Poison(毒)

「毒」「ガチャ」
少し前から頻繁に使われるようになった語で、私はそういう世界の当事者ではあるけれども、あまり好きな表現ではない。

同様に「(虐待)サバイバー」という表現もよく見かけるようになった。けれどもこれにも私は馴染めない。何より私はsurviveしていない・しないのだから。
殺されかけてもたまたま生き残ってしまって、逃げ出した先でたまたま色々恵まれそれなりにうまくいって、積極的に終わらせる理由も浮上してくることが少なく(コントロールして押さえていたのもあるけど)、与えられ為すべきもの、他に貢献しうるもの(存在していてよい理由)もあったから生存していただけのこと。
根源も問題も何も変わらず、そもそも変わりようがないのだし(自分でどうにかできることではない)、全てにおいて諦め、期待せずに避ける・逃げるという姿勢も変わることがなく、積極的に動き生きる等ということには程遠い。そして、存在の意義が消失した今は、やっと終わらせられると身辺整理をしている。

あの一族の中にいた時代には母親祖母、それ以前は父親等という、自分にとっての害をもたらす個々の存在に対しての問題を感じていた。
しかし外へ出て、特に大学以降、物事を相対化して捉えられるようになってからは、それらの問題は構造的に連鎖して起きてきたことで、これからも起きるだろうと分かった。

母親は私にとっては抑圧者だったけれどもにはそうではない。それは私には適切なことではなかったけれども、あの一族の中では当然のことだった。
おかしな状態は少なくともの代には始まっている。あの時代のそれなりに資産も学歴もある家の者で、生涯独身でネットワークビジネスに関わった長男長子、何度も大きな借金を作るような男と結婚して離婚した長女、有名なカルト宗教の熱心な信者と結婚した次女と、子ども全てが何らかの不穏な点を抱える形になっているとは、その養育環境に歪みがあったとしか思えない。私に向けたのとは形が違う可能性もあるけれども、祖母はまず特に、おじに対して、彼にとっての不本意な処遇をしたのだろう。そしておそらくそれが彼の「外」「海外」「英語」への憧れ、婚姻や家庭・家族への忌避を生んだのではないかと私は思っている(私も同じだから)。母親に対しても、おそらく抑圧があったのだろう。だからこそ、その反動から遊び人風の男のところへ抜け出そうとしたのではないか。
祖母より上の世代についてはもう直接わからないけれども、土地資産を仲立ちとしたあの一族の世界観は、「何町も他に土地を譲った、敷地裏の今は別の土地持ちの所有になっている広大な農地の半分は昔うちのものだった(からそこで遊んでいていい)、(農地を)通って良いと話がついているから近道として使っていい」等という祖母の発言からすると、より多くの所有があった世代から続くものであるはずなので、私にとっては適切でなかった祖母の処遇は、それを当然として彼女自身が受けてきたことの反映によるのだろう。「女だから学校へ行くな」というのも、時代もあるし、古い家の価値観そのものなので、本当は学びたかったけど諦めざるを得なかったというのは、加害者であるという観点を除けば大いに同情すべきものである。祖父に我慢しているというのも、子どもの目にはわからなかったが、本人にとってはそうだったのかもしれないし、それは私が見ている以外のところ(特に私が生まれる以前の彼女らが現役の時代)であったのかもしれない。
は一族にとっては「弱くてかわいそうな〜ちゃん」だったが、私にとっては違った。存在も個性も受け入れられずできることは利用されできなくすると罵倒される自分(常に呼び捨て)とは正反対に、無条件に受け入れられ甘やかされる対象が私には大いに不満だった。祖母からの攻撃の激化と共に言い争いも増えた。向こうの身体的成長と共に嫌がらせや脅しが増え、最終的には刃物を向けられた。

私はあの世界から飛び出した。そしてもう被害者も増やさず自分が加害者にならないようにと念じ続けた。結婚ましてや出産など以ての外だ。連鎖を止めなければならない。

あの一族はどうなっているのか、知る由もないが、少なくともは確実にDVを起こすだろう。いとこの上は筑駒から東大だと風の噂で聞いたが、布教活動に勤しんでいるのかそれとも2世として苦しんでいるのか。いとこの下は幼いうちから癇癪持ちだったので、その点も懸念される(考えてみればいとこも上と下で顕著な能力差があった。そして下は甘やかされ我が儘だった)。

けれども全ては別世界のこと。

新たな被害者は出てほしくないけれども、私があの世界に関わることはもうない。その構造や病理、リスクを、関係者に伝えられたほうが親切だったのかもしれないけれども、そこまでする筋合いもない。

私は私が被害を生まない、少なくとも私は止める、そして私が知っている・なしうることを、「血縁ではない他」に還元し貢献していくことが、私にとってはpossibleでbetterな選択だと思った。

普通の恋愛、普通の結婚、穏やかな家庭?そういうのは異次元のこと。私は知らないしできない。

ベストなんて求められないのだから、達成しうる中で最大限のベターを。

仕事を通して他に貢献することはミッションだったし、自身が存在してもよい理由になっていた。
けれどももう無くなった。無くなったんだよ。5類ノーマスク息ができなくなったから。

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