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怖い人気占い師に言われたこと【ユーモアエッセイ】

 人気占い師に見てもらったことが、何度かある。

 小さな喫茶店の奥間で間借りのように占いをしている、その界隈では有名占い師、マダム(名前が分からない)。
 3回ほど行った。かなり昔の話である。

 当時、占いブームだったこともあり、店内は若い女性客たちが占領していた。
 怖いケースも当ててしまったマダムの噂は私が中学校のころから絶えず、20代に成長してもなお店は、マダムのおかげの繁盛っぷりを見せていた。

 占いは予約制だった。空覚えだが、ランチメニュー注文を約束する条件に承諾した物が、マダムの占いが体験できるわけで、その時間帯は満席だったのだ。
 
 私は会社の同僚と2回、友人と1回行った。
 3回とも店内は女だらけの占い大会のようだった。

 恰幅のよい店主はいつも笑顔で雰囲気は良かった。

 客たちは、あーでもないこーでもないと、占いの順番を心待ちにしていて、店のランチの味は二の次。
 よそのテーブルの声に耳を澄ますと、当然の如く恋愛系が多かった。

 

 一緒に行った同僚のフジコは、恋愛はもちろんのこと、仕事を辞めることに悩んでいた。そして職場のストレスだったのか体中に謎の茶色い斑点ができており、それを自虐的に言っていたが、ひどく心配していた。一番の悩みは身体のことだったと思う。私だったら絶対にそうだ。



 マダムの風姿は想像とは別世界の人だった。
 せんべい片手に居間でゴロゴロと薄ら笑ってテレビでも見ているような、第一印象は、占い師の仮面をかぶった詐欺師だと思った。
 目つきも鋭く、まるで息子の嫁収穫でもする母親のように、対面した瞬間に全身くまなく舐め回された。

(ちょっと怖い……)
 私の心はドキッと怯んだ。


 私は家系の墓事情について聞きたいことがあった。
 ついでに仕事のことや婚期なども聞いた。

 30分制限の中で、マダムはしきりに私の肩辺りに鋭い視線を飛ばし、手相の太陽線を爪楊枝の先端でなぞり、手で裂いたような小さなメモ用紙に殴り書きで色々書い出した。


「墓は大丈夫。それは心配いらない」
「同じ職場に長いこといることは合わない。同じ人と何年もいることがあなたは苦痛な人。ヴィトンで働くと良い」
「婚期は28歳。それ逃すと32歳か36歳」(うろ覚え)

 その他もろもろ。


 私は早口のマダムの言葉に頷くことしかできず、少々腑に落ちない点がいくつかあったが、天才占い師と崇めるような態度を無理に取っていた。
 それでもヴィトンは嬉しかった。学歴と英語力で落とされると思ったが。

 全て見透かされたのか、可愛げのない小娘と思われたのか、マダムはピシャリと言った。

「あなたは何でそういう風にしか考えられないのかね。もっと言いたいことを言えばいいのに」


 私はいささかムッとしつつも痛いところを射抜かれ驚いた。


 この日以前に行った際、マダムは私に、年下でちょっとチャラチャラした見た目の男性の気配があると言い張った。

 そんな人はいないと私も頑固に言い合った。

「いるでしょ?」
「いません」
「いや、いるでしょあなた」
「……いや、いないんですが」
「いるのよ」
「いやぁ。いないですねぇ」

 マダムは大きなため息とともに折れたが、納得がいかない様子だった。

 いやいや、私が納得しない。
 心当たりが全くなかった。


 しかし今思えば、、、
 旦那は10歳年下である。見た目こそチャラくないが、外面はヘラヘラと愛嬌のある人である。
 あの時マダムは、まだ出会ってもいない旦那が見えていたということなのだろうか?
 婚期は的がズレたが。


 色んな角度から見ても、マダムにとっては己の占いの腰を折られた客でしかなかった私に、彼女の目つきはどんどん鋭利を増した。

 なぜまた来た?
 そんな風貌が垣間見えた。


 私はとりわけ人気占い師の下克上を果たしに行ったわけでもなく、純粋に楽しみたかったのだが、マダムの目がどうしても怖く、占っていただいている立場なのに心から信じられなかった。

 早口で素っ気なく言葉も乱暴で、どうも苦手なタイプだった。
 要は人気なだけにおののいてしまい、逃げたかったのかもしれない。

 が、最後にとっておきの技を私は叩きつけられ、脅威すら感じた。

 小部屋を出ようとする私の背に、マダムはこう言った。
「あなた、時々心臓あたりがグーっと痛むことがあるでしょ。それ、ストレスだから大丈夫よ」

 最後の言葉は優しかった。
 
 大当たり。心臓が時々痛くなることがあった。

「はい。ありがとうございます」
 私は小鳥のさえずりのような声でお礼を伝え、部屋を後にした。



 フジコの斑点の原因は食生活だと指摘されたらしい。

「それ食生活だよ。味噌汁、飲みなさい」とのアドバイス。


 フジコはとても感動し安堵していた。
 仕事や恋愛についてもフジコは話してくれたが、昔のことでもう覚えていない。

 フジコはその後、会社を辞めた。
 斑点もしだいに良くなっていった。マダムの言いつけ通り味噌汁を飲んだのだろう。



 今もその店はある。
 マダムが健在であるか不明だが、年齢を考えると引退してしまっただろう。そんな気がする。

 店の前を時々車で通るたび、マダムを思い出す。

 少々苦い思い出もあるが、優しい面も知れて良かった。

 ありがとうございます。マダム。
 あなたはやはり怖くとも本物の占い師でした。



 しかしこの御婦人だったろうか。
 晩年はとても裕福な生活になると言ってくれたのは。

 大らかで母なる大地のような雰囲気の占い師だったような気もするが。
 その言葉は今でも覚えていて、執着気味である。
 晩年じゃなく、もう到来しても私は良いのだよ。
 


最後までお読みいただきありがとうございました💖またきてね💖


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