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日本から出るなんて、人ごとだと思ってた

なんで私はドイツにいるんだろう

ずっとずっと、小学生の頃からずっとずっとずっとずっとスイスに憧れていて、
いつか行くんだろうなと思いつつ、留学だとか旅行だとか、全然頭になかった。

海外なんて、人ごとだった

小学生の時にはカナダに行ったし、中学生になってからはハワイとアメリカにも行った
それでもあれらは全く自分の意思とは関係なくて、どれもいい思い出じゃないっていうのもあるけど、
それ抜きで考えても、留学するとかは人ごとだった
付き合ってる人の駐在が決まっても、ああ私はついていかないんだなって勝手に思い込んだし、自分が日本から出るって概念も実感も、一つもなかった

もっと早く来たかったなんて単純な話じゃなくて、早く来たかったけど早く来ててもどうせ何にもなってなかっただろうなとか、
スイスに憧れてたんならフランス語でもよかったし、むしろチョコレートも好きならフラ語の方が仕事で使えて便利じゃんとか、本当に私は生きるセンスがないなあって悲しくなって、
しかも、私が死にたがってた間にみんなみんなみーんな、私の欲しいものを手に入れてる気がして、悔しくて、苦しくて、何も持ってない自分が惨めで、ますます大嫌いになる

私は何をしてきたの?
渋谷の谷底で無為な時間を消費して生産して、どんどん薄っぺらくなっていく自分に気づかないふりをして、やりたいことも楽しいことも好きなことも嫌なことも全部まとめてリスパダールと一緒に飲み込んで、スクランブル交差点に撒き散らしてた

帰国したら、何をすればいいの?
私、本当に何もできなんだよ

資格も経験も知識もお金もないし、冗談じゃなく本当に満員電車に乗れないし、
なんとか取り繕って職を見つけても本当に本当に座ったまま作業とかできないし、
動き回る仕事をしたって月に2回はどうしても苦しくなってその場にしゃがみこんで動けなくなって、無表情のまま泣くんだよ

そうなってから他の人に迷惑をかけるのが嫌で、どうしても怖くて、普通に働くなんて無理だって諦めて、就活も真面目にできなかった。

何かしら発達に偏りがあるとか、そういうことをずっと考えてた。
発達障害なんて言葉が流行る前から、小学校に入る前から、私は何かがおかしくて、だから親は私に困っていて、親が喧嘩するのは私のことでって言ってたし、せめて、せめて勉強ができれば、何かおかしい私もどうにか許されるんじゃないかって、必死に考えて、早稲アカに行きたいって言ったのを本当によく覚えてる

おかしくなくなりたくて、ちゃんとしたくて、普通になりたくて、「早稲田アカデミースーパーキッズ一期生無料体験会」ってチラシを見つけて、三日迷った挙句、これ行きたい、って言った。

三年生まで通って、いろんなテストでいい成績をとれて、ああ私は大丈夫だ、おかしくなんてないんだ、漢字もたくさん書けるし計算もできるからちゃんと普通なんだって少しだけ安心して、でもどこか、学校の普通のみんなとは違ってて、ちゃんとできてないって苦しくて、いつも一人でしかいられなくて、勉強ができるからって普通ではないのかもしれない、他の人よりできればできるだけおかしいのかもしれない、やっぱり一生普通になんてなれなくて、おかしいままなのかもしれない、って不安になって泣いてた。

今思い出してもどう考えても異常だろって言動が多かったから、現代なら診断名がついたかなとか、そうなってたらもうちょっと楽だったかなとか、逆に生きづらかったかなとか、いっぱい考えた上で、そこそこ異常でもまあいっかって、やり過ごせる様にはなった
みんなと一緒にできなくてもいいや、って

でもね、働くとか、お金を稼ぐとか、そのために電車に乗るとか、人と笑って話すとか、座ったまま人の話に集中し続けるだとか、
そういうのが本当にできなくて、できなくて、できなくてできなくてできなくて、だから生きていけないんじゃないかって、すごくすごく、今でも本当にすごく、怖いんだ

どうしようもないから、働けないなら実家で親と住むしかないのかなとか考えても、
母親が、あの目で、あの口で、私から私を奪うんだ
ヒステリックになって、父親のトリガーを引いて、怒鳴り声が聞こえて、被害者ぶった金切り声が飛んできて、ドアが開いて、私は血を流していて、母親は私を責めて、父親は母親を責めてから自己嫌悪に陥って、私は二人を責めたくて、でも言葉なんて一つも出てこなくて、ただただ奪われたカッターと薬を思って、いっそ売春でもできればいいのに、警察に見つかってしまいたい、なんて考えてもそんな勇気なんて一つもなくて、家が怖くて怖くてたまらなかった
みんなが加害者でみんなが被害者のあの家が、今でも怖くて怖くてたまらない

どう足掻いても私はなかなか死ねなさそうだし、となると親は先に死ぬし、老いていくのを見るのは辛くて苦しくて、大嫌いで吐き気がするのに優しくなれない自分がまた気持ち悪くて、ああもうどうして。どうして。

どうして私も胎児のときに殺してくれなかったの?
どうして私は一人っ子なの?
どうしてあなたは毎晩お酒を飲むの?
どうしてあなたはこうなるのがわかっていてお酒を飲ませるの?
どうして飲酒を止めようとしたらそれを咎めるの?
どうして閉鎖的な環境をつくるの?
どうして私の幸せを勝手に決めるの?
どうして私は私だと認めてくれないの?
どうしてときどきまともなことを言うの?

どうして、どうして私は何もできないままなの?
もう27歳だよ?
昔一緒に笑ったあの子もあの子もあの子も、みんな真面目に働いて、目標に向かって頑張ったり、親になったり、ちゃんと生きてるのに
私、何やってるの?

できることだけやればいいよとか
バイトできてるしすごいよとか
エンデちゃんはそれでいいんだよとか

そんな耳触りのいいことだけ受け入れて、この先どうやって生きていけばいいの?

やってみたいことも、ああなれたらいいなって人も、キラキラした思いはたくさんあるけど、現実的に考えると無理なんだよ

医療とか福祉とか行政とかの力を借りようとするとあの人たちは怒るんだ。
もうそんなの無視してやるって何度も思ったけど、あれもこれも世話を焼かれると自分でがんばろうと思ってたのが綺麗さっぱり消えてなくなっちゃう
がんばらなくても、弱いままでも、とりあえず望んだものが手に入ってしまって、望むって何だっけって。

なんでドイツに来たんだろう

理由なんて、もっともらしいものをいくつでもあげられる。
それでも、なんで今ここにいるんだろうって、疑問に思っちゃう
どうしてずっと飛び出せなかったのに、海外にくるなんて概念すらなかったのに、なんで今になって来れちゃったんだろうって
タイミング悪いよ、潔く日本でおとなしく生きられたらよかったのにとか、いつまでも普通に対する憧れが消えなくて、どうしようもなく苦しい

母親のことをお母さんって呼びたいし、父親のこともお父さんって呼びたい
吐き気がする

ぼくは、ばかはいやで、りこうになりたい
りこうになれば、はなすともだちがいっぱいできて、いつだって一人ぼっちじゃなくなるんだ

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