつもの夕焼けを消し去っていた。天気予報を確認しなかったことを後悔してももう遅い。少しの希望であったタクトに傘があるかと聞いてみたけど、無いと言われた。
あ〜、帰るまでに止むといいけど。
「先帰るから、鍵かけよろしく~」
タクトが意味ありげな笑顔をこっちに向け、土砂降りの中ジャケットを頭に被ったまま店を出ていく。あの笑顔は、何かを絶対勘違いしている気がした。
ポツポツポツ。
雨音だけが鳴り響く空間に俺と彼女だけが存在している。
ふと目線が彼女を向く。
彼女は水が飛び散る空と地面をただじっと見つめていた。
閉店時間。
「一緒に帰りませんか。傘持ってますし…」
彼女の使っていた皿やコップを片付けようとテーブルに向かった時、俺は初めて彼女に話しかけられた。初めてこの店にやってきた時のカンナさんに見せていた、あの”無”を隠すような明るい笑顔で。
正直嬉しかった。踏み込みすぎたのではないかと心配していたけど、俺を突き放さないでいてくれている。
外はまだ土砂降りで止みそうにもない雰囲気だ。
自転車もあるし、傘は有難い。
そんな理由を、これ以上近づいては後戻りできなくなると叫ぶ頭に理解させて、越えてはならない線のギリギリで自身の心に従う。
そう決めて、彼女の提案に乗った。
重い気圧
激しい轟音
色のない空
湿った匂い
冷たい気温。
全てが心を狂わすはずの状況で、
俺の心は春色に満たされていた。
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