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閉店間際のケンタッキーで。【ユーモアエッセイ】

 ある夜のこと、ケンタッキーフライドチキンを求めて車を走らせていた。助手席に妹を乗せて。
 
 中古車だが低音をサウンドさせる太いマフラーを装置された白の愛くるしいスバルのレガシィB4でだ。かなり昔のことである。


 閉店間際に近かった。国道はそこそこ交通量はあったがしかし大型トラックが目立っていた。22時近くだったと記憶している。


 夜中にも近い時間帯にケンタッキーフライドチキンを買いに行こうと思ったキッカケは、無性に食べたくなったからだった。

「今日、ケンタッキーにしない?」というCMもなかったころだが、あのCMが放送されていなくともケンタッキーフライドチキンというのはどうしてこうも突然として欲情のホルモンが分泌されるのであろうか。




 国道沿いに新しくできた店舗を私たちは目指していた。自宅から約6キロ先だった。
 もう少し近場でも良かったが、そこは大型ショッピングモールなどに入っている店舗とは違い、路面店でなおかつドライブスルーが可能で行ってみたかったのだ。

 目的のケンタッキー店は遠慮気味に看板を掲げていた。
 周囲の商業施設はシャッターが降りていて静かであった。

 国道沿いのわりには飲食店も少ない一角で、ひっそりこっそりと営むオーラを感じた。
 看板に浮かび上がるカーネルサンダースの顔が神々しくも心臓に悪い。


 私は呟くように言った。
「やってるの?」
「どうだろうね? 看板は点いてるけど」
 妹も助手席から身を乗り出すようにして、徐々に近づく店をまじまじと見ていた。


 速度を落とし、入口の所まできてようやく営業中であることが確認できた。
 窓にはブラインドだったかカーテンだったかご丁寧にされており、その隙間から漏れるように店内の光りを確認できた。


「やってるね!」と変な胸騒ぎをパッと切り替えるかのように歓喜の声を妹は発した。


 そもそも閉店時間を確認済みだったから堂々と入れば良いものの、あまりにも閑散としていて、看板がまるでお盆提灯のように見えて薄気味悪かったのだ。
 さらにこの店はミニドライブスルーという店内食が設けられていない画期的な金看板店舗ではない。イートインも可能である。それでもしかし陽気なお化け屋敷さながらの表構えものだから、やっているのかやっていないのか不満が募ってしまった。




 ドライブスルーの客は他にいなかった。そうだろう、クリスマス時期でもない遅い時間にわざわざ脂質を摂ろうとする方が少ない。

 私は窓を開け、車体をゆっくりと注文するマイクに近づけた。一瞬もぞもぞとインカムを触ったような音が向こうから聞こえ、「いらっしゃいませこんばんわ。お決まりでしたらご注文をどうぞ」と、ここでも遠慮気味な女性定員の声が流れてきた。

 夜中に薄暗い店と神の顔とか細い声……なんだか狐につままれたような気持ちになってしまい、注文する私の声帯までキュッと萎縮させてしまった。

 それでなくてもドライブスルー形式は苦手である。こもる声質のおかげで怒鳴るように叫んでようやく聞き取ってもらえるからだ。嫌な言い方をする客だと思われたと感じ毎度のことながら疲れる。

 この日も少々ドキドキしながら声を荒げた。自分たちが置かれた具合も付加されハラハラも合併していた。

 B4のマフラー音と私のこもった声で相手は上手く聞き取れなかったのか、結局、細い声で何度か聞き返されてしまった。

 私と妹は定番とも言えるセットを注文した。オリジナルチキン2ピースとポテトとビスケットとドリンクだ。コールスローもあったようにも思うが昔の記憶なもので確かではない。

 吠えてオーダーした私は、伝え切ったと車のシートに背を沈ませて安堵したのも束の間、女性店員のほそぼそとした声が流れてきた。
「あしたのぶんが入りますけどですけどよろしいですか?」
 私は咄嗟に背を伸ばし狼狽えた。

 何? あしたのぶん? あした?
 明日の分ってことか?
 チキンが無くなるくらい今日一日繁盛したのか!?
 閉店間際だったから明日の分を仕込んでいたのか? そりゃ悪いなぁ……でもなんだかトクした気分だなぁ!
 しかし明日の分まで奪い取ってしまうのも悪いし断った方が良いのでは?

 私の脳内では瞬時に議論が始まりしかし、返答を待たせる方が居心地が悪かったため、テキトーに声高に返事をした。
「あ~はい!!」
 異様にどぎまぎする私を見て妹は逆に首をかしげている様子だった。





 待っている間、ずーっとボボボボとB4が唸っていた。彼だけはいつも以上に調子に乗っているように感じた。


 明日の分……。
 気になって仕方なかったため、妹に聞いてみた。
「明日の分ってどういうことかな?」
 すると妹は何かを悟ったかのように手を叩いてけたたましく笑った。
「明日の分じゃなくて、脚の部分だよ!

 なにッ!

 ただの聞き間違えだった。脚の部位が入ると言ったのか……。
 私はとうとう耳すらもこもるようになってしまったかと思った。
 脚は私の好きな部位の一つ。マラカスのような形をしたドラムという名前だ。なんともミュージカル。
 

 なによともあれ「明日の分をわざわざ良いんですか?」と、おバカな質問を返さなくてホッとしたが、脚の部位が入っても良いか確認をするなぞ、一般的に嫌われている部位なのだろうか? 可哀想な脚よ……私は好きだよ。



 
 ちなみに私の好きな部位は、『リブ(あばら)、サイ(腰)、ドラム(脚)』である。
 小骨の多いリブなんかは手をベタベタにして食べるのが好き。無言で小骨をちびちびしゃぶり、誰よりも綺麗に食べきったときなんて小さな達成感と満足感が味わええる。毛蟹を食べている感覚のソレに近い。

 サイは食べ応えがあるし、ドラムは見た目も風味も柔らかさも一番だと思う。私はドラムの軟骨もボリボリ言わせて食べてしまう。

 妹は私の原始的な食い様を見てはいつも感心している。「よくそんなに綺麗に食べるねぇ」と。
 確かにマナーが悪く意地汚そうだが常に鶏に感謝をして食べている。骨だけにされたら鶏も潔く成仏しているに違いない。



 出来上がりを受け取り会計を済ませ、B4をボボボボ言わせながら私たちは閉店スレスレのケンタッキーフライドチキンを後にした。
 妹はまだ笑っていた。ツボったらしい。

 ドリンクは氷が溶けないうちに、車内で飲みながら帰路についた。

 チキンは特別揚げたてではなかったがドラムは柔らかく格別だった。

 そういえば国道へ出てアクセルを踏み込んだときにバックミラーに映ったカーネルサンダースの顔も、笑いで歪んでいるように見えた。「またおいで~」と聞こえた気がする。



         ✽ ✽ ✽
 

 同僚にケンタッキーフライドチキンが好きすぎて熱く語る男がいた。社内でも浮くほどのウンチク王だ。
 彼が言うには、腰部位(サイ)の骨周りからポロリと出てくるレバーのような小さな黒い塊が旨いらしいのだ。
 私はそれまで黒い塊だけは避けていた。骨だけにするほど綺麗に食べる私でもグロくて警戒していた。
 同僚が言うには旨すぎて最後に取っておくらしい。黒の塊だけ売っていたら絶対に買うと目をギラつかせ力説していたほどだ。
 そんなに旨いのならと……意を決して食べてみた。
 旨かった。レバーのようなハツのような香ばしさと食感。小さいながらも味が濃厚でツマミにもなりそうだと思った。
 ウンチク王に負けた気がしたが、ヤツは黒い塊を“レバーの様なモノ”と言っていたが正しくは“腎臓”だ。希少部位らしい。
 これからは腎臓も感謝していただくようにしようと思う。
 あぁケンタッキーフライドチキンが食べたくなってきた。またあの店に行ってみようか。B4は引退したけれど。


最後まで読んでいただきありがとうございました💖またきてね💖


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