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超短編小説

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ショートショートを随時まとめています。※作品は全てフィクションです。
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2023年10月の記事一覧

【超短編小説】 おやすみ、アマリリス

【超短編小説】 おやすみ、アマリリス

「おやすみ、アマリリス」

それが彼女の口癖だった。

変わった挨拶だったが、何度も聞いているうちに慣れてしまった。

僕は「おやすみ、マーライオン」と違うことを言ってみたけど、

彼女は少し間を置いて「おやすみ、アマリリス」と返すだけだった。

それが彼女の言葉のほとんどだった。

彼女の口からアマリリス以外に花の名前を聞いたことがなかった。

おそらく、彼女にとって、アマリリスは特別な花なんだ

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【超短編小説】恋愛境界線

【超短編小説】恋愛境界線

「そっか、付き合わないんだ。私はお似合いだと思ってた」

「そういう関係じゃなかったから。友達だった訳だし」

「まあ、それで良いなら、私は何も言わないけどね」

「うん」

恋愛には境界線が存在する。

近付ける距離と踏み入れられない距離。

その両方があって、

私は、まだ境界を超えられない。

境界の中で会話して、

境界の中で微笑む。

いつだって、境界の内側にいた。

でも、私は。

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【超短編小説】 それは、レモンだよ

【超短編小説】 それは、レモンだよ

「それは、レモンだよ」

「レモン?」

「黄色くて酸っぱいもの。赤くて丸いものも」

「違うよ、赤くて丸いものはリンゴだよ」

「それは、レモンだよ。ピンクで丸いものも」

「ピンクで丸いものはモモだよ」

「それは、レモンだよ」

「君には何でもレモンに見えるんだね」

「梶井基次郎も」

「それは檸檬だね」(完)

【超短編小説】 葉っぱの絨毯に乗って

【超短編小説】 葉っぱの絨毯に乗って

公園に足を踏み入れた瞬間、

ふわっと浮かんだ。

広がる落ち葉が絨毯のように集まり、

僕は空を飛んでいた。

街はどこまでも美しく、時間はゆっくりと流れた。

僕は絨毯に乗りながら考えた。

どういう原理で葉っぱが絨毯に変わったのか。

どうして人を乗せることができるのか。

きっと博士に聞いてもよく分からないだろうと思った。

だから、考えるのをやめた。

そうするしかなかったのかもしれない

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【超短編小説】 好意の返報

【超短編小説】 好意の返報

それは小さな願いだった。

「ずっとそばにいて欲しい」という彼女なりの

切実で、危うさを伴った思いが込められていた。

もし、それが実現しなければ、彼女は、

今にも崩れ落ちてしまうほどの緊張感を漂わせた。

その言葉を受け取った時、私は、

それに応えられるのだろうかと、

しばらく言葉を選び、

「大丈夫だよ」と、ようやく自信なさげに返答をした。

彼女は私の顔をじっと見つめ、真偽を確かめよ

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【超短編小説】 おじさん、空を飛ぶ next

【超短編小説】 おじさん、空を飛ぶ next

「こんなところにいた」

暗がりの中から、女の子の声が聞こえる。

目を凝らしたが、女の子の姿は分からなかった。

私は「ここぐらいしか来るところがなくてね」と言った。

女の子は「変なの。前にもいたんだよね、おじさんみたいな人。私もそこに座っていい?」と聞いてきた。

私は「悪いけど、一人にしてくれないか」と答えた。

女の子はうふふと笑うと、

「変わってるのね。でも、真面目の人よりあなたの方

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