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短編小説『お母さんの煮しめ』 (1章)

 ※7分で読めるショートストーリー

      『お母さん』シリーズ3部作🥇(1章)


◇あらすじ

小学生のれいちゃんの大好きなもの、それはお母さんが作る煮しめ。
お母さんの作る煮しめは、他の煮しめとは違う。全体的に色が茶色く、決して華やかではない。でも、味がよく染みていてとっても美味しい。
そんなある日、れいちゃんは好物の煮しめをお弁当に入れて学校に持っていくのだが……。


◇登場人物

れいちゃん……小学5年生。名前は令菜(れいな)。
お母さん………れいちゃんのお母さん。

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       お母さんの煮しめ


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     「あなたの好きなものは何ですか?」

    「                」

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1.愛すれど


わたしの好きなものは、昔の映画、楽器の二胡、音痴だけど歌うこと、古着、歌手のエル◯ン・ジョン、年上の〇〇君、女だけど野球をすること、それから、物語を自分で想像して描くこと。たくさんあるけど中でもわたしが大好きなもの、それはお母さんが作る煮しめ。

みんなは煮しめって知ってる? 煮しめっていうのは、人参、ちくわ、こんにゃく、しいたけ、れんこん、たけのこ、里芋、昆布、あぶらあげなどを甘辛く煮たものを煮しめっていうんだよ。日本の代表的な家庭料理の一つなの。うちではお正月、お盆、運動会など、色んな行事の時にお母さんが作ってくれた。

うちのお母さんの作る煮しめは、他の煮しめとは違う。全体的に色が茶色く、決して華やかではない。でも、味がよく染みていてとっても美味しい。

わたしは、お母さんの作る煮しめが大好き。

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〈秋〉

今日は小学校の運動会。天気は曇り。
朝、お母さんは、早起きをしてお弁当を作っていた。

「おはよう、お母さん」
「おはよう、れいちゃん」
わたしはまだ眠たい中台所へ行くと、そこには大好きな煮しめがあった。
「ひゃぁ、煮しめだ!」
わたしは、大好きな煮しめを見ておもわず目が覚めた。
「今日は運動会だから、張り切ってたくさん作ったわ」
お母さんは、笑顔でそう言った。
「やったぁ〜。お母さん、ありがとう」

すると、そこへ一本の電話が鳴った。
「はい、もしもし……」と、お母さんが慌てて電話に出た。

わたしは、煮しめの匂いを嗅ぐと、ルンルン気分で外を眺めに行った。
だが、窓を開ける外を見ると、雨がザーザーと降り出していた。

電話を終えたお母さんがやってきて言った。
「れいちゃん、今日の運動会、雨で中止だって……。今、先生から電話があったわ。残念だね……」

けれど、わたしはそれほど残念に思わなかった。だって、今日はお母さんが作った大好きな煮しめが食べられるからね。

今日の運動会は雨で中止となり、学校で授業となった。そして、お昼は給食ではなく、お弁当となった。

クラスのみんなは、午前の授業中、全然元気がなかった。だけど、給食の時間になると、自然といつものニコニコなみんなに戻っていた。しかも、今日はお弁当なので、みんないつもとは違ってワクワクもしていた。
みんなは、席をくっつけ、それぞれお弁当を机の上に用意する。

さぁ、今からみんなが楽しみにしているお弁当! みんなは、お弁当箱のフタを開け、ワクワクしながら中をのぞく。
(何かな、何かな〜)

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「わぁ、からあげだ!」と、喜ぶかいせい君。
「わたしのはサンドイッチだわ〜」と、続けて喜ぶゆきちゃん。
「えーいいな。俺なんておにぎりだよ」と、ちょっとガッカリなひろと君。
「オレはハンバーグだぞぉ〜!」と、自慢げなかんた君。

「やったー! にしめだ〜!」と、中身がわかっていても嬉しいわたし。

すると……
「えっ、何それ?」
「ねぇねぇ、何なに?」
「煮しめ? はじめて聞いた」
「なんか、変な色だね……」
「年寄りみたいだな」
「れいちゃんって、いつもこんなものを食べているの?」

煮しめをあまり目にしたことがないのか、みんなは煮しめをじろじろと見つめた。みんなは煮しめに興味を示したというよりも、変なものを見たという感じの目をしていた。その変な目はわたしにも向いた。

「なんだぁ、このまずそうなものは。気持ちわるっ。お前ってこんな変なもんが好きなのかよ」と、かんた君がからかう。

(煮しめってみんな知らないの? お母さんの煮しめ、凄く美味しいのに。煮しめを好きなわたしって変なの?)

その後、わたしは、お弁当箱のフタでみんなの目を遮るようにしてコソコソ食べた。

大好きなお母さんの煮しめ。
なのに、心寂しかった。

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帰りの会。先生からの連絡。
「明日は振替休日でしたが、今日の運動会が中止になったので、明日も授業になります」
「えぇ〜」
「給食はでませんので、お弁当を忘れずに持ってきてください」
「はぁーい……」
がっかりしているみんなをおいて、わたしはすぐに家に帰った。重いランドセルと寂しい気持ちを背負ったまま……。

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家に帰るやわたしは、すぐにお母さんに言った。
「お母さん、明日のお弁当はハンバーグにして!」
「えっ、ハンバーグがいいの? 煮しめもあるけど?」
「煮しめはもういい。ハンバーグにしてよ!」と、強く念を押した。

わたしは、この時、ただただみんなに合わせたかった。みんなと同じものに。みんなと同じ普通のものに。そして恐れた。自分はみんなとどこか違うんじゃないか。普通ではないんじゃないか。変わっているんじゃないかと。そして、わたしが一番恐れたことは孤独になってしまうことだった。

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2.判ってくれない


次の日。天気は曇り。
今日もクラスのみんなは、午前の授業中、全然元気がなかった。だけど、給食の時間になると、自然といつものニコニコなみんなに戻っていた。しかも、今日もお弁当だったから、みんなはワクワクもしていた。

みんなは、席をくっつけ、それぞれお弁当箱を机の上に用意する。そしてお弁当箱のフタを開け、ワクワクしながら中をのぞく。
(何かな、何かな〜)

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「わぁ、とりめしだ!」と、喜ぶかいせい君。
「わたしのはオムレツだわ〜」と、続けて喜ぶゆきちゃん。
「やった! 今日はサンドイッチだ〜!」と、歓喜のひろと君。
「オレはスパゲッティだぞ〜!」と、相変わらず自慢げなかんた君。

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(大丈夫。今日のお弁当はハンバーグのはずだから、昨日みたいにからかわれることはないわ……)

わたしはそう信じ、お弁当箱のフタを開け、恐る恐る中をのぞいた。

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(お願い……)

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お弁当箱の中には、ご飯、ハンバーグ、人参、ブロッコリー、卵焼き、そして……煮しめが入っていた。
「おい、こいつまた昨日の変なもの持ってきてるぞ〜」
また、かんた君がからかってきた。かんた君の声にみんなが集まった。そしてみんなは、また昨日と同じように変な目で見てきた。

みんなの視線がわたしの視界を狭め、みんなの声がわたしの耳をガヤガヤと苦しめた。こんな経験は初めてだった。

この瞬間、わたしは、もうなんだか煮しめという存在が嫌になってきた。見るのも、食べるのも嫌になってきた。見た目も、味も、好きだったのかも、もうなんだかよくわからない。みんなから変な目で見られるし、からかわれるし、恥ずかしい。
何せ、この事で心が傷ついた。二度も……。

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その日、わたしはついに、煮しめを食べなかった。
わたしは、学校から帰るとすぐに、台所にいるお母さんの元へ行き、声を荒げて言った。
「もう、なんでお弁当に、煮しめ入れたの!」

お母さんは困惑した表情で言った。
「えっ、いけなかった? だって、煮しめのときはあんなに喜んで食べるじゃない?」
「もうにしめは嫌なのぉ!」
そう言うと、わたしは部屋にこもった。

その後、お母さんは心配して何度も部屋へ様子を見に来た。だが、わたしは布団にくるまって、顔を合わせなかった。お母さんの心配した問いかけに返事もしなかった。できなかった。今さら面と向かう勇気がなかった。

(お母さん、なんでお弁当に煮しめを入れたの……)

丸まった布団の中でただただその疑問だけが頭を回った。いつもは入ると温かい布団の中も、今夜はいつまで経っても冷たいままだった。
朝になり、結局わたしは、お母さんと口をきかぬまま学校へ行った。

学校でも、わたしは、誰とも口をきかなかった。ききたくなかった。みんなの目、わたしのいないところで話すみんなの会話、関係のないことまで何もかもが気になった。みんな、きっとわたしを変なやつだと思っているはず。こんな想いは嫌。もうこれ以上傷つきたくない……。

わたしは、自らみんなを避け、とうとう孤独となってしまった。

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(誰も判ってくれない。みんなも、お母さんも……)

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学校が終わると、わたしは、校舎を飛び出すように走って帰った。

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走って、走って、走って。

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走って、走って、走った。

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走り続けた先、だんだんと自分の家が見えてきた。

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(戻りたくない……)

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わたしは、違う方へ走った。学校からも家からも遠くへ……

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ひたすら……


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ひたすら……


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ひたすら……


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ひたすら遠くへ……


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逃げて……


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逃げて……


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ひたすら逃げた……


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突然、足が止まった……。   


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気づくと、前方左右を立ち入り禁止の看板と安全柵が取り囲み、行く手を阻んでいた。
さらに前方を見上げると、そこには通称『武者返し』と呼ばれる頑丈でデカく、反り返りの激しい高石垣。
その上には、二度の震災で痛々しく傷つきながらもその場に立ち続ける、復興途上の熊本城の天守がそびえ立ち、こちらを見つめていた。

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(もうここから先へは行けない……)

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わたしは、子供ながら悟った。わたしは、一体ここで何をやっているんだろう。逃げたって、もう、ここから先へは行けないのだからどうしようもない。戻らないと。もう、戻って現実と向き合うしか、立ち向かうしかないのかもしれない。熊本城だって震災で傷ついても、復興に向けて、前を向いて懸命に頑張っている。
今のわたしと比べたらどうだ……。

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わたしは家に戻ることにした。

戻る途中、急に強い雨がわたしの背中を押すように降り出した。


ずぶ濡れで家へ着くと、玄関先でお母さんが心配して待っていた。
「れいちゃん、こんな遅くまでどこに行っていたの。まぁ、ずぶ濡れじゃない。風邪引くわよ。早くお風呂に入って来なさい」

いざお母さんと顔をあわせると、昨日のことで気まずく、わたしは目を背け、風呂場へとぼとぼと向かった。

風呂場に着くと、雨で濡れて冷たく重くなった服たちを脱ぎ捨てた。この時間の湯船はお湯を入れたてで熱々。
わたしは、湯船に足先から少しずつ浸かっていった。だが、思ったほど熱々ではなかった。そのままゆっくりと肩まで浸り、さらに頭まで浸かっていき、そのまま底まで沈んでいった。水中は熱いというより、温かく感じた。水中で目を開けた……薄暗い。何だか身動きが取りにくい。今、足で何か蹴ったかも。あれ? 今、かすかに上からお母さんの声が聞こえた気がした。ここはどこなの? 不思議な感覚に包まれた。まるでお母さんのお腹の中にいるかようなそんな気がした。

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お風呂から上がり、パジャマに着替えると、わたしは台所へ向かった。
わたしは、お母さんにすべてを話すことにした。

台所に入ると、お母さんがいた。
「お、お母さん……」
「なーに? れいちゃん」
……わたしは、勇気を振りしぼって言った。
「お母さん……あの……昨日はごめんなさい……」
そう告げた。すると、急に涙が溢れてきた。

お母さんは、わたしのそばにゆっくりしゃがみ込むと優しくこう言った。

「れいちゃん、わたしも昨日はお弁当に煮しめを入れちゃってごめんなさい。お母さんね、れいちゃんがあんなに煮しめのことを好きだったのに、急に煮しめはもう嫌って言うから心配だったの。でも、ありがとう」
「お母さん……」
わたしは、くずれこむようにお母さんの胸に飛び込んだ。お母さんの胸の中は温かかった。そして涙ながらに、昨日学校であったことを話した。

話を聞くと、お母さんは言った。
「まぁ、そんなことがあったの。でもね、そんなことで煮しめを嫌にならないでほしいな。れいちゃんが煮しめを好きだったように、煮しめも喜んで食べてくれるれいちゃんのことがきっと好きなはずよ。もちろんお母さんもね」
「本当に?」
「ええ、本当よ。確かにみんなと少し違っていれば、周りから変な目で見られたり、からかわれたり、判ってもらえないことだってある。わたしにだって同じようなことがあったわ」
「えっ、お母さんにもそんなことがあったの?」
「ええ、もちろんあったわよ。あれは高校の時かな。わたしは、おばあちゃんの作る煮しめが大好きだったの」
「えっ、おばあちゃんも煮しめ作るの?」
「だってわたしは、おばあちゃんから煮しめの作り方を教わったんだもの」
「そうだったの」
「そうよ。それでね、学校のお昼はみんな毎日お弁当でね、わたしは、大好きなおばあちゃんの煮しめをいつもお弁当に入れてもらっていたの。だけど学校では、同じようにみんなから変な目で見られたり、からかわれたりもしていたわ」
「わたしと一緒だね」
「そうね。でもある時ね、わたしもれいちゃんと同じように煮しめが嫌になって、いけないことなんだけど、食べずに教室のゴミ箱に捨てていたわ」
「えぇ、そうなの。もったいないなぁ」
「そしたらね、それを見ていたある食いしん坊の男の子が、『いらないならオレが食うよ!』って言って煮しめを食べてくれたの。そしたらね、それがすごく美味しかったらしくてね。『また食べたい! また作ってきてほしい』って、いつも頼まれるから、おばあちゃんから必死に作り方を教わったわ。あの頃は、煮しめを美味しそうに食べてくれるその子のためにいつも作って学校に持って行ったわね。今となってはいい思い出ね。それからは、お母さんも煮しめのこと、ずっと好きよ」
「お母さんと煮しめにそんな思い出があったんだね」

わたしは、お母さんの話を聞いていると、なんだか心がホッとした。

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 そして、お母さんは最後に、わたしにこう言った。
「れいちゃん、わたしはね、ありのままのあなたでいればいいと思うの。周りから変な目で見られても、からかわれても、周りに合わせて無理に自分の好きを変えなくていいのよ。好きってものは人それぞれなんだから。だから、れいちゃんが煮しめを好きなら好きって。それでいいのよ。何だってそう。例えそれが好きな食べ物であっても、本や映画であっても、スポーツであっても、趣味であっても、人であっても、夢や目標であっても。それがみんなから判ってもらえなかったとしても、でも判ってくれる人だってきっといると思うわ。そういう人は、もしかしたら身近なところにいたり、実は意外なところにもいたりするものよ」

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お母さんの優しい笑顔と言葉に、わたしも安堵し笑顔になった。お母さんに話して本当によかった。
「うん、そうだよね。例え、まわりから変な目で見られたって、何言われたって、わたしは、お母さんの煮しめが大好きよ!」
「えぇ。やっぱりそっちの方がれいちゃんらしくて素敵だよ」
そう言うとお母さんは、わたしを温かく抱きしめてくれた。

 わたしは、お母さんの温かい胸の中で言った。
「お母さん、いつかわたしにも煮しめの作り方を教えてね。約束だよ」
「ええ、もちろん。約束ね」
 わたしは、お母さんと顔を見合わせ笑った。

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すると、ガラガラーっと玄関の扉が開き、玄関の方から「ただいまー」と、声が聞こえてきた。
「ん? お父さんかな?」
「帰ってきたのかもね。行ってみようか」
「うん」
お父さんが帰ってきた。手には開かれていない乾いた傘を持っていた。
「ただいま、れいな」
「お父さん、おかえりー」
「おかえりなさい」
「ただいま。あぁ〜疲れた。おなかへった〜」
「すぐ用意するから、ちょっと待ってて」
お母さんは、そう言って冷蔵庫をあけると、中にはタッパに入ったたくさんの煮しめがあった。

「おぉ、煮しめだ! これ食べようよ!」
お父さんが、後ろから急にハツラツとした声で言ってきた。
「お母さん、わたしも煮しめ食べたい!」
れいちゃんもお父さんに続き、ハツラツとした声で言った。
「そうね。よし、今日は煮しめパーティにしましょうね」
「やったー」と、喜ぶわたし。
「よっしゃー! やったぜ、煮しめだ煮しめだ!」と、なぜかわたしよりも嬉しそうに喜ぶお父さん。
「あれ? お父さんって、そんなに煮しめのこと好きだったっけ?」
わたしは、思わずお父さんに聞いてみた。

すると、お父さんは懐かしそうに煮しめを見つめて言った。
「うん、好きだよ。一番好きかな。だって、煮しめには特別な思い出もあるしね」
「そうなんだ。うふふ」
わたしは、思わず笑みがこぼれた。
その夜は、家族3人で煮しめパーティを楽しんだ。

わたしにとって煮しめが特別なものになったし、もっと好きになった。


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3.銀の裏地


〈冬〉

今日は小学校の遠足。天気は曇り。
朝、お母さんは、早起きをしてお弁当を作っていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう、れいちゃん」
わたしはまだ眠たい中台所へ行くと、そこにはわたしの大好きな煮しめがあった。
「ひゃぁ、煮しめだ!」
「今日のお弁当は、煮しめでよかった? ハンバーグとか、からあげにもできるけど……」と、お母さんが聞く。
「ううん、煮しめがいい」と、わたしは煮しめを見て笑顔でそう答えた。

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今日は、みんなでお城の近くの公園に遠足。

行く途中、だんだんと熊本城の姿が見えてきた。
熊本城は、屋根瓦が禿げ落ち、石垣がそこら中にゴロゴロと転がっていたり、足場や城壁が鉄骨で囲まれていたりと、未だ震災の傷跡が目立つ。
だが、前に来た時より熊本城が少し変わって見えた気がした。


公園に到着すると、お弁当の時間になった。
みんな、敷物を敷いて、それぞれリュックサックからお弁当を取り出す。
みんなワクワクしながらお弁当箱のフタを開けていく。
(何かな、何かな〜)

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わたしは中身が何かわかっていても、ワクワクしながらお弁当箱のフタを開けると、そこには、あの味の染みた美味しそうな煮しめの姿があった。

「あ、れいちゃんのお弁当、あれだ!」
「うわ、ほんとだ。また持ってきてる〜」
「ねぇ、その食べ物、なんていうんだったっけ?」

また、みんな変な目で見てきた。
でも、わたしはもうみんなの目や、またからかわれるのかなとか、そんなことは気にしないよ。だって、わたしは、お母さんの作る煮しめが大好きだ。

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すると、突然、向こうから男の子が泣く声が聞こえてきた。

かんた君だった。かんた君、どうやらお弁当を忘れたらしい。

わたしは、お弁当箱を持って、泣いているかんた君の元へ駆け寄った。

「ねぇ、かんた君、もしよかったら、わたしのお弁当少し分けてあげる」

かんた君は、泣き顔でわたしの方を見た。わたしは、お弁当箱のフタに煮しめをのせて、かんた君の前に差し出した。

すると、かんた君は、お腹がへっていたのか、以前、わたしと煮しめをからかったことを忘れたかのように、煮しめをパクパクと食べ始めた。
 かんた君の手は止まることなく、涙を流しながら「うめぇ……うめぇよ、これ……」と言葉をこぼし、食べ続けた。

「これが煮しめっていうのよ。うちのお母さんが作ったの。わたしの大好きな食べ物よ。美味しいでしょ?」

「うめぇ、うめぇ……」
かんた君は、もうこれ以上涙を流すまいと、つぶった目を両手で覆い隠すが、煮しめのあまりの美味しさに鼻の穴がどんどん膨らんでいく。
気づくと周りには、興味津々な顔をしたクラスのみんなが集まっていた。

わたしは、みんなに向かって言ってみた。
「みんなも煮しめ食べてみる?」

すると……
「ちょ、ちょうだい!」
「わたしにも!」  
「ボクも食べていい?」
「わたしも食べたい」
「オレもオレも……」
みんな、わたしのお弁当箱から次々と、煮しめをつまんでいく。

「わぁ〜、美味しい!」
「ホントだ、うめぇ!」
「美味しい!」
「ねぇ、もう一個もらっていい?」
「煮しめって、こんなに美味しいんだね」
みんな、お母さんの煮しめを喜んで食べてくれた。

わたしはこの時、ただただ嬉しく、幸せだった。気づけばここ最近ずっと曇っていた銀色の空は晴れ渡り、いつの間にか太陽によって光り輝いていた。
目の前に広がる、その時のキラキラとした光景、わたしは大人なった今でもずっと、何ひとつ忘れない。            

(終)


(あとがき)

 この物語は当初、私がまだ学生の頃に、煮しめが大好きな従姉妹の姉さんの実際に体験した話を基に物語を書いていました。
 それから時が経ち、大人になって、私は9歳上の彼女と付き合いました。私は彼女のことが好きで、彼女は私のことを本当に理解してくれる人でした。だけど、私の友達、会社の人間、ましてや親からはそんな事を理解してもらえませんでした。みんなそんな私のことを変な目で見ていました。変わっている奴だと思われていました。からかわれたり、反対もされました。好きなのに誰からも理解してもらえない。私は凄く心寂しい思いをしました。

 そんな時、私は現実逃避するように地元熊本へ帰りました。すると、そこで偶然、熊本城を目の前にしました。震災の時以来、久しぶりに、その変わり果てた姿を見て、私は心の中で思う事がありました。そして、なんだか熊本城に自分はどうすべきなのかを教えてもらったようなそんな気がしました。
すると、その時不思議と昔書いた物語がなぜだか私の頭に思い起こされました。家に戻って久しぶりにその物語を読み返してみると、大人になった今の自分と、物語の主人公のれいちゃんがどこか繋がったような気がしました。
「!!!」

それから私は再びこの物語を描き始めることとなりました。
好きなのに誰からも理解してもらえない。その寂しさは、もしかしたら誰しも心の中に一つや二つ抱えているのかもしれません。この物語を読んで、当然理解し難い人もいるでしょう。でも、この世界のどこかに、この気持ちを少しでも理解してくれる人がいたら、れいちゃんも私も凄く嬉しく思います。

       著:江川 知弘


※最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。よかったら感想コメントも送って頂けたら嬉しいです😊 これからも沢山みなさまにお届けできるよう頑張りますので応援よろしくお願いします。


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